ひきこもりは、回復する、治ります。そして、社会から「のけ者」にされるべきではない、差別される理由など、これっぽっちもない、ということです。
ひきこもりという現象は、社会が生んだものであり、ひきこもる当事者は、「社会の犠牲者」でもあるのです。だからこそ、社会全体で取り組まなくてはならない課題なのです。
ひきこもっている当事者のみなさんへ。
「大丈夫、いつからでもスタートできる。人生に無駄なことはない。あせることはない。ちょっとずつ勇気を出して。居場所へおいでよ。待ってるよ。」
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年10月19日日曜日
2008年10月18日土曜日
ひきこもりは、貴重な体験だと知った
いつの時代にも、若者は時代の分岐点を敏感に感じ取ってきました。
不登校・ひきこもりは、「既成の価値観が、身の丈に合わないと感じ取る力が働いた」と思われます。学歴・会社を求められる社会、競争を強いられる社会は、感受性の強い人にとっては、住みずらいものです。
社会の問題性を意識する力がない時には、自分には力がない、自分が悪いと思いがちです。当事者たちは、時間が経ってから、ひきこもりから脱してから、その事実に気づくのです。
ひきこもり中に何も起こらなかったとしても、自分自身が大切に保たれていることにも気づくのです。
社会環境や規範が激しく変化する中で、若者全体が生き方をめぐって悩むようになっています。
格差社会の安全弁は、「自分自身を生きること」にあると言えますが、ひきこもることによって自分自身を保つことができた場合には、ひきこもりは必ずしも不利ではないのです。
また、必ずしも、遅れたことにもならないのです。ひきこもりから脱すると共に、彼らは再び若者全体の中に戻ったと言うことができます。自分自身を保ったひきこもりは、大きな能力を示したのです。
極限のような生活の中で大崩れすることなく、ひきこもり続けることは、「能力」に他なりません。それは、「極限を耐え抜く能力」と言うことができるのです。
ひきこもりを解消できた人の数は、圧倒的に少ないのが現状です。このような状況下で、ひきこもりを脱した当事者の存在意義は、きわめて大きいと言えます。
当事者ひとりが家から出ただけで、親たちや取り巻く人々は、希望を抱くことができるようになります。また、当事者には、当事者にしかわからない苦しみを理解することができます。
その体験を語り、アドバイスを伝えることは、まだ苦しむ人にとって大きな救いとなります。
希望や救いを与えることは、一家心中などの悲劇を抑止する力となって、社会的にきわめて大きな役割を果たしていると言うことができるのです。
ひきこもりから脱した経験は、きわめて貴重な経験です。人生は、いつからでもスタートです。人生に無駄などありません。決して遅れていないのですから、あせる必要もないのです。
大切な自分の感性は保たれています。時代は大きく変化して、新しい学びと働きの精神が、登場しています。
自分自身を、自分らしく、自分のため、人のために生きていることを、一歩一歩確認しながら、歩んでいきましょう。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
不登校・ひきこもりは、「既成の価値観が、身の丈に合わないと感じ取る力が働いた」と思われます。学歴・会社を求められる社会、競争を強いられる社会は、感受性の強い人にとっては、住みずらいものです。
社会の問題性を意識する力がない時には、自分には力がない、自分が悪いと思いがちです。当事者たちは、時間が経ってから、ひきこもりから脱してから、その事実に気づくのです。
ひきこもり中に何も起こらなかったとしても、自分自身が大切に保たれていることにも気づくのです。
社会環境や規範が激しく変化する中で、若者全体が生き方をめぐって悩むようになっています。
格差社会の安全弁は、「自分自身を生きること」にあると言えますが、ひきこもることによって自分自身を保つことができた場合には、ひきこもりは必ずしも不利ではないのです。
また、必ずしも、遅れたことにもならないのです。ひきこもりから脱すると共に、彼らは再び若者全体の中に戻ったと言うことができます。自分自身を保ったひきこもりは、大きな能力を示したのです。
極限のような生活の中で大崩れすることなく、ひきこもり続けることは、「能力」に他なりません。それは、「極限を耐え抜く能力」と言うことができるのです。
ひきこもりを解消できた人の数は、圧倒的に少ないのが現状です。このような状況下で、ひきこもりを脱した当事者の存在意義は、きわめて大きいと言えます。
当事者ひとりが家から出ただけで、親たちや取り巻く人々は、希望を抱くことができるようになります。また、当事者には、当事者にしかわからない苦しみを理解することができます。
その体験を語り、アドバイスを伝えることは、まだ苦しむ人にとって大きな救いとなります。
希望や救いを与えることは、一家心中などの悲劇を抑止する力となって、社会的にきわめて大きな役割を果たしていると言うことができるのです。
ひきこもりから脱した経験は、きわめて貴重な経験です。人生は、いつからでもスタートです。人生に無駄などありません。決して遅れていないのですから、あせる必要もないのです。
大切な自分の感性は保たれています。時代は大きく変化して、新しい学びと働きの精神が、登場しています。
自分自身を、自分らしく、自分のため、人のために生きていることを、一歩一歩確認しながら、歩んでいきましょう。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年10月17日金曜日
体験を伝えることの喜びを知った
当事者が、自分の体験を他者に語るのは、とても重要なことです。重要という意味は、2つあります。一つは、「自分のため」です。もう一つは、「他者のため」です。
親には、「家族エゴイズム」が出やすく、わが子が、ひきこもりから回復してしまうと、それですべて解決と思いがちです。
しかし、当事者は、そうはいきません。アルバイトをしたり、学校に行ったり、恋人を探したりと、「人の輪」を広げていく中で、多くのアドバイスを必要としています。
そのアドバイスを受ける相手は、「ひきこもりの先輩」であり、居場所に集う「友人」たちです。
そうした先輩や友人たちは、共通の体験を持つ場合が多く、生きたアドバイスを受けることができます。
そして、アドバイスを受けて社会へ出て行った当事者は、再び居場所に戻って来て、後輩たちにアドバイスすることになるのです。
自分がひきこもりから出た話をするだけでも、まだ悩み苦しむ人たちにとって、大きな福音となるのです。
当事者の抱える特有の困難さは、ひきこもり期間の分だけ社会経験が少なく、対人場面での臨機応変な応対が苦手ということにあります。
しかし、それでも構わないのです。「話を聞いてもらう」「話を聞く」ことが、重要だからです。その会話自体も、経験なのです。
居場所のリーダーやサポート活動ができる人には、多くの共通点が見受けられます。
ひきこもり期間が10年以内、脱出時の年齢が30歳前後の当事者が、自分の経験を生かして他人を支援する側に回りやすいと言えます。
会社員など社会参加の経験があること、社会不安障害・うつ病・摂食障害などの経験があること、アルコール依存症の自助グループなどの参加経験があることなどは、活動に生かすことができます。
経験を生かしてサポート活動を行なうことは、「自助グループ活動」「ピア・カウンセリング」の精神に通じるだけでなく、「ピンチはチャンス、危機こそ好機」という強い生き方を実践することにつながるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
親には、「家族エゴイズム」が出やすく、わが子が、ひきこもりから回復してしまうと、それですべて解決と思いがちです。
しかし、当事者は、そうはいきません。アルバイトをしたり、学校に行ったり、恋人を探したりと、「人の輪」を広げていく中で、多くのアドバイスを必要としています。
そのアドバイスを受ける相手は、「ひきこもりの先輩」であり、居場所に集う「友人」たちです。
そうした先輩や友人たちは、共通の体験を持つ場合が多く、生きたアドバイスを受けることができます。
そして、アドバイスを受けて社会へ出て行った当事者は、再び居場所に戻って来て、後輩たちにアドバイスすることになるのです。
自分がひきこもりから出た話をするだけでも、まだ悩み苦しむ人たちにとって、大きな福音となるのです。
当事者の抱える特有の困難さは、ひきこもり期間の分だけ社会経験が少なく、対人場面での臨機応変な応対が苦手ということにあります。
しかし、それでも構わないのです。「話を聞いてもらう」「話を聞く」ことが、重要だからです。その会話自体も、経験なのです。
居場所のリーダーやサポート活動ができる人には、多くの共通点が見受けられます。
ひきこもり期間が10年以内、脱出時の年齢が30歳前後の当事者が、自分の経験を生かして他人を支援する側に回りやすいと言えます。
会社員など社会参加の経験があること、社会不安障害・うつ病・摂食障害などの経験があること、アルコール依存症の自助グループなどの参加経験があることなどは、活動に生かすことができます。
経験を生かしてサポート活動を行なうことは、「自助グループ活動」「ピア・カウンセリング」の精神に通じるだけでなく、「ピンチはチャンス、危機こそ好機」という強い生き方を実践することにつながるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年10月16日木曜日
ひきこもりは、コミュニティの大切な子である
ひきこもりに対する社会の対応について、再確認したいと思います。
戦後社会の家族は、核家族が過半数を占めて、家族形態の中心となりました。経済成長の時代は、家族同士が、学歴・会社・生活のレベルを競い合いました。
その結果、9割の家族が中流意識を持つ「一億総中流社会」という「平等社会」が出現しました。市民意識・個人意識が、成長した成熟社会を生み出すのかと思われましたが、結果的に、孤立主義に強く傾き、破綻する若者が急増しました。
ひきこもりも、「孤立主義」の犠牲者と言うことができます。そして、ひきこもり当事者は、社会から置き去りにされています。長期のひきこもり当事者は、すでに30代・40代・50代を迎えようとしています。
親たちは、不登校の初期から、公的な相談機関への相談を繰り返してきました。
しかし、「様子を見ましょう」「本人をつれて来てください」「自分で出る力を信じて」などと言われ、問題解決が進まなかったのです。
24年ひきこもった40代男性は、社会的な発達障害に加えて、栄養障害による身体障害まで合併していました。
父親はすでに死亡し、母親はうつ病を繰り返して、家庭崩壊が進み、自殺か一家心中かという瀬戸際まで追い込まれましたが、間一髪救出されました。
中学2年時の社会不安障害から22年ひきこもった男性は、言葉を発する力を失っていました。
18年こもった30代男性は、抑うつ状態・記銘力の低下・歩行障害を示し、CT検査で「大脳小脳の委縮」が認められました。
ひきこもりは、できるだけ早い時期に、できるだけ若い年齢のうちに対応する必要があることが、これらのケースから断言できるのです。
経過観察だけで良いひきこもり状態は、安定した精神活動と身体活動が保たれ、栄養障害がない場合だけです。
小中学の不登校から、ひきこもりが長期間にわたって遷延化した場合には、特に全面的な対応が求められます。特殊な状況にある児童生徒への対応が、行政や教育の側に欠けていました。
憲法では、基本的人権(第11条)、健康で文化的な生活を送る権利(第25条)を保障しています。10代からの長期的ひきこもりの様相を見る限り、これらの権利は保障されていません。
コミュニティの子であるはずの彼らは、制度の隙間に捨て置かれてきました。今こそ、公的な対応のシステムを確立することが求められているのです。
高校中退からひきこもりが始まるケースは、高等教育の不備さや、中学校での進路指導の不足を示しています。大卒無業に由来するひきこもりは、景気変動を吸収できない経済システムの問題です。退職後のひきこもりは、カウンセリング体制の弱さということができます。
これらは、各家族の個別的努力を越えた困難さを背負っていて、社会全体が、次世代育成という観点から、全面的に対応することが求められるのです。
ひきこもり支援のシステムとして、医療・NPO・行政などに、さまざまな団体があり、その数は増加中ですが、ひきこもり全体の平均年齢が30歳を突破しようとする現段階では、もはや猶予は許されません。
「縄張り意識・縦割り意識」は、問題解決にとって大きな弊害となります。ひきこもる若者たちは、社会全体の「大切な子」なのですから、支援する側のいがみ合いや営利主義は、やめるべきです。
多くの支援システムが連携して、総合的に対処する必要があると言えます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
戦後社会の家族は、核家族が過半数を占めて、家族形態の中心となりました。経済成長の時代は、家族同士が、学歴・会社・生活のレベルを競い合いました。
その結果、9割の家族が中流意識を持つ「一億総中流社会」という「平等社会」が出現しました。市民意識・個人意識が、成長した成熟社会を生み出すのかと思われましたが、結果的に、孤立主義に強く傾き、破綻する若者が急増しました。
ひきこもりも、「孤立主義」の犠牲者と言うことができます。そして、ひきこもり当事者は、社会から置き去りにされています。長期のひきこもり当事者は、すでに30代・40代・50代を迎えようとしています。
親たちは、不登校の初期から、公的な相談機関への相談を繰り返してきました。
しかし、「様子を見ましょう」「本人をつれて来てください」「自分で出る力を信じて」などと言われ、問題解決が進まなかったのです。
24年ひきこもった40代男性は、社会的な発達障害に加えて、栄養障害による身体障害まで合併していました。
父親はすでに死亡し、母親はうつ病を繰り返して、家庭崩壊が進み、自殺か一家心中かという瀬戸際まで追い込まれましたが、間一髪救出されました。
中学2年時の社会不安障害から22年ひきこもった男性は、言葉を発する力を失っていました。
18年こもった30代男性は、抑うつ状態・記銘力の低下・歩行障害を示し、CT検査で「大脳小脳の委縮」が認められました。
ひきこもりは、できるだけ早い時期に、できるだけ若い年齢のうちに対応する必要があることが、これらのケースから断言できるのです。
経過観察だけで良いひきこもり状態は、安定した精神活動と身体活動が保たれ、栄養障害がない場合だけです。
小中学の不登校から、ひきこもりが長期間にわたって遷延化した場合には、特に全面的な対応が求められます。特殊な状況にある児童生徒への対応が、行政や教育の側に欠けていました。
憲法では、基本的人権(第11条)、健康で文化的な生活を送る権利(第25条)を保障しています。10代からの長期的ひきこもりの様相を見る限り、これらの権利は保障されていません。
コミュニティの子であるはずの彼らは、制度の隙間に捨て置かれてきました。今こそ、公的な対応のシステムを確立することが求められているのです。
高校中退からひきこもりが始まるケースは、高等教育の不備さや、中学校での進路指導の不足を示しています。大卒無業に由来するひきこもりは、景気変動を吸収できない経済システムの問題です。退職後のひきこもりは、カウンセリング体制の弱さということができます。
これらは、各家族の個別的努力を越えた困難さを背負っていて、社会全体が、次世代育成という観点から、全面的に対応することが求められるのです。
ひきこもり支援のシステムとして、医療・NPO・行政などに、さまざまな団体があり、その数は増加中ですが、ひきこもり全体の平均年齢が30歳を突破しようとする現段階では、もはや猶予は許されません。
「縄張り意識・縦割り意識」は、問題解決にとって大きな弊害となります。ひきこもる若者たちは、社会全体の「大切な子」なのですから、支援する側のいがみ合いや営利主義は、やめるべきです。
多くの支援システムが連携して、総合的に対処する必要があると言えます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年10月15日水曜日
医療的視点で、「働けるかどうか」を判断することが大切
ひきこもり家族の感情は、母親を中心に当事者への過剰な期待に傾いています。父親は、会社や仕事にかまけて見ぬふりをするか、世間体を第一にして過剰な圧力をかけるかのいずれかです。
長い間の感情的な負担から、やむを得ない場合が多いのです。親自身が、自己愛のとりことなって、揺れ動いています。
従って、当事者が外来を訪れた段階か、できるだけ早期の段階で、精神疾患の可能性や労働能力の可能性について、専門家の意見を聞くことが必要になります。
社会不安障害・心身症・うつ状態などでは、労働能力があると言えます。幻覚妄想がコントロールされた統合失調症でも、就労は可能と言えます。
一方、長期化による社会性未発達・中等度以上の知的障害・重症の人格障害・解体型の統合失調症・高度の筋力低下・脳委縮などは、「労働能力は低い」と診断されます。
労働能力がない場合には、障害者年金の受給を検討すべきなのですが、現在の社会保障では、ひきこもりの社会性未発達や人格障害は、年金給付の対象にならないという現実が立ちふさがっています。
この点の解決は、親の会活動や行政対応の今後に、ゆだねられていると言えます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
長い間の感情的な負担から、やむを得ない場合が多いのです。親自身が、自己愛のとりことなって、揺れ動いています。
従って、当事者が外来を訪れた段階か、できるだけ早期の段階で、精神疾患の可能性や労働能力の可能性について、専門家の意見を聞くことが必要になります。
社会不安障害・心身症・うつ状態などでは、労働能力があると言えます。幻覚妄想がコントロールされた統合失調症でも、就労は可能と言えます。
一方、長期化による社会性未発達・中等度以上の知的障害・重症の人格障害・解体型の統合失調症・高度の筋力低下・脳委縮などは、「労働能力は低い」と診断されます。
労働能力がない場合には、障害者年金の受給を検討すべきなのですが、現在の社会保障では、ひきこもりの社会性未発達や人格障害は、年金給付の対象にならないという現実が立ちふさがっています。
この点の解決は、親の会活動や行政対応の今後に、ゆだねられていると言えます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年10月14日火曜日
人生は、いつからでもスタート
私は、飲酒が進んでアルコール依存症になってしまい、入院した後に落ち込んでしまった患者さんに対して、「人生は、いつからでもスタート」という言葉で励ましてきました。
実際、この言葉は、過去を悔やみそうな人たちが、うつ病に陥るのを防止する上で、とても有効であると思われます。
それまでの人生を無意味で取り返しのつかないものとして悔やむ発想は、「後の祭り思考」(木村 敏)として、うつ病の心性の特徴とされてきました。
ひきこもりの当事者にも同じ危険性があります。この心的状況をどう乗り越えるか?それが、「人生は、いつからでもスタート」であり、「初めに希望ありき」という言葉なのです。
そのことを当事者に伝えることで、当事者は希望を抱き、前向きに、ひきこもりと対峙することができます。その上で、治療を始めるやり方が、ひきこもり問題の解決に有効です。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
実際、この言葉は、過去を悔やみそうな人たちが、うつ病に陥るのを防止する上で、とても有効であると思われます。
それまでの人生を無意味で取り返しのつかないものとして悔やむ発想は、「後の祭り思考」(木村 敏)として、うつ病の心性の特徴とされてきました。
ひきこもりの当事者にも同じ危険性があります。この心的状況をどう乗り越えるか?それが、「人生は、いつからでもスタート」であり、「初めに希望ありき」という言葉なのです。
そのことを当事者に伝えることで、当事者は希望を抱き、前向きに、ひきこもりと対峙することができます。その上で、治療を始めるやり方が、ひきこもり問題の解決に有効です。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年10月13日月曜日
試行錯誤の中で、うまくいかない場合には教訓を得た
居場所を訪れた当事者は、その6割が少なくても1回は、社会参加にチャレンジしています。
チャレンジした当事者の半数は、就学・就労の段階、つまりパート以上の安定した就労・就学・結婚・資格試験合格などに達しています。また、居場所・NPOのスタッフとして活動している人もいます。
これは、もう「ひきこもり」と言う必要のない、ごく「一般的な若者の姿」と言えるのです。
しかし、社会参加は、すんなりいくとは限りません。試行錯誤は、当然のことのように起きるものです。「働くこと」は「総合的な作業」であり、全体のバランスが求められます。
体ができていないことからケガをしたり、職場の速い動きについていけなかったり、上司の強い口調を叱られたと誤解したり、疲れて翌朝起きられなかったりなど、仕事が続かなくなる条件は多くあります。
こんなときには、スタッフ・ジョブコーチ・専門家などのアドバイスが必要になります。バイトを辞めても一喜一憂せず、「うまくいかなかったら教訓を得る」ことが大切になるのです。
親世代は、学歴を問わず、経済成長の中で順調な社会生活を経験してきました。
そして、ほとんどの人は、大金持ちにはならなかったけれども、貧しい暮らしを強いられたわけでもない、「中流階級」「中流階層」の生活を営んできたのです。
こうした親を基準にすると、少なくとも大学卒業の年代くらいまでには、経済的安定コースに乗っていることを願うことになります。
日本社会では、長い間、これが「一人前」の評価基準となり、収入の不安定なフリーランサーなどは、アウトサイダー扱いされてきました。
しかし、現代の西欧文化圏では、若者が「一人前」になるには、時間がかかると認識されており、日本もそういう時代になりつつあります。
選挙権を18歳で認めようと論議される一方で、「成人」の規定は30歳でも良いのではないか、といった論調も見られます。
いずれにしても、現代の若者は、ゆったりと時間をかけて大人になることが許容されているのです。
かつては「早く大人になって、早く一人前になって、社会に貢献」と言われたものですが、「早く大人になってどうするの?」「早く一人前になったら社会に貢献できるの?」と、若者から社会に問いかけられているのです。
時代は変わっています。「一人前」の基準を再検討した上で、再構築すべきなのです。
20代~30代の世代は、不況という「経済的な強制力」によって、一人前になることを無理やり遅れさせられた世代であり、「失われた世代」と呼ばれています。
「失われた世代」は、40歳までに人生の方途を見出すことができれば良しとされて然るべきです。
「一人前」の基準は、もっと幅広く語られる必要があるのです。そうでなければ、若い世代の委縮は、ますます進み、彼らの可能性をさらに狭めてしまう危険があるからです。
若者たちと今の大人たちはでは、価値基準は大きく違ってきました。
アナログ(大人)対デジタル(若者)、ローカル(大人)からグローバル(若者)、10年単位(大人)から1年単位(若者)といった比較からわかるように、社会構造そのものが違ってしまったのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
チャレンジした当事者の半数は、就学・就労の段階、つまりパート以上の安定した就労・就学・結婚・資格試験合格などに達しています。また、居場所・NPOのスタッフとして活動している人もいます。
これは、もう「ひきこもり」と言う必要のない、ごく「一般的な若者の姿」と言えるのです。
しかし、社会参加は、すんなりいくとは限りません。試行錯誤は、当然のことのように起きるものです。「働くこと」は「総合的な作業」であり、全体のバランスが求められます。
体ができていないことからケガをしたり、職場の速い動きについていけなかったり、上司の強い口調を叱られたと誤解したり、疲れて翌朝起きられなかったりなど、仕事が続かなくなる条件は多くあります。
こんなときには、スタッフ・ジョブコーチ・専門家などのアドバイスが必要になります。バイトを辞めても一喜一憂せず、「うまくいかなかったら教訓を得る」ことが大切になるのです。
親世代は、学歴を問わず、経済成長の中で順調な社会生活を経験してきました。
そして、ほとんどの人は、大金持ちにはならなかったけれども、貧しい暮らしを強いられたわけでもない、「中流階級」「中流階層」の生活を営んできたのです。
こうした親を基準にすると、少なくとも大学卒業の年代くらいまでには、経済的安定コースに乗っていることを願うことになります。
日本社会では、長い間、これが「一人前」の評価基準となり、収入の不安定なフリーランサーなどは、アウトサイダー扱いされてきました。
しかし、現代の西欧文化圏では、若者が「一人前」になるには、時間がかかると認識されており、日本もそういう時代になりつつあります。
選挙権を18歳で認めようと論議される一方で、「成人」の規定は30歳でも良いのではないか、といった論調も見られます。
いずれにしても、現代の若者は、ゆったりと時間をかけて大人になることが許容されているのです。
かつては「早く大人になって、早く一人前になって、社会に貢献」と言われたものですが、「早く大人になってどうするの?」「早く一人前になったら社会に貢献できるの?」と、若者から社会に問いかけられているのです。
時代は変わっています。「一人前」の基準を再検討した上で、再構築すべきなのです。
20代~30代の世代は、不況という「経済的な強制力」によって、一人前になることを無理やり遅れさせられた世代であり、「失われた世代」と呼ばれています。
「失われた世代」は、40歳までに人生の方途を見出すことができれば良しとされて然るべきです。
「一人前」の基準は、もっと幅広く語られる必要があるのです。そうでなければ、若い世代の委縮は、ますます進み、彼らの可能性をさらに狭めてしまう危険があるからです。
若者たちと今の大人たちはでは、価値基準は大きく違ってきました。
アナログ(大人)対デジタル(若者)、ローカル(大人)からグローバル(若者)、10年単位(大人)から1年単位(若者)といった比較からわかるように、社会構造そのものが違ってしまったのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年10月12日日曜日
無理なくできる仕事は何か考える
親の期待は、「どんな職種でも良いから、きちんとお金を稼いで欲しい」「できるだけ早く働くこと」「早く一人前になって欲しい」というものです。
その原因、親が当事者の心理や状態を理解していない、ひきこもり対応に疲れている、などが挙げられますが、親自身の過去の成功体験が、そのような子供への要求になっています。努力すれば、だれもが「中産階級」「中間層」として、やってこれたという体験です。
しかし、親の生き方が、わが子に通用する時代は終わったのです。会社組織も社会も大きく変化して、それに柔軟に対応する必要が出てきました。ひきこもりも、柔軟に対応しなくてはならない「社会構造の一環」と言えるのです。
ひきこもりから回復して就労する場合には、バイト・パートから開始して、単純労働で足ならしをして、力がつくにつれてキャリア・アップを図っていく方法が妥当でしょう。
コンビニなどのレジ打ちのバイトから始めて、パート社員・派遣社員へと移行できる人もいます。個人商店や小企業の正社員、大きな会社の正社員・特別公務員になる人もいます。
しかし、仕事には、向き不向きがあります。また、ひきこもり体験者の場合には、継続して何らかのサポートやアドバイスを受けることも必要となります。
さらに、当事者には、心優しい人たちが多いので、福祉系の仕事が向いているということもできます。福祉系の仕事にも競争がまったくないわけではありませんが、人や生命をはぐくみ世話する仕事に適していることには相違ありません。
特に、介護の現場には、今後50万人の雇用が必要と言われています。資格講座受講者に、就労先を紹介するシステムもあります。
ひきこもり体験者には、技能的な仕事も向いていると思われます。総中流社会は、小ぎれいなサラリーマンが幅を利かし、技能の仕事には肩身の狭い社会でした。社会的に必要度の高い技能の仕事は、今多くの人材を求めているのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
その原因、親が当事者の心理や状態を理解していない、ひきこもり対応に疲れている、などが挙げられますが、親自身の過去の成功体験が、そのような子供への要求になっています。努力すれば、だれもが「中産階級」「中間層」として、やってこれたという体験です。
しかし、親の生き方が、わが子に通用する時代は終わったのです。会社組織も社会も大きく変化して、それに柔軟に対応する必要が出てきました。ひきこもりも、柔軟に対応しなくてはならない「社会構造の一環」と言えるのです。
ひきこもりから回復して就労する場合には、バイト・パートから開始して、単純労働で足ならしをして、力がつくにつれてキャリア・アップを図っていく方法が妥当でしょう。
コンビニなどのレジ打ちのバイトから始めて、パート社員・派遣社員へと移行できる人もいます。個人商店や小企業の正社員、大きな会社の正社員・特別公務員になる人もいます。
しかし、仕事には、向き不向きがあります。また、ひきこもり体験者の場合には、継続して何らかのサポートやアドバイスを受けることも必要となります。
さらに、当事者には、心優しい人たちが多いので、福祉系の仕事が向いているということもできます。福祉系の仕事にも競争がまったくないわけではありませんが、人や生命をはぐくみ世話する仕事に適していることには相違ありません。
特に、介護の現場には、今後50万人の雇用が必要と言われています。資格講座受講者に、就労先を紹介するシステムもあります。
ひきこもり体験者には、技能的な仕事も向いていると思われます。総中流社会は、小ぎれいなサラリーマンが幅を利かし、技能の仕事には肩身の狭い社会でした。社会的に必要度の高い技能の仕事は、今多くの人材を求めているのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年10月11日土曜日
ボランティアに参加し、バイトに応募した
適切な社会参加プログラムに参加して、ひとり対ひとりを超えた対人関係に慣れて、資格講座を含めて「学びたかった学び」に参加して、同性や異性の友人ができて、運動不足で衰えた体力が回復する中で、次第にバイトなどの就労が可能になっていきます。
就労は、まったく未経験であるか、あるいは久しぶりのことなので、戸惑いやためらいが生じるのは、当たり前と言えます。試行錯誤の中でのチャレンジですから、失敗しても良いのです。
雇用能力開発機構などの就労セミナーを受けて、「面接の受け方」「空白のある場合の履歴書の書き方」などを知ることや、NPOや若者サポートステーションのサポートを受けて、ジョブコーチ付きで就労訓練することは有効と言えます。
仕事に行き詰って辞めることになった場合には、以前に相談した機関を再び訪れます。そして、「まったくダメ」といった完全主義による断念をしてしまわないためにカウンセリングを受け、うまくいかなかったことから教訓を得るのです。
このようにして、キャリア・アップして巣立っていった若者は、大勢います。
若者の退職は、当たり前のことで、特別なことではありません。退職の原因も多種多様で、経営者が悪かったり、同僚が原因のことも多いのです。退職については、割り切って、再チャレンジしましょう。
親の目からすると、「根気がない」「耐える力がない」などと映るかもしれませんが、そんなことはありません。
視野を広げて試行錯誤とチャレンジを繰り返すことは、今からの社会を生き抜いていく上で必要な「耐える力」を身につけることになるのです。
「人生に無駄なことはない」のです。ひきこもり体験から対人関係・就学・就労・異性との交際の失敗まで、すべての試行錯誤は、いつか役に立つものです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
就労は、まったく未経験であるか、あるいは久しぶりのことなので、戸惑いやためらいが生じるのは、当たり前と言えます。試行錯誤の中でのチャレンジですから、失敗しても良いのです。
雇用能力開発機構などの就労セミナーを受けて、「面接の受け方」「空白のある場合の履歴書の書き方」などを知ることや、NPOや若者サポートステーションのサポートを受けて、ジョブコーチ付きで就労訓練することは有効と言えます。
仕事に行き詰って辞めることになった場合には、以前に相談した機関を再び訪れます。そして、「まったくダメ」といった完全主義による断念をしてしまわないためにカウンセリングを受け、うまくいかなかったことから教訓を得るのです。
このようにして、キャリア・アップして巣立っていった若者は、大勢います。
若者の退職は、当たり前のことで、特別なことではありません。退職の原因も多種多様で、経営者が悪かったり、同僚が原因のことも多いのです。退職については、割り切って、再チャレンジしましょう。
親の目からすると、「根気がない」「耐える力がない」などと映るかもしれませんが、そんなことはありません。
視野を広げて試行錯誤とチャレンジを繰り返すことは、今からの社会を生き抜いていく上で必要な「耐える力」を身につけることになるのです。
「人生に無駄なことはない」のです。ひきこもり体験から対人関係・就学・就労・異性との交際の失敗まで、すべての試行錯誤は、いつか役に立つものです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年10月10日金曜日
すでに働いている仲間やスタッフに働き方を聞いた
働いて「お金をもらう」ことは、「他人(雇用者やお客)の満足を満たす」ことを求められ、親から小遣いをもらうこととは基本的に異なります。
しかし、ひきこもりから脱した直後は、「他人の満足を満たす」ことは、最も慣れない事柄です。従って、第一段階としては、居場所でコミュニケーションの取り方を身につけていくことが必要になるのです。
もうひとつ必要なことは、働いている人の話を聞いたり、働く姿を見ることです。
親が会社員や公務員の場合には、親の働く姿を子に見せることはむずかしく、親がモデルとなれないことも、ひきこもりの一因になります。
そこで、居場所のリーダーやスタッフ仲間の「働くことに関する」話が、その代役となります。
居場所やフリースペースで、すでに働いている当事者や一般就労をしているスタッフと交流することが、モデリング・情報・刺激を得るために、良い機会になるのです。
モデリングの「モデル」は、完璧な存在である必要はありません。逆に、現実と願望の狭間で、あれこれ悩み苦しみながら、「生きている」姿を見せることが良いと言えます。
スタッフは、少し専門性を上乗せして、悩みながら生きているという意味では、当事者と同じ人生の土俵にいるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
しかし、ひきこもりから脱した直後は、「他人の満足を満たす」ことは、最も慣れない事柄です。従って、第一段階としては、居場所でコミュニケーションの取り方を身につけていくことが必要になるのです。
もうひとつ必要なことは、働いている人の話を聞いたり、働く姿を見ることです。
親が会社員や公務員の場合には、親の働く姿を子に見せることはむずかしく、親がモデルとなれないことも、ひきこもりの一因になります。
そこで、居場所のリーダーやスタッフ仲間の「働くことに関する」話が、その代役となります。
居場所やフリースペースで、すでに働いている当事者や一般就労をしているスタッフと交流することが、モデリング・情報・刺激を得るために、良い機会になるのです。
モデリングの「モデル」は、完璧な存在である必要はありません。逆に、現実と願望の狭間で、あれこれ悩み苦しみながら、「生きている」姿を見せることが良いと言えます。
スタッフは、少し専門性を上乗せして、悩みながら生きているという意味では、当事者と同じ人生の土俵にいるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年10月9日木曜日
体を動かすボランティアやバイトを開始
ひきこもりから脱した直後は、運動不足から筋力が落ち、体力は低下しています。
コンビニや図書館に通っていれば、多少の体力はついているでしょうが、部屋にひきこもりっぱなしだと、体力は落ちてしまいます。
ひきこもりから脱したとしても、すぐに就労することは、この点から無理になるのです。
体力や筋力は、居場所やフリースペースに定期的に参加するだけでも回復してきます。居場所などで参加者とウォーキングやスポーツを楽しむことは、気分転換や仲間感覚を回復させるために最良の方法です。
意識的に「身体を作る」必要があるのは、バイトや異性とのデートをしようとする場合です。足をくじいたり、反応が遅かったりしてはバイトもうまくいきません。デートでも最低限の見栄えが必要になってきます。
効率よく体力・筋力をつけるためには、ウォーキングを毎日30分行なうと良いでしょう。筋力がついてくると、体温が上がって、気持ちも積極的・意欲的になってきます。
就労の意欲は、居場所でさまざまな情報に触れる中で高まります。就労の強制を行なわない居場所でも、多くの人が就労するようになるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
コンビニや図書館に通っていれば、多少の体力はついているでしょうが、部屋にひきこもりっぱなしだと、体力は落ちてしまいます。
ひきこもりから脱したとしても、すぐに就労することは、この点から無理になるのです。
体力や筋力は、居場所やフリースペースに定期的に参加するだけでも回復してきます。居場所などで参加者とウォーキングやスポーツを楽しむことは、気分転換や仲間感覚を回復させるために最良の方法です。
意識的に「身体を作る」必要があるのは、バイトや異性とのデートをしようとする場合です。足をくじいたり、反応が遅かったりしてはバイトもうまくいきません。デートでも最低限の見栄えが必要になってきます。
効率よく体力・筋力をつけるためには、ウォーキングを毎日30分行なうと良いでしょう。筋力がついてくると、体温が上がって、気持ちも積極的・意欲的になってきます。
就労の意欲は、居場所でさまざまな情報に触れる中で高まります。就労の強制を行なわない居場所でも、多くの人が就労するようになるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年10月8日水曜日
人類の歴史は、「最初に男と女ありき」
人間は、なぜ特定の異性とつながり、特定の異性と家庭をつくるのでしょうか?
ある学者は、「人の心が発達するにつれて、特定の男性と女性の気持ちが離れなくなり、同じ場所に住むようになった」と記述しています。
特定の異性同士が「好き」になることは、人類史そのものと言えるほどに長い歴史があるのです。太古の昔から、異性の存在に心をときめかすことが、人生を生き生きとさせてきたのです。
人類の歴史は、「最初に男と女ありき」だったのです。
現実には、男と女の関係は、必ずしも幸福ばかりとは限りません。女性を男性の所有物のようにみなす男尊女卑の時代もありました。
現代社会にも、そうした思想は一部に残存しています。父親がそうした考えを強く持っている場合に、ひきこもりが長引くケースがあります。
男は会社、女は家庭、といった男女分業論の到達点は、「会社人間の父親は、家庭に不在。母親と子供の結びつきが強まり、母性過剰」となります。
これは、子供が社会に出にくい(社会化されにくい)条件のひとつなのです。
不登校・ひきこもり・薬物依存症・摂食障害・パーソナリティ障害に至るまで、現代の若者の背後には、こうした家族状況が見受けられます。
ひきこもり家族の場合に、当事者と母親の「共依存」的な愛着関係が強まると共に、父親との距離が開きすぎて、生理的な憎しみの対象になるのは、このような背景があるからです。
これは、ひきこもりが長引く原因となります。逆に、「わが子のひきこもりゆえに、母親の気持ちが離れることができなかった」と言うこともできます。
「出たいが出られない」当事者。「出て欲しいが、生活の面倒を見ざるを得ない」親。両者は、痛みを自覚しながらも、その痛みゆえに離れられない共依存の関係にあるのです。
共依存では、愛情が憎しみに変わることが往々にして起きます。親から子への憎しみ。子から親への憎しみ。
憎しみは、敵意へと変わり、家族ゆえの「甘えの感情」が、憎しみを思わぬ事件・事故・悲劇に発展させてしまうことがあります。
たとえば、当事者が、子供時代の甘えの気持ちで、親に暴力をふるった場合です。当事者は、すでに大人の男ですから、殴ったら親はケガをします。カッとなってバットを振ったら、親は死にます。
軽い気持ちの行為から、取り返しのつかない惨事になってしまう。こんな悲しい事態は、避けなければなりません。
共依存の強い男性が、異性との付き合いを始める場合にも注意が必要です。今までに親に向けていた共依存の感情と暴力が、異性に向かうこともあるからです。
現代の若者たちにとって、「家庭をつくる」ことは、困難な状況にあると言えます。
会社は人員削減を進め、正社員よりもパートを雇用したがります。そのために、20代から40代までの非正規社員やフリーターが激増しています。
収入の少ない「ワーキングプア」(年収200万円以下)は、若者世代に多いのが実情です。これで、「家庭をつくれ」というのは、どう考えても酷な話なのです。
自らの家庭をつくれない若者たちは、親と同居することとなります。これが、「パラサイト」であり、その数は一千万人を超えると言われます。
この数字の中には、ひきこもりの当事者も含まれています。これは、ひきこもり当事者にとっては、救いになります。
なぜなら、この事態は、新たに異性関係に入るとしても、同世代と比較して大きな遅れではないと言えるからです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
ある学者は、「人の心が発達するにつれて、特定の男性と女性の気持ちが離れなくなり、同じ場所に住むようになった」と記述しています。
特定の異性同士が「好き」になることは、人類史そのものと言えるほどに長い歴史があるのです。太古の昔から、異性の存在に心をときめかすことが、人生を生き生きとさせてきたのです。
人類の歴史は、「最初に男と女ありき」だったのです。
現実には、男と女の関係は、必ずしも幸福ばかりとは限りません。女性を男性の所有物のようにみなす男尊女卑の時代もありました。
現代社会にも、そうした思想は一部に残存しています。父親がそうした考えを強く持っている場合に、ひきこもりが長引くケースがあります。
男は会社、女は家庭、といった男女分業論の到達点は、「会社人間の父親は、家庭に不在。母親と子供の結びつきが強まり、母性過剰」となります。
これは、子供が社会に出にくい(社会化されにくい)条件のひとつなのです。
不登校・ひきこもり・薬物依存症・摂食障害・パーソナリティ障害に至るまで、現代の若者の背後には、こうした家族状況が見受けられます。
ひきこもり家族の場合に、当事者と母親の「共依存」的な愛着関係が強まると共に、父親との距離が開きすぎて、生理的な憎しみの対象になるのは、このような背景があるからです。
これは、ひきこもりが長引く原因となります。逆に、「わが子のひきこもりゆえに、母親の気持ちが離れることができなかった」と言うこともできます。
「出たいが出られない」当事者。「出て欲しいが、生活の面倒を見ざるを得ない」親。両者は、痛みを自覚しながらも、その痛みゆえに離れられない共依存の関係にあるのです。
共依存では、愛情が憎しみに変わることが往々にして起きます。親から子への憎しみ。子から親への憎しみ。
憎しみは、敵意へと変わり、家族ゆえの「甘えの感情」が、憎しみを思わぬ事件・事故・悲劇に発展させてしまうことがあります。
たとえば、当事者が、子供時代の甘えの気持ちで、親に暴力をふるった場合です。当事者は、すでに大人の男ですから、殴ったら親はケガをします。カッとなってバットを振ったら、親は死にます。
軽い気持ちの行為から、取り返しのつかない惨事になってしまう。こんな悲しい事態は、避けなければなりません。
共依存の強い男性が、異性との付き合いを始める場合にも注意が必要です。今までに親に向けていた共依存の感情と暴力が、異性に向かうこともあるからです。
現代の若者たちにとって、「家庭をつくる」ことは、困難な状況にあると言えます。
会社は人員削減を進め、正社員よりもパートを雇用したがります。そのために、20代から40代までの非正規社員やフリーターが激増しています。
収入の少ない「ワーキングプア」(年収200万円以下)は、若者世代に多いのが実情です。これで、「家庭をつくれ」というのは、どう考えても酷な話なのです。
自らの家庭をつくれない若者たちは、親と同居することとなります。これが、「パラサイト」であり、その数は一千万人を超えると言われます。
この数字の中には、ひきこもりの当事者も含まれています。これは、ひきこもり当事者にとっては、救いになります。
なぜなら、この事態は、新たに異性関係に入るとしても、同世代と比較して大きな遅れではないと言えるからです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年10月7日火曜日
ふられた痛みは嘆く必要がないことを知る
異性との交流は、必ずしもうまくいくとは限りません。むしろ、うまくいかない方がはるかに多いのが現実です。
メールで告白して「付き合っている人がいますから」と断られることもあるでしょう。そして、それを何回も経験することになります。
ふられて心に痛手を受けたダメージを「トラウマだ」などと嘆く必要はありません。「甘い痛み」として受け入れることです。決してあきらめる必要はありません。
別の新しい人を探すようにすればいいのです。人類の半分は「異性」なのですから、あせる必要などないのです。
「もう少し力をつけること」「もう少しうまくやる必要があったこと」を振り返り、「うまくいかなかった場合には、自らの勇気をたたえて」、「うまくいかなかったら教訓を得て」、次回につなげるようにしましょう。
異性のために奮起する、異性を意識するようになった時点で、リバウンドを克服した段階に達しているのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
メールで告白して「付き合っている人がいますから」と断られることもあるでしょう。そして、それを何回も経験することになります。
ふられて心に痛手を受けたダメージを「トラウマだ」などと嘆く必要はありません。「甘い痛み」として受け入れることです。決してあきらめる必要はありません。
別の新しい人を探すようにすればいいのです。人類の半分は「異性」なのですから、あせる必要などないのです。
「もう少し力をつけること」「もう少しうまくやる必要があったこと」を振り返り、「うまくいかなかった場合には、自らの勇気をたたえて」、「うまくいかなかったら教訓を得て」、次回につなげるようにしましょう。
異性のために奮起する、異性を意識するようになった時点で、リバウンドを克服した段階に達しているのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年10月6日月曜日
異性には勇気を出して話しかけることにした
異性には、少しずつ勇気を出して話しかけるようにします。異性は、社会の半数を占める存在なので、異性との会話ができることには大きな意義があります。
好きな異性ができると、心がときめきます。人生がバラ色に見えたり、相手のちょっとした動きが気になって、胸がいっぱいになったりします。これは、ひきこもっている間にはなかった体験であり、初めての体験であったりします。
異性の存在が気になる体験は、人間が人間であることを示す自然な体験ですから、気持ちを押し殺してしまう必要はありません。社会の半数は、異性によって構成されていますから、気になった異性は、その代表と言えるのです。
そして、あなたは、男性(女性)の代表なのです。ひとりの異性と会話や交流ができることは、異性全体と交流できることになります。まずは勇気を出して、ときめく心でおしゃべりなどを続けることです。
相手の気持ちを引き付けるためには、気持ちを表現できることが必要になりますが、居場所などでの経験を重ねていると、その訓練は行なわれていると言えます。
異性にアピールするためには、前向きに生きていることを感じさせる必要があります。マイナス思考や完全主義を少しずつ軽くしておくと良いでしょう。
男性が居場所などで好意を抱いた女性にアピールするためには、就労セミナーや就労訓練に参加する姿勢が必要になると言えます。
バイトなどの就労に慣れていくことは、異性を振り向かせる条件のひとつになります。そのためには、最小限の体力・筋力が必要になってきます。
親世代のように「男性に収入があること」を絶対条件にすることは誤りですが、少なくとも就労の可能性を示すことは有利な条件と言えます。
恋愛をきっかけに、相互が就労などの社会参加を試みる勇気を得ることは、すばらしいことです。女性の場合は、結婚・出産・子育てが、きわめて大切な社会参加となります。
「女のために生きる」と明言して、恋愛をバネに必死に働き出した元当事者も少なくありません。「好きな異性や家族を守る」ために必死になって働くことが、多くの人の生きがい・張り合いなのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
好きな異性ができると、心がときめきます。人生がバラ色に見えたり、相手のちょっとした動きが気になって、胸がいっぱいになったりします。これは、ひきこもっている間にはなかった体験であり、初めての体験であったりします。
異性の存在が気になる体験は、人間が人間であることを示す自然な体験ですから、気持ちを押し殺してしまう必要はありません。社会の半数は、異性によって構成されていますから、気になった異性は、その代表と言えるのです。
そして、あなたは、男性(女性)の代表なのです。ひとりの異性と会話や交流ができることは、異性全体と交流できることになります。まずは勇気を出して、ときめく心でおしゃべりなどを続けることです。
相手の気持ちを引き付けるためには、気持ちを表現できることが必要になりますが、居場所などでの経験を重ねていると、その訓練は行なわれていると言えます。
異性にアピールするためには、前向きに生きていることを感じさせる必要があります。マイナス思考や完全主義を少しずつ軽くしておくと良いでしょう。
男性が居場所などで好意を抱いた女性にアピールするためには、就労セミナーや就労訓練に参加する姿勢が必要になると言えます。
バイトなどの就労に慣れていくことは、異性を振り向かせる条件のひとつになります。そのためには、最小限の体力・筋力が必要になってきます。
親世代のように「男性に収入があること」を絶対条件にすることは誤りですが、少なくとも就労の可能性を示すことは有利な条件と言えます。
恋愛をきっかけに、相互が就労などの社会参加を試みる勇気を得ることは、すばらしいことです。女性の場合は、結婚・出産・子育てが、きわめて大切な社会参加となります。
「女のために生きる」と明言して、恋愛をバネに必死に働き出した元当事者も少なくありません。「好きな異性や家族を守る」ために必死になって働くことが、多くの人の生きがい・張り合いなのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年10月5日日曜日
ひきこもり中には異性との交際・交流ができなかった
思春期は異性を意識し始める時期であり、それ以前より異性が気になるようになります。
社会不安障害では、他人に見られる状況に弱いために、異性に噂されていないか気になったり、通りすがりの異性の視線が気になったりします。
ある体臭恐怖の男性は「女子高生とすれちがうことが怖かった」と述べました。口臭を気にして、マスクやタオルを使用するケースも見受けられます。
社会不安障害の定義は、「恥をかきそうな場面を回避してしまい、学業・仕事・家庭生活などがうまくいかなくなる」ことですが、ことさらに異性を意識してしまい、避けてしまうことが多いのです。
異性との友人関係は言うまでもなく、交際・恋愛・結婚なども回避されてしまいます。ひきこもりは、社会不安障害の症状が悪化した状態と言うことができます。
異性との交流に慣れる上で、居場所の役割は大きいと言えます。「同性なら何とか大丈夫」であることを尊重して、居場所では同性の仲間と交流することから開始します。
スタッフの声かけに慣れていく中で、少しずつ勇気を出して、異性との会話を試みるのです。当初は、「何を話して良いかわからない、話題が続かない」という悩みが多いのですが、これは「慣れ」の問題にすぎません。場面から逃げないで参加し続けているうちに、異性と自然な会話ができるようになります。
9年こもった社会不安障害の20代男性は、メール交換したことや、二人で逢ったことを報告してくれました。3年こもった男性は、自動車の免許を取り、バイトを開始する中で、異性との交際もできるようになりました。
社会不安障害から不登校・中退を繰り返した20代女性は、居場所に参加していましたが、1年も経たないうちに、会社員と交際・結婚して、一児の母親になりました。
回避症状から異性を避けていた場合にも、このように結婚まで可能となること、母親になった女性がいることなどは、当事者や親たちに限りない希望を与えてくれます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
社会不安障害では、他人に見られる状況に弱いために、異性に噂されていないか気になったり、通りすがりの異性の視線が気になったりします。
ある体臭恐怖の男性は「女子高生とすれちがうことが怖かった」と述べました。口臭を気にして、マスクやタオルを使用するケースも見受けられます。
社会不安障害の定義は、「恥をかきそうな場面を回避してしまい、学業・仕事・家庭生活などがうまくいかなくなる」ことですが、ことさらに異性を意識してしまい、避けてしまうことが多いのです。
異性との友人関係は言うまでもなく、交際・恋愛・結婚なども回避されてしまいます。ひきこもりは、社会不安障害の症状が悪化した状態と言うことができます。
異性との交流に慣れる上で、居場所の役割は大きいと言えます。「同性なら何とか大丈夫」であることを尊重して、居場所では同性の仲間と交流することから開始します。
スタッフの声かけに慣れていく中で、少しずつ勇気を出して、異性との会話を試みるのです。当初は、「何を話して良いかわからない、話題が続かない」という悩みが多いのですが、これは「慣れ」の問題にすぎません。場面から逃げないで参加し続けているうちに、異性と自然な会話ができるようになります。
9年こもった社会不安障害の20代男性は、メール交換したことや、二人で逢ったことを報告してくれました。3年こもった男性は、自動車の免許を取り、バイトを開始する中で、異性との交際もできるようになりました。
社会不安障害から不登校・中退を繰り返した20代女性は、居場所に参加していましたが、1年も経たないうちに、会社員と交際・結婚して、一児の母親になりました。
回避症状から異性を避けていた場合にも、このように結婚まで可能となること、母親になった女性がいることなどは、当事者や親たちに限りない希望を与えてくれます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年10月4日土曜日
ありのままの自分でいることを学んだ
学校や会社で傷ついた当事者には、それとは異なる価値観に基づく集まり方が必要になります。
居場所がうまくいくためには、スケジュール主義・年齢主義・成績による差別・さまざまな管理主義・義務の強制・村八分的な「いじめ」など、このような形式主義から免れていることが必要です。
非教育的なスタイルほど、当事者の人間性を開放させてくれ、社会参加をうながしてくれるのです。
居場所やフリースペースでは、
(1)一律なスケジュールはなく、参加は任意です。
(2)さまざまな年齢層が、ごっちゃになって交流しています。
(3)場面に対する不安・緊張が強い人は、治療的に配慮されます。
(4)就労・就学の有無による評価を受けません。
(5)携帯電話の番号やメールを交換することは規制されません。
(6)出入りは、自由です。
居場所やフリースペースは、「のびのびすること」「生き生きすること」ができる場所と言えます。
「肩書き主義」「学歴主義」などの形式にとらわれることなく、「ありのままに」自分らしくしていられる場所、それが居場所・フリースペースなのです。
やりたいことが見つからない場合には、「自分には目標がない」などと悲観しないで、見つからないままにたたずんで良いのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
居場所がうまくいくためには、スケジュール主義・年齢主義・成績による差別・さまざまな管理主義・義務の強制・村八分的な「いじめ」など、このような形式主義から免れていることが必要です。
非教育的なスタイルほど、当事者の人間性を開放させてくれ、社会参加をうながしてくれるのです。
居場所やフリースペースでは、
(1)一律なスケジュールはなく、参加は任意です。
(2)さまざまな年齢層が、ごっちゃになって交流しています。
(3)場面に対する不安・緊張が強い人は、治療的に配慮されます。
(4)就労・就学の有無による評価を受けません。
(5)携帯電話の番号やメールを交換することは規制されません。
(6)出入りは、自由です。
居場所やフリースペースは、「のびのびすること」「生き生きすること」ができる場所と言えます。
「肩書き主義」「学歴主義」などの形式にとらわれることなく、「ありのままに」自分らしくしていられる場所、それが居場所・フリースペースなのです。
やりたいことが見つからない場合には、「自分には目標がない」などと悲観しないで、見つからないままにたたずんで良いのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年10月3日金曜日
肩書きや学歴に意味がないことに気づいた
当事者の考え方は、親と同様に、学歴主義・会社主義に縛られています。
「大学くらいは出ていないと」「正社員になれていないから」など、ひきこもりから脱した時点で、このようなこだわりを示す当事者は多いのです。
しかし、学歴だけで通用する時代は、過去のものとなりました。
総中流時代の大学は、入学しさえすれば、遊んでいても卒業することができました。企業社会が、社内教育しやすい「真っ白な人材」を求めていたからです。
ところが、格差社会と少子化の到来によって、大学をめぐる状況は一変しました。企業社会も即戦力を求めるようになり、質の良い卒業生を社会に送り出すことが大学の使命となりました。
「大学くらいは」が、通用しない時代になったのです。一方で、社会人入試など、年齢にこだわらない入学が増加しています。
自分にあった学び、本当に学びたい学びに気づいてから、大学や専門学校に入学しても遅くない、新しい学びの時代が到来したのです。
会社の状況も、だれもが正規の社員になれる時代は終わり、非正規社員での採用が主流となりました。
かつては、良い学歴が、良い会社と良い生活に直結すると言われましたが、グローバル化という経済変動の中で、親世代とは全く逆に、ほとんどの若者が、非正規社員とならざるを得なくなったのです。
「正社員」の肩書きを保証されない時代に、正社員にこだわり続けることは、時代錯誤に他なりません。
学歴主義・会社主義は、「マイナス思考」と見なすことが可能になりました。働き方にも、新しい精神とスタイルが登場したということができます。
時代状況が、ひきこもり当事者も家から出さえすれば、一般の若者と大差なく見えるようにしてくれたのです。
学歴・会社が、セイフティ・ネット(安全弁)でなくなった現在、それをどこに求めれば良いのでしょうか?
「自分自身にとっての最大のセイフティ・ネットは、自分自身である」と言えます。
形式ばった古い価値観にとらわれないで、あるがままの本音を探り当て、自分の適性や能力を生かすこと、それが今からの時代と社会を生きていく上で、最良の方法です。
居場所・親の会などは、そのための格好のスタート地点と言うことができます。
フロイトは、「人の人格は、社会規範と、個人の本能と、両者を調整する自我からなる」と述べていますが、社会規範が動揺する時代は、「自我」もまた動揺して見失われがちになる時代です。
「失われし字がを求めて」(ロロ・メイ)生きる視点からすれば、ひきこもりもそうでない若者も親も、「みな同じ地平に立っている」と言うことができるのです。
若者の混乱を「若者の変容」にすぎないとすることは、「総中流社会」という色眼鏡の効かせすぎと言えます。
若者の世界に起きているのは、親世代と同じ生き方が通用しない時代状況に放り出されて、どのように生きたら良いか、どのような社会的役割が可能か、だれとどのようにパートナーシップを組めば良いかといった、同一性(アイデンティティ)をめぐる葛藤・混乱に他なりません。
これは、エリクソンの言う「自己同一性」をめぐる混乱そのものです。フリーター・ニート・ひきこもり・パラサイトから、パーソナリティ障害・摂食障害・薬物依存症に至るまでの若者の病理現象の背後に、「同一性の混乱」を見い出すことができるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
「大学くらいは出ていないと」「正社員になれていないから」など、ひきこもりから脱した時点で、このようなこだわりを示す当事者は多いのです。
しかし、学歴だけで通用する時代は、過去のものとなりました。
総中流時代の大学は、入学しさえすれば、遊んでいても卒業することができました。企業社会が、社内教育しやすい「真っ白な人材」を求めていたからです。
ところが、格差社会と少子化の到来によって、大学をめぐる状況は一変しました。企業社会も即戦力を求めるようになり、質の良い卒業生を社会に送り出すことが大学の使命となりました。
「大学くらいは」が、通用しない時代になったのです。一方で、社会人入試など、年齢にこだわらない入学が増加しています。
自分にあった学び、本当に学びたい学びに気づいてから、大学や専門学校に入学しても遅くない、新しい学びの時代が到来したのです。
会社の状況も、だれもが正規の社員になれる時代は終わり、非正規社員での採用が主流となりました。
かつては、良い学歴が、良い会社と良い生活に直結すると言われましたが、グローバル化という経済変動の中で、親世代とは全く逆に、ほとんどの若者が、非正規社員とならざるを得なくなったのです。
「正社員」の肩書きを保証されない時代に、正社員にこだわり続けることは、時代錯誤に他なりません。
学歴主義・会社主義は、「マイナス思考」と見なすことが可能になりました。働き方にも、新しい精神とスタイルが登場したということができます。
時代状況が、ひきこもり当事者も家から出さえすれば、一般の若者と大差なく見えるようにしてくれたのです。
学歴・会社が、セイフティ・ネット(安全弁)でなくなった現在、それをどこに求めれば良いのでしょうか?
「自分自身にとっての最大のセイフティ・ネットは、自分自身である」と言えます。
形式ばった古い価値観にとらわれないで、あるがままの本音を探り当て、自分の適性や能力を生かすこと、それが今からの時代と社会を生きていく上で、最良の方法です。
居場所・親の会などは、そのための格好のスタート地点と言うことができます。
フロイトは、「人の人格は、社会規範と、個人の本能と、両者を調整する自我からなる」と述べていますが、社会規範が動揺する時代は、「自我」もまた動揺して見失われがちになる時代です。
「失われし字がを求めて」(ロロ・メイ)生きる視点からすれば、ひきこもりもそうでない若者も親も、「みな同じ地平に立っている」と言うことができるのです。
若者の混乱を「若者の変容」にすぎないとすることは、「総中流社会」という色眼鏡の効かせすぎと言えます。
若者の世界に起きているのは、親世代と同じ生き方が通用しない時代状況に放り出されて、どのように生きたら良いか、どのような社会的役割が可能か、だれとどのようにパートナーシップを組めば良いかといった、同一性(アイデンティティ)をめぐる葛藤・混乱に他なりません。
これは、エリクソンの言う「自己同一性」をめぐる混乱そのものです。フリーター・ニート・ひきこもり・パラサイトから、パーソナリティ障害・摂食障害・薬物依存症に至るまでの若者の病理現象の背後に、「同一性の混乱」を見い出すことができるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年10月2日木曜日
資格・免許・講座・進学・セミナー・プログラムに取り組んだ
人には「学びたい」という願望は、いつまでも残るようです。
特に、小中学校の不登校から長年ひきこもった場合には、高校進学が一般的になっていますので、「高校卒業の資格を取りたい」という思いが強く残ります。
小学4年から11年こもったA君、中学2年から17年こもったB君、中学3年から22年こもったC君は、「高卒資格認定校」へ通い、「高卒認定資格」を取得しました。
どちらかと言えば、ひきこもりからの脱出後には、就労より就学の方が取り組みやすいと言えます。「大検制度」から「高卒認定資格」に移行したことが、取り組みやすさを増しました。
現行の通信制や定時制は、年齢主義の息苦しさを十分に乗り越えておらず、就学期間の長さに対する配慮も不足しています。
東京都などでは、中退者が再挑戦するチャレンジスクールがスタートしましたが、競争率が高いという問題を生じました。
人口80万人の新潟市に、高卒認定コースの学院が複数あり、数百名の生徒が在籍する状況は、このコースが、第二の高等教育として公認されたことを示しています。
学歴別で最大層である高校中退群は「再チャレンジの意欲」が強いのが特徴で、大学中退群が大学卒業資格にこだわることがないことと対照的です。
高卒認定資格を取得したのちに専門学校や大学に進学した人、さらに、司法試験・公認会計士・税理士資格などを目指す人もいます。
彼らにとって、ひきこもりを脱することは、「希望の学び」と「希望の職業資格」に直結しているのです。
企業が、不況終了後も新卒採用にこだわわる中で、「年齢主義」を越えて学ぶことは、新しい時代の新しい学びの精神と言えます。学問と年齢はつながらなくなっている欧米のスタイルに近い「新しい学び方」なのです。
高卒無業の場合には、大学受験に失敗して、ひきこもったケースが目立ちますが、その失意を周囲がでれだけサポートできるかが、その後につながります。完全主義を乗り越えて、「合格水準に達していないから不合格は仕方ない」と思考転換することが大切です。
新しい土地と大学のクラスに馴染めないまま、ひきこもる大学生も目立ちます。大学休学のケースでは、社会不安障害や挫折体験から、うつ病へと進むことが多いようです。
アルバイトに精を出すかつての学生と違い、大学生のひきこもりのケースでは、ほとんどが仕送り生活です。
高校も大学も第一学年目に中退に至るケースが多いことから、「中一ギャップ」「高一ギャップ」に加えて、「大一ギャップ」までも存在すると言うことができます。
大卒無業は、就職氷河期世代に多く見受けられます。ある若者は、「企業への就職の競争率が百倍にも達する実情から、意欲を失った」と述べました。
都会で就職できず、地元へ戻っても、若者の集まりがないことから、家にいるしかなくなり、ひきこもったのです。
就職氷河期にまみれた25歳から35歳の世代に、フリーター・ニート・ひきこもりが大量に出現したことから、若者サポートステーションなどの若者福祉が行なわれるようになりました。
この世代は、文科省の定員増加策によって、学生数が多い年代にあたります。フリーター・ニート・ひきこもりの就労対策は、もっと大規模に、もっと根本的に行なわれる必要があります。
当事者の3割は、高校や大学を卒業して、就職就労した後のひきこもりです。
社会生活での挫折やうつ状態などによって退職に追い込まれ、回復後にも参加する場所がないままに、世間の目を気にして、ひきこもったケースが多いのです。
社会復帰のプログラムは、統合失調症やアルコール依存症などでは盛んですが、うつ病からの社会復帰プログラムや家族教室は存在せず、医師や心理カウンセラーの個別的な精神療法に委ねられているのが現状です。
挫折体験に対するカウンセリングや社会復帰プログラムの充実が求められるところです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
特に、小中学校の不登校から長年ひきこもった場合には、高校進学が一般的になっていますので、「高校卒業の資格を取りたい」という思いが強く残ります。
小学4年から11年こもったA君、中学2年から17年こもったB君、中学3年から22年こもったC君は、「高卒資格認定校」へ通い、「高卒認定資格」を取得しました。
どちらかと言えば、ひきこもりからの脱出後には、就労より就学の方が取り組みやすいと言えます。「大検制度」から「高卒認定資格」に移行したことが、取り組みやすさを増しました。
現行の通信制や定時制は、年齢主義の息苦しさを十分に乗り越えておらず、就学期間の長さに対する配慮も不足しています。
東京都などでは、中退者が再挑戦するチャレンジスクールがスタートしましたが、競争率が高いという問題を生じました。
人口80万人の新潟市に、高卒認定コースの学院が複数あり、数百名の生徒が在籍する状況は、このコースが、第二の高等教育として公認されたことを示しています。
学歴別で最大層である高校中退群は「再チャレンジの意欲」が強いのが特徴で、大学中退群が大学卒業資格にこだわることがないことと対照的です。
高卒認定資格を取得したのちに専門学校や大学に進学した人、さらに、司法試験・公認会計士・税理士資格などを目指す人もいます。
彼らにとって、ひきこもりを脱することは、「希望の学び」と「希望の職業資格」に直結しているのです。
企業が、不況終了後も新卒採用にこだわわる中で、「年齢主義」を越えて学ぶことは、新しい時代の新しい学びの精神と言えます。学問と年齢はつながらなくなっている欧米のスタイルに近い「新しい学び方」なのです。
高卒無業の場合には、大学受験に失敗して、ひきこもったケースが目立ちますが、その失意を周囲がでれだけサポートできるかが、その後につながります。完全主義を乗り越えて、「合格水準に達していないから不合格は仕方ない」と思考転換することが大切です。
新しい土地と大学のクラスに馴染めないまま、ひきこもる大学生も目立ちます。大学休学のケースでは、社会不安障害や挫折体験から、うつ病へと進むことが多いようです。
アルバイトに精を出すかつての学生と違い、大学生のひきこもりのケースでは、ほとんどが仕送り生活です。
高校も大学も第一学年目に中退に至るケースが多いことから、「中一ギャップ」「高一ギャップ」に加えて、「大一ギャップ」までも存在すると言うことができます。
大卒無業は、就職氷河期世代に多く見受けられます。ある若者は、「企業への就職の競争率が百倍にも達する実情から、意欲を失った」と述べました。
都会で就職できず、地元へ戻っても、若者の集まりがないことから、家にいるしかなくなり、ひきこもったのです。
就職氷河期にまみれた25歳から35歳の世代に、フリーター・ニート・ひきこもりが大量に出現したことから、若者サポートステーションなどの若者福祉が行なわれるようになりました。
この世代は、文科省の定員増加策によって、学生数が多い年代にあたります。フリーター・ニート・ひきこもりの就労対策は、もっと大規模に、もっと根本的に行なわれる必要があります。
当事者の3割は、高校や大学を卒業して、就職就労した後のひきこもりです。
社会生活での挫折やうつ状態などによって退職に追い込まれ、回復後にも参加する場所がないままに、世間の目を気にして、ひきこもったケースが多いのです。
社会復帰のプログラムは、統合失調症やアルコール依存症などでは盛んですが、うつ病からの社会復帰プログラムや家族教室は存在せず、医師や心理カウンセラーの個別的な精神療法に委ねられているのが現状です。
挫折体験に対するカウンセリングや社会復帰プログラムの充実が求められるところです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年10月1日水曜日
もはや孤独でないことに気づいた
ひきこもりが、ニートやフリーターと相違するのは、その孤独さにおいてです。ニートとひきこもりを峻別することは無理がありますが、交友関係があるとないとでは、質的に大きな違いがあります。
ひきこもりにも家族との交流はあるとされますが、心地よい交流があるケースは少なく、無言のままの気まずい思いが支配していたり、会話もほんのひと言であったり、ときに暴力に発展する緊張関係であったりします。
ひきこもりの場合には、ほとんど「孤独」であると言えるのです。孤独の中で、対人交流の欲求は、テレビ・ラジオ・パソコン・ゲーム・雑誌などのメディアに向かいます。彼らが雑学なのは、そのためと言えます。
しかし、NPO・居場所・フリースペースで、自分の存在をそのままに受け止められ、友だち・仲間ができて、日常的に交流できるようになると、もはや「孤独ではない」という感覚が生じてきます。
他人と交流できるようになると、ひきこもり状態から脱していることは明らかです。閉ざされた生活に戻りたい人はいないのですから、仲間といながら社会参加をさぐる方向へと、流れは自然に向かっていきます。
不安定な感情にかられ、自分を見失う典型である境界型パーソナリティ障害ですら、仲間やスタッフをモデリングすることによって、行動が落ち着いていくのが観察されます。
アルコール依存症・薬物依存症・摂食障害などの依存症では、仲間作りそのものが、病気を乗り越えていくために有効とされます。
孤立の病にとっては、精神療法や薬物療法はもちろんですが、集団療法的な場に参加して孤立を脱することが治癒力を持つのです。
ひきこもりは、現代社会の病理である「孤立」を特徴としています。従って、ひきこもり問題に取り組み、ひきこもりからの回復を支えることは、現代社会に対する人間回復の根源的な営みと言うことができるのです。
対人関係を喪失した孤独な世界から回復することは、別の孤独な中へ投げ込まれることであってはなりません。
ひきこもりからの回復は、温かみのある、生きていて良かったと感じさせる世界への脱出でなくてはならないのです。
孤独でないと感じられる世界に脱出でき、ひきこもることでしか保つことができなかった敏感な感性が生き生きと動き出す場合には、ひきこもりからの回復は真の回復であると言うことができます。
そして「もはや孤独ではない」と感じることができた場合には、当事者は、現代人の病理の本質と、それから回復する術を経験したことになるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
ひきこもりにも家族との交流はあるとされますが、心地よい交流があるケースは少なく、無言のままの気まずい思いが支配していたり、会話もほんのひと言であったり、ときに暴力に発展する緊張関係であったりします。
ひきこもりの場合には、ほとんど「孤独」であると言えるのです。孤独の中で、対人交流の欲求は、テレビ・ラジオ・パソコン・ゲーム・雑誌などのメディアに向かいます。彼らが雑学なのは、そのためと言えます。
しかし、NPO・居場所・フリースペースで、自分の存在をそのままに受け止められ、友だち・仲間ができて、日常的に交流できるようになると、もはや「孤独ではない」という感覚が生じてきます。
他人と交流できるようになると、ひきこもり状態から脱していることは明らかです。閉ざされた生活に戻りたい人はいないのですから、仲間といながら社会参加をさぐる方向へと、流れは自然に向かっていきます。
不安定な感情にかられ、自分を見失う典型である境界型パーソナリティ障害ですら、仲間やスタッフをモデリングすることによって、行動が落ち着いていくのが観察されます。
アルコール依存症・薬物依存症・摂食障害などの依存症では、仲間作りそのものが、病気を乗り越えていくために有効とされます。
孤立の病にとっては、精神療法や薬物療法はもちろんですが、集団療法的な場に参加して孤立を脱することが治癒力を持つのです。
ひきこもりは、現代社会の病理である「孤立」を特徴としています。従って、ひきこもり問題に取り組み、ひきこもりからの回復を支えることは、現代社会に対する人間回復の根源的な営みと言うことができるのです。
対人関係を喪失した孤独な世界から回復することは、別の孤独な中へ投げ込まれることであってはなりません。
ひきこもりからの回復は、温かみのある、生きていて良かったと感じさせる世界への脱出でなくてはならないのです。
孤独でないと感じられる世界に脱出でき、ひきこもることでしか保つことができなかった敏感な感性が生き生きと動き出す場合には、ひきこもりからの回復は真の回復であると言うことができます。
そして「もはや孤独ではない」と感じることができた場合には、当事者は、現代人の病理の本質と、それから回復する術を経験したことになるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月30日火曜日
経験不足によるマイナス思考や完全主義に取り組んだ
ひきこもりから脱した当初は、ひきこもり特有のマイナス思考を背負っています。マイナス思考は自動的に出てしまうことが多く、考えや感情を支配して、行動を後ろ向きにします。
ひきこもりから脱した後は、少しずつ自分のマイナス思考に気づいていきましょう。自分の思考・行動・感情に気づく中で、人生が少しずつ前向きになる可能性があります。
「マイナス思考」は、次のような特徴を持っています。
(1)悪い予測だけが膨らんでしまう。
(2)確認しないで、他人の考えを決め付けてしまう。
(3)出来事の成り行きや結果を自分のせいにする(親のせいにする)。
(4)ちょっとしたことから、すべてをダメだと決め付けてしまう。
(5)物事の悪い側面しか見ない。
(6)自分に悪いレッテルを貼ってしまう。
(7)自分にだけ厳しい基準を課して、自分は脱落してしまったと思い込む。
「完全主義」が多いことも、ひきこもりの特徴です。完全主義は、「ひとつがダメなら、すべてダメ」とするような極端に二分してしまう思考パターンです。
「完全主義」と同じ意味の言葉は、完全壁・完璧主義・〇X思考・白黒思考・二者択一思考・二分思考・全か無か思考・竹を割った性格・杓子定規など、数多くあります。
完全主義的な思考は、単純すぎて、適応の幅を狭くしてしまいます。
完全主義的な思考は、ひきこもりだけでなく、うつ病・自殺・摂食障害・強迫性障害・社会不安障害・心身性障害・高次脳機能障害・など、多くの疾患に見受けられます。
完全主義を乗り越えるためには、それを打ち崩すアイテムを覚えて、手がかりにすることが手っ取り早いと言えます。
「完全主義をゆるめるためのアイテム」は、次の通りです。
(1)〇Xに△を加えよう。
(2)ベストでなくベター。
(3)先延ばしにしよう。
(4)要求水準を下げよう。
(5)55%でOK。
(6)優先順位をつけよう(今日中・今週中・今月中・今年中)。
(7)あるべきでなく、あるがまま。
(8)シュミレーションをして、結果を複数予測しよう。
(9)うまくいかなかったら教訓を得よう。
(10)うまくいかなかったら勇気をたたえよう。
(11)あいまいさを受け入れよう。
(12)いい加減で生きよう。
これらのフレーズを頭に残しておくことが、判断に困った場合などに効いてきます。それまでの考え方を見直すきっかけになるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
ひきこもりから脱した後は、少しずつ自分のマイナス思考に気づいていきましょう。自分の思考・行動・感情に気づく中で、人生が少しずつ前向きになる可能性があります。
「マイナス思考」は、次のような特徴を持っています。
(1)悪い予測だけが膨らんでしまう。
(2)確認しないで、他人の考えを決め付けてしまう。
(3)出来事の成り行きや結果を自分のせいにする(親のせいにする)。
(4)ちょっとしたことから、すべてをダメだと決め付けてしまう。
(5)物事の悪い側面しか見ない。
(6)自分に悪いレッテルを貼ってしまう。
(7)自分にだけ厳しい基準を課して、自分は脱落してしまったと思い込む。
「完全主義」が多いことも、ひきこもりの特徴です。完全主義は、「ひとつがダメなら、すべてダメ」とするような極端に二分してしまう思考パターンです。
「完全主義」と同じ意味の言葉は、完全壁・完璧主義・〇X思考・白黒思考・二者択一思考・二分思考・全か無か思考・竹を割った性格・杓子定規など、数多くあります。
完全主義的な思考は、単純すぎて、適応の幅を狭くしてしまいます。
完全主義的な思考は、ひきこもりだけでなく、うつ病・自殺・摂食障害・強迫性障害・社会不安障害・心身性障害・高次脳機能障害・など、多くの疾患に見受けられます。
完全主義を乗り越えるためには、それを打ち崩すアイテムを覚えて、手がかりにすることが手っ取り早いと言えます。
「完全主義をゆるめるためのアイテム」は、次の通りです。
(1)〇Xに△を加えよう。
(2)ベストでなくベター。
(3)先延ばしにしよう。
(4)要求水準を下げよう。
(5)55%でOK。
(6)優先順位をつけよう(今日中・今週中・今月中・今年中)。
(7)あるべきでなく、あるがまま。
(8)シュミレーションをして、結果を複数予測しよう。
(9)うまくいかなかったら教訓を得よう。
(10)うまくいかなかったら勇気をたたえよう。
(11)あいまいさを受け入れよう。
(12)いい加減で生きよう。
これらのフレーズを頭に残しておくことが、判断に困った場合などに効いてきます。それまでの考え方を見直すきっかけになるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月29日月曜日
ウォーキングやスポーツを楽しみ、体を動かした
ひきこもりから脱した当初は、ほとんどの人が体力低下をきたしています。
身体症の経験のある人は、短期間で人間の体力がいかに落ちやすいかを知っていますが、ひきこもっている時は、運動することはほとんどないのです。
筋力トレーニングなどを開始したとしたら、それは社会へ出る準備とみなせるほどです。
ほとんど家の中で過ごし、特に個室に閉じこもる場合には、運動不足から筋肉がやせ細ってしまいます。
そこに、食事の偏りが重なって、非可逆性の病気を発生することがあります。ビタミン不足や日照量不足から骨がもろくなって骨折することもあります。
栄養不足による栄養障害から、衝動的になったり、気分が落ち込んだり、妄想的になったりすることもあります。
ひきこもりから脱した時には、ウォーキング・筋肉トレーニングなどを意識して行なうことが必要ですが、居場所の仲間とテニス、サッカー、キャッチボールなどができれば最高です。
「就労セミナー」の大切さは強調されても、食事と運動の改善によって「体を作ること」の大切さが語られることが少ないのが実情です。
体ができていれば、バイトに挑戦した時に、長続きする可能性が高くなります。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
身体症の経験のある人は、短期間で人間の体力がいかに落ちやすいかを知っていますが、ひきこもっている時は、運動することはほとんどないのです。
筋力トレーニングなどを開始したとしたら、それは社会へ出る準備とみなせるほどです。
ほとんど家の中で過ごし、特に個室に閉じこもる場合には、運動不足から筋肉がやせ細ってしまいます。
そこに、食事の偏りが重なって、非可逆性の病気を発生することがあります。ビタミン不足や日照量不足から骨がもろくなって骨折することもあります。
栄養不足による栄養障害から、衝動的になったり、気分が落ち込んだり、妄想的になったりすることもあります。
ひきこもりから脱した時には、ウォーキング・筋肉トレーニングなどを意識して行なうことが必要ですが、居場所の仲間とテニス、サッカー、キャッチボールなどができれば最高です。
「就労セミナー」の大切さは強調されても、食事と運動の改善によって「体を作ること」の大切さが語られることが少ないのが実情です。
体ができていれば、バイトに挑戦した時に、長続きする可能性が高くなります。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月28日日曜日
同じ悩みを抱える仲間の存在に気づいた
居場所では「少しの勇気」を出して、話しかけに応じたり、隣りの人に話しかけることから始めます。顔見知りができて、互いに声かけができるようになればしめたものです。このようにして、「友だち」ができ始めます。
居場所には、同じ問題やよく似た事情を抱える当事者たちが参加しています。参加するだけで、自分だけが問題でないことに気づくのです。これは、孤立感を解消する上で、とても役に立ちます。
同じ課題や不安を持って対処しようとする人や、悪戦苦闘して対処中の人、すでにうまくいっている人から、「対処スキル」を学ぶことができます。
居場所は、お手本(モデリング)の宝庫と言えるのです。人間のさまざまな側面に触れることができます。
何もなかった「ひきこもり時代」と違って、刺激的でもあります。これは、生活共同体の良い面が復活した状態ということができるのです。
治療や集まりの終わった後にも、互いに交流して生活を楽しむことができます。カラオケ・サッカー観戦などにみんなで出かけることは、一般に若者が行なっているところです。
「楽しみ」「遊ぶ」感覚を身につけることは、就労などの社会参加の基礎になってくれます。助け合い・サポートができるようになれば、一人前の若者として、後戻りすることもなくなるのです。
他人の成功を見て、自分も不安に打ち勝てるという予測ができるようになります。就学・就労から異性の情報まであふれる居場所は、好ましい居場所です。
ひきこもりに加えて、神経症・うつ、進路などの生き方に悩む人まで参加する居場所が良いでしょう。試行錯誤して悪戦苦闘することは、青年期の特徴です。
悩みながらも、なんとかやっていく、そんな人が、最も良いお手本(モデリング)になります。自分にも何とかできそうだという、不安に負けない勇気が出てくるのです。
メンバーが互いに影響し合い、助け合うことは、治療者やNPOへの依存を減らすことになります。当事者同士で集まって、助けあえば、立派な自助グループと言えます。
居場所・親の会・自助グループでの行動は、社会的な状況にチャレンジするきっかけとなります。これらの活動を通じて、「それまでの方法を変えていくことができる」ようになるのです。
有効な集まりは、情報・刺激・勇気を与えてくれます。そして、社会的な状況にチャレンジするきっかけを与えてくれるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
居場所には、同じ問題やよく似た事情を抱える当事者たちが参加しています。参加するだけで、自分だけが問題でないことに気づくのです。これは、孤立感を解消する上で、とても役に立ちます。
同じ課題や不安を持って対処しようとする人や、悪戦苦闘して対処中の人、すでにうまくいっている人から、「対処スキル」を学ぶことができます。
居場所は、お手本(モデリング)の宝庫と言えるのです。人間のさまざまな側面に触れることができます。
何もなかった「ひきこもり時代」と違って、刺激的でもあります。これは、生活共同体の良い面が復活した状態ということができるのです。
治療や集まりの終わった後にも、互いに交流して生活を楽しむことができます。カラオケ・サッカー観戦などにみんなで出かけることは、一般に若者が行なっているところです。
「楽しみ」「遊ぶ」感覚を身につけることは、就労などの社会参加の基礎になってくれます。助け合い・サポートができるようになれば、一人前の若者として、後戻りすることもなくなるのです。
他人の成功を見て、自分も不安に打ち勝てるという予測ができるようになります。就学・就労から異性の情報まであふれる居場所は、好ましい居場所です。
ひきこもりに加えて、神経症・うつ、進路などの生き方に悩む人まで参加する居場所が良いでしょう。試行錯誤して悪戦苦闘することは、青年期の特徴です。
悩みながらも、なんとかやっていく、そんな人が、最も良いお手本(モデリング)になります。自分にも何とかできそうだという、不安に負けない勇気が出てくるのです。
メンバーが互いに影響し合い、助け合うことは、治療者やNPOへの依存を減らすことになります。当事者同士で集まって、助けあえば、立派な自助グループと言えます。
居場所・親の会・自助グループでの行動は、社会的な状況にチャレンジするきっかけとなります。これらの活動を通じて、「それまでの方法を変えていくことができる」ようになるのです。
有効な集まりは、情報・刺激・勇気を与えてくれます。そして、社会的な状況にチャレンジするきっかけを与えてくれるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月27日土曜日
ひきこもり中はコミュニケーションを願った
ひきこもりの特徴は、他人と親しい交流が持てないことにあります。
初めは軽い気持ちで不登校だったはずなのに、次第に行きにくくなって、交友関係も途絶えて、ついには身動きできなくなってしまう。ひきこもりは、そんなプロセスを経ると思われます。
一部の当事者を除いて、「外に出たい気持ち」は確実に存在すると言えます。そして「出たいが出られない」という葛藤のさなかにいるのです。
行き場がないこと、「妙なもの」と同一視されたくないこと、同年代から遅れてしまった気持ち、親の圧力などが、出にくさを助長しますが、それでも「出たい気持ち」は続くのです。
自力で出てくるケースが急増していることは、ひきこもり問題に大きな希望を与えてくれます。彼らが、外に出てコミュニケーションしたい願望を持っていることがわかるからです。
幻覚妄想で入院した当事者は、当初は激しい苛立ちを見せていましたが、病院食によって栄養状態が改善するにつれて、表情がにこやかになりました。栄養障害が加わって、さまざまな精神症状をきたしていたのです。
長期ひきこもりの場合は、最初は抵抗を示すのですが、状況の把握や栄養の改善によって、「外に出たかった」という気持ちを表すのです。
従って、時間の経過によって、パーソナリティが固まってしまう前に、後戻りできない身体障害に陥る前に、ひきこもりを終わらせることが大切なのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
初めは軽い気持ちで不登校だったはずなのに、次第に行きにくくなって、交友関係も途絶えて、ついには身動きできなくなってしまう。ひきこもりは、そんなプロセスを経ると思われます。
一部の当事者を除いて、「外に出たい気持ち」は確実に存在すると言えます。そして「出たいが出られない」という葛藤のさなかにいるのです。
行き場がないこと、「妙なもの」と同一視されたくないこと、同年代から遅れてしまった気持ち、親の圧力などが、出にくさを助長しますが、それでも「出たい気持ち」は続くのです。
自力で出てくるケースが急増していることは、ひきこもり問題に大きな希望を与えてくれます。彼らが、外に出てコミュニケーションしたい願望を持っていることがわかるからです。
幻覚妄想で入院した当事者は、当初は激しい苛立ちを見せていましたが、病院食によって栄養状態が改善するにつれて、表情がにこやかになりました。栄養障害が加わって、さまざまな精神症状をきたしていたのです。
長期ひきこもりの場合は、最初は抵抗を示すのですが、状況の把握や栄養の改善によって、「外に出たかった」という気持ちを表すのです。
従って、時間の経過によって、パーソナリティが固まってしまう前に、後戻りできない身体障害に陥る前に、ひきこもりを終わらせることが大切なのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月26日金曜日
リバウンドを少なくするコツ
リバウンドとは、いったん脱した当事者が、再びひきこもりに戻ることを言います。回復をスムースにすることと、リバウンドを防ぐことは、互いにつながっています。
いったん出て来て再びひきこもらせないためには、「ひきこもっていた時」より「今の生活の方が良い」と思えることが必要です。
そのためには、「今、ここからを大切にする」、「人生はいつからでもスタートとする」、「希望を見失わない」カウンセリングが求められます。過去の振り返りは、必要な場合だけにとどめるのが良いでしょう。
「当事者が語るのを待つ」方法は、ひきこもりの場合に最適とは言えないのです。長期ひきこもりの場合に、当事者も親も共通して、ひきこもり始めた前後にこだわる特徴があります。
当事者には「どうしてこうなったか」という問題意識がある反面、ひきこもりの原因や過去には触れたくないという心境もあります。
20年前の「誤り」や「長い時間を失った」事実に、まともに直面した場合には、「取り返しがつかない事態」として、うつ病に陥り、再びひきこもる可能性があります。
うつ防止のためには、自尊心が満たされる形の方が良いと思われます。
リバウンドを防止する配慮は、最大限に行われるべきです。「今の生活と以前の生活とでは、どちらが良いか」と問うことは、リバウンド防止のために有効な手立てになります。
リバウンドの原因は、親身で面倒見の良い人間関係が持てたか、居場所が仲間との交流や社会参加の意欲を持たせる上で十分だったか、その関係が継続されたか、などの点にあると思われます。
ひきこもりの当事者は、次のような3つの理由によって傷ついています。
(1)ひきこもりを生じた原因によって
(2)ひきこもっていること自体によって
(3)親との確執によって
働くことの訓練として、施設などに押し込まれた場合には、3つの傷つきに加えて、強制労働・強制ボランティアによる傷つきが重なります。
ひきこもり自体が「耐え忍ぶ」という点で、一種の苦役性を帯びています。従って、当事者にとってさらなる「苦役」は逆効果となり、うまくいくためには、苦役ではないと認識される必要があるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
いったん出て来て再びひきこもらせないためには、「ひきこもっていた時」より「今の生活の方が良い」と思えることが必要です。
そのためには、「今、ここからを大切にする」、「人生はいつからでもスタートとする」、「希望を見失わない」カウンセリングが求められます。過去の振り返りは、必要な場合だけにとどめるのが良いでしょう。
「当事者が語るのを待つ」方法は、ひきこもりの場合に最適とは言えないのです。長期ひきこもりの場合に、当事者も親も共通して、ひきこもり始めた前後にこだわる特徴があります。
当事者には「どうしてこうなったか」という問題意識がある反面、ひきこもりの原因や過去には触れたくないという心境もあります。
20年前の「誤り」や「長い時間を失った」事実に、まともに直面した場合には、「取り返しがつかない事態」として、うつ病に陥り、再びひきこもる可能性があります。
うつ防止のためには、自尊心が満たされる形の方が良いと思われます。
リバウンドを防止する配慮は、最大限に行われるべきです。「今の生活と以前の生活とでは、どちらが良いか」と問うことは、リバウンド防止のために有効な手立てになります。
リバウンドの原因は、親身で面倒見の良い人間関係が持てたか、居場所が仲間との交流や社会参加の意欲を持たせる上で十分だったか、その関係が継続されたか、などの点にあると思われます。
ひきこもりの当事者は、次のような3つの理由によって傷ついています。
(1)ひきこもりを生じた原因によって
(2)ひきこもっていること自体によって
(3)親との確執によって
働くことの訓練として、施設などに押し込まれた場合には、3つの傷つきに加えて、強制労働・強制ボランティアによる傷つきが重なります。
ひきこもり自体が「耐え忍ぶ」という点で、一種の苦役性を帯びています。従って、当事者にとってさらなる「苦役」は逆効果となり、うまくいくためには、苦役ではないと認識される必要があるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月25日木曜日
社会参加期の対応
ひきこもり当事者は、傷つきやすく、傷つき下手です。いったん医療やNPOを離れても再び戻ってくることがあり、その場合にも、医療やNPO はしっかり受けとめます。
この段階では、社会参加や社会活動の方向づけはできていますので、最初とまったく同じ対応である必要はなく、試行錯誤する当事者の訴えに耳を傾けながら、より共同作業的なアプローチを行なうことができます。
試行錯誤や挫折は、いつでもありうることを示し、うまくいかない場合には、チャレンジした勇気をたたえ、教訓を得ることをうながします。
やり直しの段階で必要な支えが身近に存在することは、その後の経過に大きく影響します。
ひきこもり対応には、フォローアップ・アフターケアは欠かせないので、通うことが可能な距離にあることが求められるのです。
認知行動療法・クライエント中心療法・精神分析・動機づけ療法などが、ひきこもりへの精神療法・カウンセリングの技法として、状況に応じて組み合わされます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
この段階では、社会参加や社会活動の方向づけはできていますので、最初とまったく同じ対応である必要はなく、試行錯誤する当事者の訴えに耳を傾けながら、より共同作業的なアプローチを行なうことができます。
試行錯誤や挫折は、いつでもありうることを示し、うまくいかない場合には、チャレンジした勇気をたたえ、教訓を得ることをうながします。
やり直しの段階で必要な支えが身近に存在することは、その後の経過に大きく影響します。
ひきこもり対応には、フォローアップ・アフターケアは欠かせないので、通うことが可能な距離にあることが求められるのです。
認知行動療法・クライエント中心療法・精神分析・動機づけ療法などが、ひきこもりへの精神療法・カウンセリングの技法として、状況に応じて組み合わされます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月24日水曜日
居場所期の対応
次の段階では、1対1の関係が安定するのを見ながら、タイミングをはかって、「居場所」への参加が勧められます。
居場所は、「1対1」と「1対多」の中間段階の人間関係を作る場です。スタッフ・ボランティア・経験者などのサポートを受けながら、大勢の場の体験に慣れていくように配慮されます。
社会不安障害・強迫性障害・摂食障害・抑うつ状態などと診断された場合には、SSRIなどによる薬物療法を併用して、対人的な過敏さが和らげられます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
居場所は、「1対1」と「1対多」の中間段階の人間関係を作る場です。スタッフ・ボランティア・経験者などのサポートを受けながら、大勢の場の体験に慣れていくように配慮されます。
社会不安障害・強迫性障害・摂食障害・抑うつ状態などと診断された場合には、SSRIなどによる薬物療法を併用して、対人的な過敏さが和らげられます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月23日火曜日
出会い期の対応
ひきこもりから脱した直後(出会い期)には、大歓迎という形で、「出会いの喜び」が示されます。
大歓迎される理由は、普通の生活の中からではなく、ひきこもりという特別な状況から、勇気を出して訪れてくれたからです。緊張・不安・ためらい・動揺を越えて、勇気をふるって家を出てきてくれたからです。
どの当事者も、長期間の葛藤と、「ひきこもりを終わらせたい」という気持ちを持っています。そのような状況下で、「初めて出会う」第三者として選ばれた側に、喜びがないはずがありません。
これは、受けとめる側にとって、感激以外の何ものでもないのです。第三者として選ばれた側は、感無量の気持ちを素直に表現します。
治療側の対応として、自らの感情を出さない「隠れ身」と、その反対の「破れ身」がありますが、当事者の「大いなる隠れ身」には、治療者の「大いなる破れ身」が効果的です。
特に最初の出会いは、互いの信頼関係を作り出す貴重な時間になります。行動の変化は、治療の初期の段階で生じる可能性の高いことが知られています。
当事者の多くが、過去に医師を訪れ、傷ついた経験があることにも配慮する必要があります。受けとめる側は、そのトラウマを考慮して、熱烈歓迎を示すのです。
出会い期における無条件の一体感は、「ひとり対ひとり」(1対1)の信頼関係を作る基礎になるだけでなく、「ひとり対大勢」(1対多)関係の基礎も作ってくれます。
1対1は、誕生直後の母親との関係からスタートする基本的な人間関係です。思春期になると、1対1の複数化が開始され、「1対多」の世界へと広がっていきます。
ひきこもりは、「人の目・周囲の目を過剰に気にする」ことによって、1対1へと後戻りしてしまった状態です。
ひきこもりから出てきた直後は、ほとんどの当事者が「1対1なら可能ですが、大勢は苦手です」と対人不安を口にします。
この当事者の現実から、話し合い・カウンセリングが開始されるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
大歓迎される理由は、普通の生活の中からではなく、ひきこもりという特別な状況から、勇気を出して訪れてくれたからです。緊張・不安・ためらい・動揺を越えて、勇気をふるって家を出てきてくれたからです。
どの当事者も、長期間の葛藤と、「ひきこもりを終わらせたい」という気持ちを持っています。そのような状況下で、「初めて出会う」第三者として選ばれた側に、喜びがないはずがありません。
これは、受けとめる側にとって、感激以外の何ものでもないのです。第三者として選ばれた側は、感無量の気持ちを素直に表現します。
治療側の対応として、自らの感情を出さない「隠れ身」と、その反対の「破れ身」がありますが、当事者の「大いなる隠れ身」には、治療者の「大いなる破れ身」が効果的です。
特に最初の出会いは、互いの信頼関係を作り出す貴重な時間になります。行動の変化は、治療の初期の段階で生じる可能性の高いことが知られています。
当事者の多くが、過去に医師を訪れ、傷ついた経験があることにも配慮する必要があります。受けとめる側は、そのトラウマを考慮して、熱烈歓迎を示すのです。
出会い期における無条件の一体感は、「ひとり対ひとり」(1対1)の信頼関係を作る基礎になるだけでなく、「ひとり対大勢」(1対多)関係の基礎も作ってくれます。
1対1は、誕生直後の母親との関係からスタートする基本的な人間関係です。思春期になると、1対1の複数化が開始され、「1対多」の世界へと広がっていきます。
ひきこもりは、「人の目・周囲の目を過剰に気にする」ことによって、1対1へと後戻りしてしまった状態です。
ひきこもりから出てきた直後は、ほとんどの当事者が「1対1なら可能ですが、大勢は苦手です」と対人不安を口にします。
この当事者の現実から、話し合い・カウンセリングが開始されるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月22日月曜日
医療・カウンセリング・NPOの利用が回復を進める
ひきこもりは、現実との関わりを失う点で、一種の「喪失状況」と言えます。マイナス思考・抑うつ感情・否認・無感動に支配される日々が続くのです。
マイナス思考は、ものごとを否定的にとらえる考え方です。抑うつ感情は、現実がうまくいかないときの憂うつな感情のことです。自分を守る心の働きから、すべてを感じなくなる否認や無感動というメカニズムもあります。
マイナス思考と抑うつ感情をうまく処理できないときには、さまざまな問題が生じます。
抑うつ感情というと、意欲を失って寝込むような事態を考えがちですが、ひきこもりの場合には、暴力・器物損壊行為などの外向き行動と、強迫・自傷行為・過食・過眠などの内向き行動の両方共に、抑うつ感情の表現である可能性があります。
リストラによってひきこもった30代の男性は、「追い詰められて落ち込み、何とかして欲しい一心で、母を蹴っていた」と、自分の暴力を振り返り、抗うつ薬で改善しました。
長年ひきこもることで、抑うつ状態の神経症化・退行・固定化が進んで、表面上はうつ病と見えなくなることもあります。
治療の初期から「マイナス思考」「抑うつ感情」「見かけに隠された真の症状」について配慮する必要があるのです。
ひきこもり当事者が、脱出に成功した後の時期を、次の3段階に分類することには意義があります。
(1)ひきこもりから脱したばかりの初期(出会い期)
(2)対人関係が可能になった中期(居場所期)
(3)社会参加の試行を開始した後期(社会参加期)
3つの段階では、心理状態・行動の可能性が、まったく違います。各段階の特殊性への配慮が欠けると、社会参加の停滞・リバウンドをきたします。
各段階の個別の状況に応じて、さまざまな精神療法・カウンセリングの技法が組み合わされるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
マイナス思考は、ものごとを否定的にとらえる考え方です。抑うつ感情は、現実がうまくいかないときの憂うつな感情のことです。自分を守る心の働きから、すべてを感じなくなる否認や無感動というメカニズムもあります。
マイナス思考と抑うつ感情をうまく処理できないときには、さまざまな問題が生じます。
抑うつ感情というと、意欲を失って寝込むような事態を考えがちですが、ひきこもりの場合には、暴力・器物損壊行為などの外向き行動と、強迫・自傷行為・過食・過眠などの内向き行動の両方共に、抑うつ感情の表現である可能性があります。
リストラによってひきこもった30代の男性は、「追い詰められて落ち込み、何とかして欲しい一心で、母を蹴っていた」と、自分の暴力を振り返り、抗うつ薬で改善しました。
長年ひきこもることで、抑うつ状態の神経症化・退行・固定化が進んで、表面上はうつ病と見えなくなることもあります。
治療の初期から「マイナス思考」「抑うつ感情」「見かけに隠された真の症状」について配慮する必要があるのです。
ひきこもり当事者が、脱出に成功した後の時期を、次の3段階に分類することには意義があります。
(1)ひきこもりから脱したばかりの初期(出会い期)
(2)対人関係が可能になった中期(居場所期)
(3)社会参加の試行を開始した後期(社会参加期)
3つの段階では、心理状態・行動の可能性が、まったく違います。各段階の特殊性への配慮が欠けると、社会参加の停滞・リバウンドをきたします。
各段階の個別の状況に応じて、さまざまな精神療法・カウンセリングの技法が組み合わされるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月21日日曜日
心の不安定は受診すること
ひきこもりには、精神医学的な対応が不要なケースもあることは確かですが、期間が長引くにつれて、神経症的な葛藤や憂うつが出入りしたり、人格の偏りや無感動化が進むケースは多く存在します。
ひきこもり外来を訪れた8割に、何らかの診断がつきました。多い診断名は、以下のようになります。
(1)社会不安障害
人前に出る緊張が強くて、回避してしまう障害。
(2)強迫性障害
手洗いなどを繰り返したり、不合理な考えで頭がいっぱいになる障害。
(3)PTSD(心的外傷後ストレス障害)
過去の恐怖体験がよみがえって苦しめられる障害。
(4)パニック障害
今にも死にそうな気分と不安定な身体症状に襲われる障害。
(5)うつ状態・うつ病
気持ちが沈みこむ「抑うつ状態」などは、高頻度で見受けられる。
ひきこもりの抑うつは、普通の社会生活を営む場合のうつ病と違った症状を呈し、
「非定型うつ」と呼ばれる。
(6)摂食障害(過食・嘔吐)
過食によって頭がマッシロになり、嘔吐によってスッキリする食行動の障害。
(7)アルコール依存症(孤独をいやす)
手のふるえ、酒乱、失禁、せん妄などをきたす。
(8)睡眠障害
寝付きが悪い、中途で目がさめる、昼夜逆転など。
(9)パーソナリティ障害
当事者も周囲も困るような人格の偏り。
ひきこもりに多いパーソナリティ障害は、以下の通りです。
(A)境界性パーソナリティ障害
感情の起伏が激しく、「過剰な活動に荒れる時期」と、「ひきこもりの時期」を繰り返す。
(B)自己愛性パーソナリティ障害
「傷つくことを恐れてひきこもる時期」と、「慢心して多動となる時期」を繰り返す。
(C)シゾイド・パーソナリティ障害
他人や異性に興味を持たず、孤独でいることが平気な障害。
(D)回避性パーソナリティ障害
人前での緊張から、回避が進み、日常生活が成り立たなくなる。
(E)未熟型パーソナリティ障害
わがままによって周囲を支配し、周囲も受け入れるために社会性が育たず、未熟な段階のまま固定化する。一方的な自己主張しかできない。
(F)妄想性パーソナリティ障害
何事にも猜疑心を向ける障害。
パーソナリティ障害は、完全主義の傾向が強いために、家族や支援者も悩まされることが多いのが現状です。
サポートする場合は、専門家の見立てを得ておくことが、効率的な活動のために欠かせないと言えます。
医療と支援者などの間に連携があること、特に、ひきこもりに理解のある心療内科医・精神科医・臨床心理士などとの連携が望まれるところです。
社会不安障害・うつ病・摂食障害・強迫性障害・パニック障害などを中心に、薬物療法の有効性が知られています。パーソナリティ障害も、薬物を組み合わせて使用することで症状の軽減がはかられます。
ひきこもりの対社会不安・対人不安・抑うつ状態には、マイナーと呼ばれる軽い安定剤が即効性を示しますが、乱用や依存に陥らないためには、医師の指導を受けることが必要です。
抗うつ薬の主流であるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)は、欧米から遅れること10年、2000年前後に日本に登場しました。SSRIは、前出の疾患などに幅広い適応をとっています。
しかし、ひきこもり家族は、安定剤・睡眠剤・抗うつ薬などに対する偏見が強いと言えます。依存性物質であるアルコールに対する無防備さに比較して、薬物や精神医療に対する偏見があります。
SSRIなどの薬物療法に合わせて、動機づけ療法・認知行動療法、居場所・親の会・家族教室などの集団療法を複合的に行うことで、治療効果が飛躍的に高まります。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
ひきこもり外来を訪れた8割に、何らかの診断がつきました。多い診断名は、以下のようになります。
(1)社会不安障害
人前に出る緊張が強くて、回避してしまう障害。
(2)強迫性障害
手洗いなどを繰り返したり、不合理な考えで頭がいっぱいになる障害。
(3)PTSD(心的外傷後ストレス障害)
過去の恐怖体験がよみがえって苦しめられる障害。
(4)パニック障害
今にも死にそうな気分と不安定な身体症状に襲われる障害。
(5)うつ状態・うつ病
気持ちが沈みこむ「抑うつ状態」などは、高頻度で見受けられる。
ひきこもりの抑うつは、普通の社会生活を営む場合のうつ病と違った症状を呈し、
「非定型うつ」と呼ばれる。
(6)摂食障害(過食・嘔吐)
過食によって頭がマッシロになり、嘔吐によってスッキリする食行動の障害。
(7)アルコール依存症(孤独をいやす)
手のふるえ、酒乱、失禁、せん妄などをきたす。
(8)睡眠障害
寝付きが悪い、中途で目がさめる、昼夜逆転など。
(9)パーソナリティ障害
当事者も周囲も困るような人格の偏り。
ひきこもりに多いパーソナリティ障害は、以下の通りです。
(A)境界性パーソナリティ障害
感情の起伏が激しく、「過剰な活動に荒れる時期」と、「ひきこもりの時期」を繰り返す。
(B)自己愛性パーソナリティ障害
「傷つくことを恐れてひきこもる時期」と、「慢心して多動となる時期」を繰り返す。
(C)シゾイド・パーソナリティ障害
他人や異性に興味を持たず、孤独でいることが平気な障害。
(D)回避性パーソナリティ障害
人前での緊張から、回避が進み、日常生活が成り立たなくなる。
(E)未熟型パーソナリティ障害
わがままによって周囲を支配し、周囲も受け入れるために社会性が育たず、未熟な段階のまま固定化する。一方的な自己主張しかできない。
(F)妄想性パーソナリティ障害
何事にも猜疑心を向ける障害。
パーソナリティ障害は、完全主義の傾向が強いために、家族や支援者も悩まされることが多いのが現状です。
サポートする場合は、専門家の見立てを得ておくことが、効率的な活動のために欠かせないと言えます。
医療と支援者などの間に連携があること、特に、ひきこもりに理解のある心療内科医・精神科医・臨床心理士などとの連携が望まれるところです。
社会不安障害・うつ病・摂食障害・強迫性障害・パニック障害などを中心に、薬物療法の有効性が知られています。パーソナリティ障害も、薬物を組み合わせて使用することで症状の軽減がはかられます。
ひきこもりの対社会不安・対人不安・抑うつ状態には、マイナーと呼ばれる軽い安定剤が即効性を示しますが、乱用や依存に陥らないためには、医師の指導を受けることが必要です。
抗うつ薬の主流であるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)は、欧米から遅れること10年、2000年前後に日本に登場しました。SSRIは、前出の疾患などに幅広い適応をとっています。
しかし、ひきこもり家族は、安定剤・睡眠剤・抗うつ薬などに対する偏見が強いと言えます。依存性物質であるアルコールに対する無防備さに比較して、薬物や精神医療に対する偏見があります。
SSRIなどの薬物療法に合わせて、動機づけ療法・認知行動療法、居場所・親の会・家族教室などの集団療法を複合的に行うことで、治療効果が飛躍的に高まります。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月20日土曜日
虫歯・皮膚病・痔・腹痛など身体の不調は受診
当事者が身体的不調を訴えるときは、親にとっては、当事者を医療に連れて行く絶好のタイミングです。
ひきこもりによく見られる疾患は、虫歯・アトピーなどの皮膚病・下痢・腹痛・痔・脊椎の変形などですが、筋ジストロフィーなどの難病を発症していたケースもあります。
運動不足からの筋力低下・筋委縮などは、決して珍しくない現象です。
ここで取り上げた身体疾患のケースは、男性に多いという点が特徴的です。ある女性の長期化ケースは、強迫的に家を仕切って、父親の脳梗塞を招きましたが、自身の身体的な健康は保たれていました。
ある女性は、家中を強迫的に掃除し続けることで、身体の健康を保っていました。「家」が女性にとって、より親和性があることがうかがわれます。
激痛をきたしても、周囲に知らせないこともあります。脊椎の圧迫骨折をきたした男性は、突然に襲った激痛をだれにも告げないまま耐え抜きました。
身体が使用されなくなったことから生じる「廃用性障害」が多いのですが、年齢からは想像できないほどの事態と言えます。
運動不足と偏食から30代で脳委縮をきたしたケース、アルコール乱用から脳委縮と幻覚妄想に至ったケースなども存在します。
ひきこもり期間が15年~20年と長引く場合に、心身のさまざまな疾患が進行していることを、周囲は考えるべきです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
ひきこもりによく見られる疾患は、虫歯・アトピーなどの皮膚病・下痢・腹痛・痔・脊椎の変形などですが、筋ジストロフィーなどの難病を発症していたケースもあります。
運動不足からの筋力低下・筋委縮などは、決して珍しくない現象です。
ここで取り上げた身体疾患のケースは、男性に多いという点が特徴的です。ある女性の長期化ケースは、強迫的に家を仕切って、父親の脳梗塞を招きましたが、自身の身体的な健康は保たれていました。
ある女性は、家中を強迫的に掃除し続けることで、身体の健康を保っていました。「家」が女性にとって、より親和性があることがうかがわれます。
激痛をきたしても、周囲に知らせないこともあります。脊椎の圧迫骨折をきたした男性は、突然に襲った激痛をだれにも告げないまま耐え抜きました。
身体が使用されなくなったことから生じる「廃用性障害」が多いのですが、年齢からは想像できないほどの事態と言えます。
運動不足と偏食から30代で脳委縮をきたしたケース、アルコール乱用から脳委縮と幻覚妄想に至ったケースなども存在します。
ひきこもり期間が15年~20年と長引く場合に、心身のさまざまな疾患が進行していることを、周囲は考えるべきです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月19日金曜日
ひきこもりの間は、身体の不調にも心の不調にも耐えた
ひきこもり中には、家族との交流は最小限となって、当事者の心身の状態は、把握されにくくなります。気分の憂うつ・不安など内面の心理状態を周囲が知ることは、困難になります。
「若いから」という先入観から、身体の状態が周囲の関心と注意をひくことは、ほとんどなくなります。「ひきこもりの身体疾患」は、最も注目されにくい領域と言えるのです。
ところが、20代・30代の年代でも、さまざまな形で、心身の健康を損なっているさまが観察されます。不自然な生活を重ねているのですから、長期になればなるほど、体力の低下から健康を損ねている可能性が大きいのです。
コミュニケーションが途絶え、自らの心身の不調を伝えにくい状況で、彼らが心身の不調に対して取る自衛策は、「何もしないで我慢する」か「我流の対応」を取ることです。
憂うつや不安に対しては、寝ることや感じないようにすることで、自然な回復を待ちます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
「若いから」という先入観から、身体の状態が周囲の関心と注意をひくことは、ほとんどなくなります。「ひきこもりの身体疾患」は、最も注目されにくい領域と言えるのです。
ところが、20代・30代の年代でも、さまざまな形で、心身の健康を損なっているさまが観察されます。不自然な生活を重ねているのですから、長期になればなるほど、体力の低下から健康を損ねている可能性が大きいのです。
コミュニケーションが途絶え、自らの心身の不調を伝えにくい状況で、彼らが心身の不調に対して取る自衛策は、「何もしないで我慢する」か「我流の対応」を取ることです。
憂うつや不安に対しては、寝ることや感じないようにすることで、自然な回復を待ちます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月18日木曜日
良いことも辛いこともある今が良いと思える
中学2年から18年間ひきこもった30代男性には、過敏性大腸によると思われる栄養障害と対人恐怖・強迫性障害が認められました。
「何もなかった以前と比べて、良いことも辛いこともある今が良い」というのは、居場所の中で彼が語った言葉ですが、リバウンドを防ぐ効果のある含蓄に富んだ言葉と言えます。
20年前後の長期ひきこもりになると、その間のエピソードを語れる人は、ほとんどいません。小学校や中学校のエピソードは語れても、高校中退前後やひきこもり後について語れないのです。
語れないのは、「何も生じなかった」からです。親も同様に、ひきこもり期間の出来事について語れないで、不登校・ひきこもり開始前後の出来事に終始することが多いのです。
ひきこもりが長期間続く場合に、当事者や親の時間までも停滞してしまうことがわかります。
ひきこもりを脱した当事者に、「ひきこもった時代と現在とでは、どちらが良いか?」と質問したところ、「以前に戻りたい」という人は一人もいませんでした。
この事実が、ひきこもり問題の本質を明確に語ってくれています。
「対人場面やいじめから解放された」と感じる当初はともかく、意図して長期間ひきこもりたい当事者はいないのです。
ひきこもりを長期化させる要因として、当事者の行動や素因の他に、家族関係・教育・精神保健福祉・社会のあり方など、外部にもさまざまな要因があることが指摘できるのです。
当事者にとって、格別の勇気を出して参加した居場所・フリースペースには、特別の意味があるのです。彼らは、何とかしたいと願いながら、「ひきこもった状況」と「居場所の居心地」を比較しています。
トラウマを感じなくてすみ、未来への可能性を感じられる「居心地の良い場所」が、居場所として受け入れられるのです。そこは、「良いことも辛いこともある今が良い」と思える場所なのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
「何もなかった以前と比べて、良いことも辛いこともある今が良い」というのは、居場所の中で彼が語った言葉ですが、リバウンドを防ぐ効果のある含蓄に富んだ言葉と言えます。
20年前後の長期ひきこもりになると、その間のエピソードを語れる人は、ほとんどいません。小学校や中学校のエピソードは語れても、高校中退前後やひきこもり後について語れないのです。
語れないのは、「何も生じなかった」からです。親も同様に、ひきこもり期間の出来事について語れないで、不登校・ひきこもり開始前後の出来事に終始することが多いのです。
ひきこもりが長期間続く場合に、当事者や親の時間までも停滞してしまうことがわかります。
ひきこもりを脱した当事者に、「ひきこもった時代と現在とでは、どちらが良いか?」と質問したところ、「以前に戻りたい」という人は一人もいませんでした。
この事実が、ひきこもり問題の本質を明確に語ってくれています。
「対人場面やいじめから解放された」と感じる当初はともかく、意図して長期間ひきこもりたい当事者はいないのです。
ひきこもりを長期化させる要因として、当事者の行動や素因の他に、家族関係・教育・精神保健福祉・社会のあり方など、外部にもさまざまな要因があることが指摘できるのです。
当事者にとって、格別の勇気を出して参加した居場所・フリースペースには、特別の意味があるのです。彼らは、何とかしたいと願いながら、「ひきこもった状況」と「居場所の居心地」を比較しています。
トラウマを感じなくてすみ、未来への可能性を感じられる「居心地の良い場所」が、居場所として受け入れられるのです。そこは、「良いことも辛いこともある今が良い」と思える場所なのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月17日水曜日
今までは必要な時間だった
大学中退後5年間ひきこもった青年は、「5年かかったなあ」と悪戦苦闘ぶりを振り返りましたが、長すぎたという後悔は示しませんでした。
10年ひきこもった女性は、海外留学の夢を実現するために、バイトと語学講座に通い始めました。
このように、ひきこもり経験を前向きにとらえることが大切なのです。
ひきこもり期間を「失われた時間」「大切なものの喪失」として受け取った場合に、うつ病に陥ることがあります。いったん、うつ病になると、回復過程はさらに長引いて複雑化します。
従って、「時間なんて、あっと言う間に経つもんだ」「ひきこもりは必要であった」「無駄な時間ではなかった」「今ここからを大切にする」「人生はいつからでもスタート」などの方向づけを行なうことが大切になります。
「無駄な時間」とみなすマイナス思考は、「右肩上がりの人生がベスト」とする成長至上主義の発想です。「無駄な時間」という観念から逃れるためには、「人生はいつからでもスタート」という言葉が有効です。
ひきこもりを経験することは、ひきこもらない喜びを強めてくれます。無駄な時間や人生などはなく、どんな経験でも、その後の人生の彩(いろどり)となるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
10年ひきこもった女性は、海外留学の夢を実現するために、バイトと語学講座に通い始めました。
このように、ひきこもり経験を前向きにとらえることが大切なのです。
ひきこもり期間を「失われた時間」「大切なものの喪失」として受け取った場合に、うつ病に陥ることがあります。いったん、うつ病になると、回復過程はさらに長引いて複雑化します。
従って、「時間なんて、あっと言う間に経つもんだ」「ひきこもりは必要であった」「無駄な時間ではなかった」「今ここからを大切にする」「人生はいつからでもスタート」などの方向づけを行なうことが大切になります。
「無駄な時間」とみなすマイナス思考は、「右肩上がりの人生がベスト」とする成長至上主義の発想です。「無駄な時間」という観念から逃れるためには、「人生はいつからでもスタート」という言葉が有効です。
ひきこもりを経験することは、ひきこもらない喜びを強めてくれます。無駄な時間や人生などはなく、どんな経験でも、その後の人生の彩(いろどり)となるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月16日火曜日
居場所は、くつろげる空間
ひきこもり中には、本当の意味でのくつろぎも、くつろげる空間も存在しないと言えます。ひきこもる自分の部屋は、自分を守る最終の「砦(とりで)」であり、心を解き放つ場所ではないのです。
ひきこもる家や自分の部屋は、「何もない部屋」ではなく、緊張と対峙の現場となります。部屋のドアが、38度線のような「軍事境界線」となります。
自室に鍵をつけるようなケースは、明らかな「砦(とりで)」化です。ある男性は、家族から不快な思いをさせられるたびに鍵をつけるようになり、10年後の脱出時には、その数は20個に達していました。
学校・職場の緊張や不安を避けて家から出ることができなくなったのですから、社会に出られないことの不安と緊張は常に存在します。
ひきこもり自体が、近隣・親戚・同年代の視線に恐怖を感じさせ、恐怖を避ける行動を強めます。ひきこもりには、ひきこもりを深めるマイナスのメカニズムがあるのです。
「不登校・ひきこもりは、渦のように深まる」という言葉から、当事者の苦悩が伝わってきます。当初の一時的な解放気分はどこへやら、うつっぽく重苦しい気持ちへと変化していくのです。
「現在」を閉ざすと、必然的に「未来」も閉ざされます。自分の将来に対する不安をかき消すことは至難の業なので、ことさらに意識しなくなり、感じないようにする方法が取られます。これを「否認」(認めないこと)と言います。
ひきこもりの中で、生きる時間は「過去」のみとなり、現在は「過去のみとつながる」ようになります。過去は悔やみとして想起され、「こうなったのは、親のせいだ」という他罰的で被害的な気持ちへと進むのです。
ひきこもりは、表面的には自分の感情や欲求を押し殺す生き方ですが、どうにも抑えきれなくなると、そのエネルギーは親に対する恨みや怒りに転じて、衝動行為が発生することになります。
以上は、ひきこもりには、いかに「くつろぎ」がないかを示しています。
たとえ外に出ても、「くつろぎの場」を発見できない場合には、ひきこもりと大差ないのですから、リバウンド(再度のひきこもり)を生じても不思議ではありません。
従って、居場所には、ひきこもる部屋と違う何か、くつろぎ・楽しさ・喜びなどが求められます。これが感じられる居場所やプログラムには、再び参加したくなるのです。
競争社会に傷つき、生き方にさ迷う若者たちの自己回復の場として、「居場所」「フリースペース」が、今求められています。「居場所の拡大」と「生き方の複線化」こそが、若者たちの回復と成長のために必要です。
不登校・中退などが教育システムへの異議申し立てであり、中途退社が会社社会への異議申し立てであるとしたら、そのエネルギーをひきこもるエネルギーに変えてしまわないように配慮したシステムが、必要不可欠と言えるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
ひきこもる家や自分の部屋は、「何もない部屋」ではなく、緊張と対峙の現場となります。部屋のドアが、38度線のような「軍事境界線」となります。
自室に鍵をつけるようなケースは、明らかな「砦(とりで)」化です。ある男性は、家族から不快な思いをさせられるたびに鍵をつけるようになり、10年後の脱出時には、その数は20個に達していました。
学校・職場の緊張や不安を避けて家から出ることができなくなったのですから、社会に出られないことの不安と緊張は常に存在します。
ひきこもり自体が、近隣・親戚・同年代の視線に恐怖を感じさせ、恐怖を避ける行動を強めます。ひきこもりには、ひきこもりを深めるマイナスのメカニズムがあるのです。
「不登校・ひきこもりは、渦のように深まる」という言葉から、当事者の苦悩が伝わってきます。当初の一時的な解放気分はどこへやら、うつっぽく重苦しい気持ちへと変化していくのです。
「現在」を閉ざすと、必然的に「未来」も閉ざされます。自分の将来に対する不安をかき消すことは至難の業なので、ことさらに意識しなくなり、感じないようにする方法が取られます。これを「否認」(認めないこと)と言います。
ひきこもりの中で、生きる時間は「過去」のみとなり、現在は「過去のみとつながる」ようになります。過去は悔やみとして想起され、「こうなったのは、親のせいだ」という他罰的で被害的な気持ちへと進むのです。
ひきこもりは、表面的には自分の感情や欲求を押し殺す生き方ですが、どうにも抑えきれなくなると、そのエネルギーは親に対する恨みや怒りに転じて、衝動行為が発生することになります。
以上は、ひきこもりには、いかに「くつろぎ」がないかを示しています。
たとえ外に出ても、「くつろぎの場」を発見できない場合には、ひきこもりと大差ないのですから、リバウンド(再度のひきこもり)を生じても不思議ではありません。
従って、居場所には、ひきこもる部屋と違う何か、くつろぎ・楽しさ・喜びなどが求められます。これが感じられる居場所やプログラムには、再び参加したくなるのです。
競争社会に傷つき、生き方にさ迷う若者たちの自己回復の場として、「居場所」「フリースペース」が、今求められています。「居場所の拡大」と「生き方の複線化」こそが、若者たちの回復と成長のために必要です。
不登校・中退などが教育システムへの異議申し立てであり、中途退社が会社社会への異議申し立てであるとしたら、そのエネルギーをひきこもるエネルギーに変えてしまわないように配慮したシステムが、必要不可欠と言えるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月15日月曜日
みなが同じ悩みを抱えている
小中学不登校、高校中退、高卒無業、大学中退、大卒無業から、いったん社会に出た後の退職・ひきこもりに至るまで、あらゆる段階から、ひきこもりはスタートしています。
感受性の強い人たちにとって、現代日本の教育システムや職業システムが、たいへん住みにくいことを示しています。
思春期には、心身の変化や対人関係に悩むようになり、社会不安障害・対人恐怖・落ち込みから、学校に行けなくなることも多いと言えます。
長期ひきこもりの中に、中学時代の授業場面で緊張して登校できなかったケースが多いのです。高校中退や高卒無業が最も多いことは、進学・進路の失敗と関連する点で注目されます。
希望を持って入学した高校が自分に合わないと気づいたときの気持ち、大学受験に失敗したときのつらさは、ひきこもることでしか解消できないこともあると思われます。
「高校くらいは出て常識」「良い就職や生活への一段階」という言葉はあっても、高校中退せざるを得なかった場合の社会的受け皿はなかったのです。
下の年齢と同学年になることは、年齢主義によって強い劣等感を抱かせることになります。このために、高校中退者は、宙ぶらりんで不安定な状況を余儀なくされるのです。
毎年5万人~10万人もの高校生が中退するという数字が報告されても、「時間が解決する」「自己責任」といった無責任な言葉で問題は放置されてきたのです。
ひきこもりにはさまざまな経過がありますが、居場所での活気からは、みなが家から出たかったこと、つどえる仲間と場所が欲しかったことが伝わってくるのです。
孤立は、他人の目を気にすることにつながり、孤立をさらに助長します。経験を分かち合う仲間がいることは、対人交流をさらにうながします。
このように、居場所には、当事者を新たな可能性へと向かわせる機能があるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
感受性の強い人たちにとって、現代日本の教育システムや職業システムが、たいへん住みにくいことを示しています。
思春期には、心身の変化や対人関係に悩むようになり、社会不安障害・対人恐怖・落ち込みから、学校に行けなくなることも多いと言えます。
長期ひきこもりの中に、中学時代の授業場面で緊張して登校できなかったケースが多いのです。高校中退や高卒無業が最も多いことは、進学・進路の失敗と関連する点で注目されます。
希望を持って入学した高校が自分に合わないと気づいたときの気持ち、大学受験に失敗したときのつらさは、ひきこもることでしか解消できないこともあると思われます。
「高校くらいは出て常識」「良い就職や生活への一段階」という言葉はあっても、高校中退せざるを得なかった場合の社会的受け皿はなかったのです。
下の年齢と同学年になることは、年齢主義によって強い劣等感を抱かせることになります。このために、高校中退者は、宙ぶらりんで不安定な状況を余儀なくされるのです。
毎年5万人~10万人もの高校生が中退するという数字が報告されても、「時間が解決する」「自己責任」といった無責任な言葉で問題は放置されてきたのです。
ひきこもりにはさまざまな経過がありますが、居場所での活気からは、みなが家から出たかったこと、つどえる仲間と場所が欲しかったことが伝わってくるのです。
孤立は、他人の目を気にすることにつながり、孤立をさらに助長します。経験を分かち合う仲間がいることは、対人交流をさらにうながします。
このように、居場所には、当事者を新たな可能性へと向かわせる機能があるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月14日日曜日
年齢のへだてなく、おしゃべりなどの交流
若者の集まりとして、かつては若者宿・青年団・消防団など地域的なものから、大学のサークル・同好会・組合の集まりなどが存在しました。
これらは、経済成長の過程で、会社の丸抱えによる社会教育(会社教育)にとって代わられ、地域の居場所は消滅しました。
そして、長期不況によって、会社が若者の新規参入に門を閉ざすようになると、若者の居場所は、家やコンビニ以外、ほとんどなくなりました。
会社にも門戸を閉ざされ、地域社会への参入のきっかけを失った若者は、親元にとどまるしか方法がなくなったのです。こうして、若者は孤立するようになりました。
フリーター・ニート・ひきこもり・パラサイト・パーソナリティ障害・アルコール・薬物依存症・摂食障害・自殺・犯罪に至るまで、「若者の変化」は、「孤立化」を背景にしているのです。
若者を分断している、もう一つの誤った考え方に「年齢主義」があります。これは、20歳の女性が10代と比較して「自分は若くない」と嘆くような現象を指しますが、この年齢主義はなぜ生じたのでしょうか?
それは、次のような理由が考えられます。
①教育上の「学年」が、年齢によって厳格に規定されていること。
②社会の急激な変化によって、年齢による文化的差異を生じたこと。
③部活動に見られるように、学年による上下意識が残ること。
④「年を取ること」を成熟としてでなく、価値の喪失とみなす社会風潮。
⑤知識を偏重し、知恵の習得を軽視する風潮。
以上のように、社会構造そのものに起因すると分析できます。
封建的意識の遺物と言える「年齢主義」によっても分断されていることは、ひきこもりの若者にも見受けられます。ひきこもりには、「10年目」や「30歳までに」などと期間や年齢を気にする傾向があります。
現代の若者を苦しめる「孤立化」「年齢主義」から逃れるためには、年齢のへだてなく「居場所」「たまり場」に参加して、仲間感覚を持つことが大切と言えるのです。
若者たちが集い、共同体感覚を回復させ、知識・情報・知恵を交わして社会参加していける、そんな集まりが求められています。
これは、不登校・ひきこもりに限らず、次世代を共同体内存在として育てるために欠かせないものとして、社会全体が位置づける必要があるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
これらは、経済成長の過程で、会社の丸抱えによる社会教育(会社教育)にとって代わられ、地域の居場所は消滅しました。
そして、長期不況によって、会社が若者の新規参入に門を閉ざすようになると、若者の居場所は、家やコンビニ以外、ほとんどなくなりました。
会社にも門戸を閉ざされ、地域社会への参入のきっかけを失った若者は、親元にとどまるしか方法がなくなったのです。こうして、若者は孤立するようになりました。
フリーター・ニート・ひきこもり・パラサイト・パーソナリティ障害・アルコール・薬物依存症・摂食障害・自殺・犯罪に至るまで、「若者の変化」は、「孤立化」を背景にしているのです。
若者を分断している、もう一つの誤った考え方に「年齢主義」があります。これは、20歳の女性が10代と比較して「自分は若くない」と嘆くような現象を指しますが、この年齢主義はなぜ生じたのでしょうか?
それは、次のような理由が考えられます。
①教育上の「学年」が、年齢によって厳格に規定されていること。
②社会の急激な変化によって、年齢による文化的差異を生じたこと。
③部活動に見られるように、学年による上下意識が残ること。
④「年を取ること」を成熟としてでなく、価値の喪失とみなす社会風潮。
⑤知識を偏重し、知恵の習得を軽視する風潮。
以上のように、社会構造そのものに起因すると分析できます。
封建的意識の遺物と言える「年齢主義」によっても分断されていることは、ひきこもりの若者にも見受けられます。ひきこもりには、「10年目」や「30歳までに」などと期間や年齢を気にする傾向があります。
現代の若者を苦しめる「孤立化」「年齢主義」から逃れるためには、年齢のへだてなく「居場所」「たまり場」に参加して、仲間感覚を持つことが大切と言えるのです。
若者たちが集い、共同体感覚を回復させ、知識・情報・知恵を交わして社会参加していける、そんな集まりが求められています。
これは、不登校・ひきこもりに限らず、次世代を共同体内存在として育てるために欠かせないものとして、社会全体が位置づける必要があるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月13日土曜日
勇気を出して居場所に参加
居場所には、「取りあえず参加してみる」ことです。ひきこもりの間に、新しいことに対して身構えてしまう癖が強まっている可能性があります。
しかし、10数年間こもった人でも、50代の人でも、居場所に参加できています。身構えてしまうことは、現実を敏感に意識することであり、何も感じないことよりはるかにましです。
家で髪型や衣類を気にして、化粧や筋肉トレーニングをしているのは、外に出ることを意識した行動と言えます。それは、外に出る日が来ることを待っている証なのです。
その段階で足りなかったのは、「あと少しの勇気」と第三者による「ひと押し」でした。少し勇気を出すことによって、その次にはもう少し大きな勇気が出るようになるのです。
参加する居場所・NPO・支援者・専門化などに関する情報は、前もって知っていた方が参加しやすくなります。親たちが伝えたかったのは、その情報です。
伝達しにくい状況の中で、居場所の情報が伝わったことは、親たちの努力もあります。その努力に応じて、居場所に参加してみて欲しいと思います。
「初めに行動ありき」は、昔から伝わる英知の言葉です。「人生はいつからでもスタート」という言葉もあります。
不登校・ひきこもりの状態から参加できる場所は増えています。そこには、同じような状況にある若者が大勢参加しています。
NPO・専門化・支援者などが、さまざまな手段を駆使して、必要な情報が届くように配慮しています。ちょっぴり勇気を出して、居場所に参加して欲しいと思います。
居場所を初めて訪れるときに、緊張しない若者はひとりもいません。しかし、初診や初参加のときには、最大の喜びで迎えられ、大歓迎を受けることができます。
「よく来たねえ」「待っていたんだよ」「勇気を出してくれたね」などの言葉・表情・身振り・握手など、さまざまな表現で歓迎されることによって、警戒心や緊張は軽くなるのです。
最初の出会いの歓迎と簡単な動機づけによって、スムースにプログラムに参加できるのは、対人的な交流を求めていた人に多いと言えます。
居場所に参加することは、慣れない集団の場に身をさらすトレーニングになります。無理することなく、少しずつ慣れることがうながされます。
治療者・NPO・親のあせりによって、「強制」の雰囲気がみなぎることは、良い結果につながりません。
当事者がコミュニケーションを求めている度合い、社会不安障害や抑うつの程度を見きわめながら、自然な動きを誘うことが好ましいと言えます。
「あるがまま」で受け入れられることは、貴重な体験です。当事者は、性格特徴・生い立ち・家族関係などに配慮されながら見守られます。
スケジュール的な経過に追われることのない、自然な変化が見守られるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
しかし、10数年間こもった人でも、50代の人でも、居場所に参加できています。身構えてしまうことは、現実を敏感に意識することであり、何も感じないことよりはるかにましです。
家で髪型や衣類を気にして、化粧や筋肉トレーニングをしているのは、外に出ることを意識した行動と言えます。それは、外に出る日が来ることを待っている証なのです。
その段階で足りなかったのは、「あと少しの勇気」と第三者による「ひと押し」でした。少し勇気を出すことによって、その次にはもう少し大きな勇気が出るようになるのです。
参加する居場所・NPO・支援者・専門化などに関する情報は、前もって知っていた方が参加しやすくなります。親たちが伝えたかったのは、その情報です。
伝達しにくい状況の中で、居場所の情報が伝わったことは、親たちの努力もあります。その努力に応じて、居場所に参加してみて欲しいと思います。
「初めに行動ありき」は、昔から伝わる英知の言葉です。「人生はいつからでもスタート」という言葉もあります。
不登校・ひきこもりの状態から参加できる場所は増えています。そこには、同じような状況にある若者が大勢参加しています。
NPO・専門化・支援者などが、さまざまな手段を駆使して、必要な情報が届くように配慮しています。ちょっぴり勇気を出して、居場所に参加して欲しいと思います。
居場所を初めて訪れるときに、緊張しない若者はひとりもいません。しかし、初診や初参加のときには、最大の喜びで迎えられ、大歓迎を受けることができます。
「よく来たねえ」「待っていたんだよ」「勇気を出してくれたね」などの言葉・表情・身振り・握手など、さまざまな表現で歓迎されることによって、警戒心や緊張は軽くなるのです。
最初の出会いの歓迎と簡単な動機づけによって、スムースにプログラムに参加できるのは、対人的な交流を求めていた人に多いと言えます。
居場所に参加することは、慣れない集団の場に身をさらすトレーニングになります。無理することなく、少しずつ慣れることがうながされます。
治療者・NPO・親のあせりによって、「強制」の雰囲気がみなぎることは、良い結果につながりません。
当事者がコミュニケーションを求めている度合い、社会不安障害や抑うつの程度を見きわめながら、自然な動きを誘うことが好ましいと言えます。
「あるがまま」で受け入れられることは、貴重な体験です。当事者は、性格特徴・生い立ち・家族関係などに配慮されながら見守られます。
スケジュール的な経過に追われることのない、自然な変化が見守られるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月12日金曜日
ひきこもりから、参加できる居場所を知った
ひきこもり問題は、家族や当事者に強い動機があるときに解決の可能性が高く、その解決に十分の希望を持つことができます。
かつての米ソ冷戦のような緊張した対峙をやめて、互いの被害者意識を捨てて、断念することなく取り組むことによって、少なくとも脱出にこぎつけることは可能なのです。
ひきこもりから解放される方法には、自力・家族の力・第三者のサポートと3種類ありますが、「参加する拠点=居場所」の存在が明確になっていることが欠かせない条件となります。
各地のNPO、非NPOは、居場所やフリースペースを設けています。
若者が参加する拠点のない場合には、公的機関の協力を得ながら、親たち自身が拠点づくりを行ないます。
精神保健福祉センター、保健所などの公的機関が、居場所をつくるケースは急増しています。
「ひきこもりから直接参加できる取り組み」が、各地で発足しています。
その際に、NPO・フリースペース・居場所などは、「希望と可能性の場所」として認知され、機能する必要があります。
強制力を効かせ過ぎのNPO、参加者が黙りこくる居場所、問題解決が一向に進まない親の会、担当者がコロコロ変わる公的機関などは、方法論的な見直しを行なう必要があると言えます。
ひきこもり問題は、当事者と同様に、親や社会の側にも、試行錯誤の勇気を持つことが求められていると言えるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
かつての米ソ冷戦のような緊張した対峙をやめて、互いの被害者意識を捨てて、断念することなく取り組むことによって、少なくとも脱出にこぎつけることは可能なのです。
ひきこもりから解放される方法には、自力・家族の力・第三者のサポートと3種類ありますが、「参加する拠点=居場所」の存在が明確になっていることが欠かせない条件となります。
各地のNPO、非NPOは、居場所やフリースペースを設けています。
若者が参加する拠点のない場合には、公的機関の協力を得ながら、親たち自身が拠点づくりを行ないます。
精神保健福祉センター、保健所などの公的機関が、居場所をつくるケースは急増しています。
「ひきこもりから直接参加できる取り組み」が、各地で発足しています。
その際に、NPO・フリースペース・居場所などは、「希望と可能性の場所」として認知され、機能する必要があります。
強制力を効かせ過ぎのNPO、参加者が黙りこくる居場所、問題解決が一向に進まない親の会、担当者がコロコロ変わる公的機関などは、方法論的な見直しを行なう必要があると言えます。
ひきこもり問題は、当事者と同様に、親や社会の側にも、試行錯誤の勇気を持つことが求められていると言えるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月11日木曜日
親や周囲の取り組みに気づいた
当事者たちには、親たちの努力と変化をしっかり感じ取って欲しいところです。親たちは、問題解決のために、さまざまな努力をしてきています。
23年こもった青年の母親は、23年前から保健所などの公的機関に何回も相談してきました。また、20年こもった青年の母親も18年前に大学病院を訪れ、保健所・民間機関などを転々としました。
親の相談受診が先行し、医師・先行く親たち・ケースワーカーなどに相談する中で、当事者を連れてくることに成功するのです。
親たちは、当事者と仲良くなること、有限無限の過剰な圧力を止めること、こう着した母子関係にしがみつかないこと、夫婦で協力することなどを指導されます。
居場所と親の会が開催されていますが、すでに脱出に成功させた親たちや、居場所に参加する元ひきこもりの若者たちと接することの意義は大きく、強く動機づけられて、取り組みの方向性がはっきりしてくるのです。
親たちが対応の仕方を変えていくにつれて、当事者の側にも変化が生じてきます。圧力がなくなるのですから、当事者は「楽な気持ち」になります。
基本的に「出たい」のですから、「楽になること」と「一押しのタイミング」が合致しさえすれば、「出ることは可能になる」のです。
親は、ある程度の確信に至ったら、タイミングを見計らって、当事者に親の生活や取り組みの状況をありのままに伝え、居場所に参加して欲しいという希望を伝えます。
居場所や親の会は、大勢が集まることによる集団効果・共同体効果によって、今まで出すことができなかった親の「あと一押し」が機能して、事態を転換させる力になるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
23年こもった青年の母親は、23年前から保健所などの公的機関に何回も相談してきました。また、20年こもった青年の母親も18年前に大学病院を訪れ、保健所・民間機関などを転々としました。
親の相談受診が先行し、医師・先行く親たち・ケースワーカーなどに相談する中で、当事者を連れてくることに成功するのです。
親たちは、当事者と仲良くなること、有限無限の過剰な圧力を止めること、こう着した母子関係にしがみつかないこと、夫婦で協力することなどを指導されます。
居場所と親の会が開催されていますが、すでに脱出に成功させた親たちや、居場所に参加する元ひきこもりの若者たちと接することの意義は大きく、強く動機づけられて、取り組みの方向性がはっきりしてくるのです。
親たちが対応の仕方を変えていくにつれて、当事者の側にも変化が生じてきます。圧力がなくなるのですから、当事者は「楽な気持ち」になります。
基本的に「出たい」のですから、「楽になること」と「一押しのタイミング」が合致しさえすれば、「出ることは可能になる」のです。
親は、ある程度の確信に至ったら、タイミングを見計らって、当事者に親の生活や取り組みの状況をありのままに伝え、居場所に参加して欲しいという希望を伝えます。
居場所や親の会は、大勢が集まることによる集団効果・共同体効果によって、今まで出すことができなかった親の「あと一押し」が機能して、事態を転換させる力になるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月10日水曜日
ひきこもる意義について考えた
親との折り合いが悪い場合に、「悪いのは親であり、自分のひきこもりは正当である」と考える人もいます。確かに、生きる意義や自分のあり方を探る「意義あるひきこもり」は存在します。
その場合には、ひきこもりと呼ぶ必要もないのですが、将来に悔いを残しそうな問題あるひきこもりとは、以下の点で区別することができます。
*意義あるひきこもりを見分ける
①精神生活に「活発さ」が見分けられる。
行動するにせよ、内省するにせよ、精神活動が活発で、神経症的なゆがみが少ない。
②体力が保たれている。
買い物外出や犬との散歩などによって、定期的に身体を動かしている。
③栄養に偏りのない食事ができている。
バランスの良い栄養とカロリーが取れている。
④衝動行為・暴言暴力・器物損壊などがない。
「暴力が許されないこと」を理解でき、衝動性をコントロールできる。
⑤やみくもな長期化ではない。
意義あるひきこもりは、長期間に及ぶことは少ない。
⑥35歳以上に達していない。
退職後のケースは挫折感が強いので、カウンセリングによる対応が望まれる。
⑦小中学からの長期化ケースではない。
基本的な常識に欠けることがあるので、できるだけ早い時期の対応が必要である。
⑧ひとり親家庭・親の高齢化・病気がある家庭ではない。
家族の力を期待できる。
以上を基準にして、ひきこもり状態を早めに終了する必要があるか否かを判断することができます。
精神的に余裕がないこと、食生活が偏っていること、問題行動があること、長期・高齢化があること、家庭が不安定化していることなどが当てはまる場合には、取り組む必要のあるひきこもりと言えます。
早めに対応した場合には、人生のマイナスになることも最小限となります。「人生はいつからでもスタート」と考えて、「初めの一歩」を踏み出すことです。
ひきこもり期間が相対的に短く、「自分とは何か、いかに生きるか」など、アイデンティティ(同一性)の追求に必要な期間として位置づけられる場合には、自分に最も合った人間関係・学び・仕事を選択できるようになるでしょう。
振り返りによって、ひきこもりの経験から教訓を得ることができた場合には、逆に人生は味わい深いものになるのです。
総中流時代から格差社会へと時代が大きく変貌する中で、普通の若者たちも、学歴や会社に縛られない生活を送るようになっています。
ひきこもった経験があっても、他のほとんどの若者と変わりない人生が送れる時代が来ているのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
その場合には、ひきこもりと呼ぶ必要もないのですが、将来に悔いを残しそうな問題あるひきこもりとは、以下の点で区別することができます。
*意義あるひきこもりを見分ける
①精神生活に「活発さ」が見分けられる。
行動するにせよ、内省するにせよ、精神活動が活発で、神経症的なゆがみが少ない。
②体力が保たれている。
買い物外出や犬との散歩などによって、定期的に身体を動かしている。
③栄養に偏りのない食事ができている。
バランスの良い栄養とカロリーが取れている。
④衝動行為・暴言暴力・器物損壊などがない。
「暴力が許されないこと」を理解でき、衝動性をコントロールできる。
⑤やみくもな長期化ではない。
意義あるひきこもりは、長期間に及ぶことは少ない。
⑥35歳以上に達していない。
退職後のケースは挫折感が強いので、カウンセリングによる対応が望まれる。
⑦小中学からの長期化ケースではない。
基本的な常識に欠けることがあるので、できるだけ早い時期の対応が必要である。
⑧ひとり親家庭・親の高齢化・病気がある家庭ではない。
家族の力を期待できる。
以上を基準にして、ひきこもり状態を早めに終了する必要があるか否かを判断することができます。
精神的に余裕がないこと、食生活が偏っていること、問題行動があること、長期・高齢化があること、家庭が不安定化していることなどが当てはまる場合には、取り組む必要のあるひきこもりと言えます。
早めに対応した場合には、人生のマイナスになることも最小限となります。「人生はいつからでもスタート」と考えて、「初めの一歩」を踏み出すことです。
ひきこもり期間が相対的に短く、「自分とは何か、いかに生きるか」など、アイデンティティ(同一性)の追求に必要な期間として位置づけられる場合には、自分に最も合った人間関係・学び・仕事を選択できるようになるでしょう。
振り返りによって、ひきこもりの経験から教訓を得ることができた場合には、逆に人生は味わい深いものになるのです。
総中流時代から格差社会へと時代が大きく変貌する中で、普通の若者たちも、学歴や会社に縛られない生活を送るようになっています。
ひきこもった経験があっても、他のほとんどの若者と変わりない人生が送れる時代が来ているのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月9日火曜日
親への依存に気づいた
親との関係や親への気持ちは、一度見直す必要があります。
ひきこもり当初から親との緊張関係が続く場合に、「何もしてくれない親が悪い」などという被害的意識を、親に向けることがあります。
また、「近所が悪口を言う」「自分の噂をしている」など、周りが悪いとする「被害念慮」にとらわれることもあります。
被害念慮は、閉塞状況の中では生じても無理からぬ症状ですが、一歩進んで周囲の悪意を信じて疑わなくなると、「被害妄想」となります。
被害念慮は、ひきこもりから解放された後には消えてしまう一時の気持ちの偏りです。「単なる思い込みではないか」と考え直し、被害念慮に基づいた行動は避けなければなりません。
親たちにも「なぜ普通に生活してくれない」「なぜ自分の家だけがこうなのか」という被害者意識があることが多いのです。
被害者意識や被害念慮どうしですれ違っている限り、親子間がうまくいくはずもなく、ひきこもりからの解放があり得ないのは当然なのです。
子供時代の延長と考えて、「自分を養うのは親の義務だ」「このままの生活が良い」と思っている人もいますが、「生活を親に依存していること」について振り返ることは大切なことです。
母親が、食事から洗濯まで身の回りのすべてを世話することは、当たり前のことでしょうか?確かに「父親は会社、母親は家庭で子育て」という総中流時代には、母親が家庭で子育てを行ない、父親と子供の身の回りの世話を行なってきました。
しかし、成人後の子に対しても、同じような世話焼き行為を続けることには問題があります。この点の区切りが明確でないことが、現代の核家族の弱点であり、誤りなのです。
なぜなら、身の回りの世話を続けることは、当事者の自立心をはぐくまないどころか、世話焼きされることを当然と思うことで、ひきこもりを長引かせる原因の一つになるからです。
母親の世話焼き行為なしでは生きていけない状態は、「母親依存」と言えます。
一方で経済的な自立を願いながら、他方で生活の自立、精神的な自立をはばむ世話焼き行為を続けることの矛盾に気づかないことが奇妙なのです。
このような親子関係を「共依存」と言います。また、家族関係に塗り込められて自立できないあり方を「家族依存」と言います。
「依存症モデル」は、ひきこもりの「母依存」「共依存」「家族依存」に注目することで、ひきこもりの解消のためには、依存関係の解消が必要かつ有効であることを示しています。
ひきこもりには、神経症・うつなどのさまざまな疾患が原因となったり結果であったりしますが、その長期化の原因は、ひきこもりが依存症であることを抜きにしては語れないのです。
荒れる50代男性に添い寝する高齢の母親、30代男性にスプーンで食事を与える母親などは、子供時代からの依存関係が年数を経てもそのままに保たれてしまった「共依存」の姿なのです。
また、親の会の統計では、ひきこもり当事者一人につき年間60万円ほどの生活費がかかることが明らかになっています。
特に、定年退職後の収入は、年金などに限定されていることが多く、限りがある分だけ親の経済的な負担感は大きいと言えます。
バイトしたときの貯金を少しずつ使いながら、ひきこもる人もいますが、生活全体を親に依存している事実には変わりないのです。
ひきこもりを抱えた親世代の心理的な負担は、はかり知れないものがあります。
23年にわたって相談を続けながら未解決のままできた母親は、自分がうつ病に陥って入院を繰り返すようになりました。この他にも、心身症・神経症・睡眠障害・などに陥った親は数多くいます。
世間体によって気持ちをより苦しくさせてはいますが、いったん成立した価値観をゆるめることには困難が伴いますので、親たちの苦しみは、心身の病として続くのです。
親世代は、年齢の進行と共に、持病を抱える人が急増する世代です。特に、脳血管(脳梗塞・脳出血)や心臓血管(心筋梗塞・狭心症)の疾患は突然出現して、心身の自由や生命にかかわることも少なくありません。
従って、当事者には最低限の対人交流をできることが求められるのです。長期化して固定化してしまわないうちに、最低限の人間関係に慣れておくことは、きわめて大切と言えるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
ひきこもり当初から親との緊張関係が続く場合に、「何もしてくれない親が悪い」などという被害的意識を、親に向けることがあります。
また、「近所が悪口を言う」「自分の噂をしている」など、周りが悪いとする「被害念慮」にとらわれることもあります。
被害念慮は、閉塞状況の中では生じても無理からぬ症状ですが、一歩進んで周囲の悪意を信じて疑わなくなると、「被害妄想」となります。
被害念慮は、ひきこもりから解放された後には消えてしまう一時の気持ちの偏りです。「単なる思い込みではないか」と考え直し、被害念慮に基づいた行動は避けなければなりません。
親たちにも「なぜ普通に生活してくれない」「なぜ自分の家だけがこうなのか」という被害者意識があることが多いのです。
被害者意識や被害念慮どうしですれ違っている限り、親子間がうまくいくはずもなく、ひきこもりからの解放があり得ないのは当然なのです。
子供時代の延長と考えて、「自分を養うのは親の義務だ」「このままの生活が良い」と思っている人もいますが、「生活を親に依存していること」について振り返ることは大切なことです。
母親が、食事から洗濯まで身の回りのすべてを世話することは、当たり前のことでしょうか?確かに「父親は会社、母親は家庭で子育て」という総中流時代には、母親が家庭で子育てを行ない、父親と子供の身の回りの世話を行なってきました。
しかし、成人後の子に対しても、同じような世話焼き行為を続けることには問題があります。この点の区切りが明確でないことが、現代の核家族の弱点であり、誤りなのです。
なぜなら、身の回りの世話を続けることは、当事者の自立心をはぐくまないどころか、世話焼きされることを当然と思うことで、ひきこもりを長引かせる原因の一つになるからです。
母親の世話焼き行為なしでは生きていけない状態は、「母親依存」と言えます。
一方で経済的な自立を願いながら、他方で生活の自立、精神的な自立をはばむ世話焼き行為を続けることの矛盾に気づかないことが奇妙なのです。
このような親子関係を「共依存」と言います。また、家族関係に塗り込められて自立できないあり方を「家族依存」と言います。
「依存症モデル」は、ひきこもりの「母依存」「共依存」「家族依存」に注目することで、ひきこもりの解消のためには、依存関係の解消が必要かつ有効であることを示しています。
ひきこもりには、神経症・うつなどのさまざまな疾患が原因となったり結果であったりしますが、その長期化の原因は、ひきこもりが依存症であることを抜きにしては語れないのです。
荒れる50代男性に添い寝する高齢の母親、30代男性にスプーンで食事を与える母親などは、子供時代からの依存関係が年数を経てもそのままに保たれてしまった「共依存」の姿なのです。
また、親の会の統計では、ひきこもり当事者一人につき年間60万円ほどの生活費がかかることが明らかになっています。
特に、定年退職後の収入は、年金などに限定されていることが多く、限りがある分だけ親の経済的な負担感は大きいと言えます。
バイトしたときの貯金を少しずつ使いながら、ひきこもる人もいますが、生活全体を親に依存している事実には変わりないのです。
ひきこもりを抱えた親世代の心理的な負担は、はかり知れないものがあります。
23年にわたって相談を続けながら未解決のままできた母親は、自分がうつ病に陥って入院を繰り返すようになりました。この他にも、心身症・神経症・睡眠障害・などに陥った親は数多くいます。
世間体によって気持ちをより苦しくさせてはいますが、いったん成立した価値観をゆるめることには困難が伴いますので、親たちの苦しみは、心身の病として続くのです。
親世代は、年齢の進行と共に、持病を抱える人が急増する世代です。特に、脳血管(脳梗塞・脳出血)や心臓血管(心筋梗塞・狭心症)の疾患は突然出現して、心身の自由や生命にかかわることも少なくありません。
従って、当事者には最低限の対人交流をできることが求められるのです。長期化して固定化してしまわないうちに、最低限の人間関係に慣れておくことは、きわめて大切と言えるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月8日月曜日
長引くにつれて、心身の不調は強まった
長期化の中では、栄養障害をきたして身体を痛めることもあります。また、うつ病や幻覚、妄想などをきたすこともあります。ときに、知的な低下をきたすことすらあります。
「若い」という先入見も手伝って、ひきこもりの健康状態は見落とされやすく、身体管理の視点が、当事者にも周囲にもない点に大きな特徴があると言えるのです。
カーテンはおろか、雨戸まで閉め切った真っ暗闇の中で生活する人もいます。また、極端な偏食に陥る人もいます。虫歯を放置して、菓子パンしか食べなくなった人もいます。
孤独を解消するために大量飲酒して、アルコール依存症に陥ったケースもあります。これらの生活状態から栄養障害をきたし、連鎖的に身体を損ねたとしても不思議ではありません。
ときに、もとに戻らないほどに身体を痛めて、「身体障害」に至ってしまうこともあります。筋力低下・体力低下から虫歯・痔疾などまで、軽症のはずの身体疾患が放置されたために、重症化してしまうケースが見受けられます。
他方、良好な親子関係の中で、適切な運動と栄養が保たれた場合には、40代でも社会参加の可能性を示すケースが存在します。50歳過ぎて、居場所に初めて参加した男性もいます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
「若い」という先入見も手伝って、ひきこもりの健康状態は見落とされやすく、身体管理の視点が、当事者にも周囲にもない点に大きな特徴があると言えるのです。
カーテンはおろか、雨戸まで閉め切った真っ暗闇の中で生活する人もいます。また、極端な偏食に陥る人もいます。虫歯を放置して、菓子パンしか食べなくなった人もいます。
孤独を解消するために大量飲酒して、アルコール依存症に陥ったケースもあります。これらの生活状態から栄養障害をきたし、連鎖的に身体を損ねたとしても不思議ではありません。
ときに、もとに戻らないほどに身体を痛めて、「身体障害」に至ってしまうこともあります。筋力低下・体力低下から虫歯・痔疾などまで、軽症のはずの身体疾患が放置されたために、重症化してしまうケースが見受けられます。
他方、良好な親子関係の中で、適切な運動と栄養が保たれた場合には、40代でも社会参加の可能性を示すケースが存在します。50歳過ぎて、居場所に初めて参加した男性もいます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月7日日曜日
時の経過と共に、さらに出られなくなった
ひきこもり期間は3年以内が最も多いこと、期間が短いほど回復が良好なことがわかっています。3年以内は、「ゴールデン・タイム」といって、就学・就労などの社会参加には問題がないと言えます。
ひきこもり問題に社会が気づいてから10年たたない時点ですので、気がついたら15年以上あるいは20年以上経過していたという場合もまれではありません。
親が問題を放置していたのではなく、さまざまな機関に相談を重ねてきたことは、多くのケースが示すところです。しかし、長期にわたって、社会の関心と有効な対処法が存在しなかったということも事実なのです。
社会や他人を意識したり、出たい葛藤に悩まされる時期を過ぎると、人の心は、無感動・無感覚に陥るか、否認(認めない)のメカニズムが強くなるかの方向へ進みます。
これは、自分の精神を守るうえで、やむを得ない働きと言うことができます。無感覚は、早期から作用する場合もありますが、周囲に関心がないという装いと裏腹な本心が隠されていることを言います。
否認は、自分の感情や現状に触れることを、意識しないままに避けてしまう働きです。年齢が進むにつれて、期間が長引くにつれて、否認によって自分を守ろうとする傾向は強くなります。
そして、自力でひきこもりから脱することは、さらに難しくなるのです。時間の経過自体に、ひきこもりを長期化させる作用があると言うことができます。
しかし、2000年に表面化して以来、ひきこもりへの取り組みは、少しずつ進行しています。
40代や長期ひきこもりの当事者が、外来やNPOを訪れるにつれて、彼らの社会性の回復が可能であることもわかってきました。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
ひきこもり問題に社会が気づいてから10年たたない時点ですので、気がついたら15年以上あるいは20年以上経過していたという場合もまれではありません。
親が問題を放置していたのではなく、さまざまな機関に相談を重ねてきたことは、多くのケースが示すところです。しかし、長期にわたって、社会の関心と有効な対処法が存在しなかったということも事実なのです。
社会や他人を意識したり、出たい葛藤に悩まされる時期を過ぎると、人の心は、無感動・無感覚に陥るか、否認(認めない)のメカニズムが強くなるかの方向へ進みます。
これは、自分の精神を守るうえで、やむを得ない働きと言うことができます。無感覚は、早期から作用する場合もありますが、周囲に関心がないという装いと裏腹な本心が隠されていることを言います。
否認は、自分の感情や現状に触れることを、意識しないままに避けてしまう働きです。年齢が進むにつれて、期間が長引くにつれて、否認によって自分を守ろうとする傾向は強くなります。
そして、自力でひきこもりから脱することは、さらに難しくなるのです。時間の経過自体に、ひきこもりを長期化させる作用があると言うことができます。
しかし、2000年に表面化して以来、ひきこもりへの取り組みは、少しずつ進行しています。
40代や長期ひきこもりの当事者が、外来やNPOを訪れるにつれて、彼らの社会性の回復が可能であることもわかってきました。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月6日土曜日
自分が悪いと思って罪悪感を抱き、親が悪いと思って被害者意識を抱いた
当事者たちは、何も考えないで、ひきこもっているのではありません。
対人不安・ストレス・過剰な緊張・いじめ・学校や会社が合わないことなどによってひきこもった当事者たちは、繊細な神経の持ち主と言うことができます。
ひきこもりという形でしか、自分を守ることができなかったということもできます。「ひきこもりは、自分を探る有意義な営みである」とする意見にも根拠があるのです。
しかし、自力で外に出ることができなかった場合には、ひきこもる行為自体による傷つきを繰り返すようになり、ひきこもり問題と呼ばれるのです。
ちなみに、半年以上の期間が経過することによって、ひきこもりの定義を満たすことになります。
親の世代は、経済主義・会社主義・学歴主義などの戦後社会の発展を支えた価値観を持っています。わが子にも、同じ水準(以上)の生活を願う親の考えを、当事者は受け入れています。
世紀末の不況を境にして、時代は大きな変貌を見せていますが、ひきこもりの親たちと当事者の考え方はそっくりなのです。そして、その価値観を実現できなかった姿が、「ひきこもり」なのです。
さまざまな理由から、当事者は親の考えに反発したり反論したりできないままでいます。
学業途中であれ、学業終了後(中途退職)であれ、彼らには、親の願う生き方を実現できなかったという挫折感や罪悪感があります。
罪悪感から、うつ状態に陥ることもありますが、学校や会社などに戻ることには、自尊心と自己愛による抵抗があるのです。
戦後の経済成長期を通じて、地域に若者がたむろする場所は減少し続けました。会社や学校で傷ついた若者は、自宅に戻って、ひきこもらざるを得なかったのです。
同時に、当事者には、「親の言うことを聞いていたらこうなった」「親が必要なアドバイスをしてくれなかった」という被害者意識があります。
「親の期待に縛られて身動きができなかった」という犠牲者意識も出てきます。親を見る視点がこの一点に絞られた場合に、親の対応次第で衝動行為につながることもあるのです。
親にしても「世間に恥ずかしい」「なぜ、うちの子だけが」という被害者意識でいっぱいです。被害者意識同士が、ドア一枚へだてて向かい合うことが、ひきこもりをさらに長引かせます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
対人不安・ストレス・過剰な緊張・いじめ・学校や会社が合わないことなどによってひきこもった当事者たちは、繊細な神経の持ち主と言うことができます。
ひきこもりという形でしか、自分を守ることができなかったということもできます。「ひきこもりは、自分を探る有意義な営みである」とする意見にも根拠があるのです。
しかし、自力で外に出ることができなかった場合には、ひきこもる行為自体による傷つきを繰り返すようになり、ひきこもり問題と呼ばれるのです。
ちなみに、半年以上の期間が経過することによって、ひきこもりの定義を満たすことになります。
親の世代は、経済主義・会社主義・学歴主義などの戦後社会の発展を支えた価値観を持っています。わが子にも、同じ水準(以上)の生活を願う親の考えを、当事者は受け入れています。
世紀末の不況を境にして、時代は大きな変貌を見せていますが、ひきこもりの親たちと当事者の考え方はそっくりなのです。そして、その価値観を実現できなかった姿が、「ひきこもり」なのです。
さまざまな理由から、当事者は親の考えに反発したり反論したりできないままでいます。
学業途中であれ、学業終了後(中途退職)であれ、彼らには、親の願う生き方を実現できなかったという挫折感や罪悪感があります。
罪悪感から、うつ状態に陥ることもありますが、学校や会社などに戻ることには、自尊心と自己愛による抵抗があるのです。
戦後の経済成長期を通じて、地域に若者がたむろする場所は減少し続けました。会社や学校で傷ついた若者は、自宅に戻って、ひきこもらざるを得なかったのです。
同時に、当事者には、「親の言うことを聞いていたらこうなった」「親が必要なアドバイスをしてくれなかった」という被害者意識があります。
「親の期待に縛られて身動きができなかった」という犠牲者意識も出てきます。親を見る視点がこの一点に絞られた場合に、親の対応次第で衝動行為につながることもあるのです。
親にしても「世間に恥ずかしい」「なぜ、うちの子だけが」という被害者意識でいっぱいです。被害者意識同士が、ドア一枚へだてて向かい合うことが、ひきこもりをさらに長引かせます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月5日金曜日
ひきこもりは渦のように深くなり、出るに出られなくなった
これは、10年間ひきこもり、後に大学院を修了した30代の当事者の言葉です。ひきこもる行為自体がひきこもりを深めるという、ひきこもりの本質を表した言葉と言えます。
人目を気にすることによって、人目はますます気になるようになります。人目を避けることによって、ますます人目を避けるようになります。
「部屋を掃除してから出る」という決意は、部屋を掃除する行為を反復することになります。
これらは、社会不安障害(対人恐怖)や強迫性障害に見られる心理ですが、逃げるほどに影は大きくなって、さらに逃げたくなる、そしてさらに追っかけられる、そんな神経症(ノイローゼ)の悪循環のメカニズムが働いてしまうのです。
この段階では、社会や他人に対する関心が失われているのではありません。
「人目や他人の言動を気にする」「人と会うことを避ける」「人や社会を批判する」。これは、親の会のアンケートから見た当事者たちの心理です。
彼らは、周囲への関心を十分に保っているのです。その上で、「出たいが出られない」「出るに出られない」という状況にとらえられています。
これらの言葉は、社会や他人への関心を保ちながら、身動きがとれない、ひきこもりの矛盾した気持ちを表しているのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
人目を気にすることによって、人目はますます気になるようになります。人目を避けることによって、ますます人目を避けるようになります。
「部屋を掃除してから出る」という決意は、部屋を掃除する行為を反復することになります。
これらは、社会不安障害(対人恐怖)や強迫性障害に見られる心理ですが、逃げるほどに影は大きくなって、さらに逃げたくなる、そしてさらに追っかけられる、そんな神経症(ノイローゼ)の悪循環のメカニズムが働いてしまうのです。
この段階では、社会や他人に対する関心が失われているのではありません。
「人目や他人の言動を気にする」「人と会うことを避ける」「人や社会を批判する」。これは、親の会のアンケートから見た当事者たちの心理です。
彼らは、周囲への関心を十分に保っているのです。その上で、「出たいが出られない」「出るに出られない」という状況にとらえられています。
これらの言葉は、社会や他人への関心を保ちながら、身動きがとれない、ひきこもりの矛盾した気持ちを表しているのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月4日木曜日
初めは軽い気持ちでひきこもった
本著は、学校や仕事への参加や友達付き合いがないままに、自宅や自室中心の生活を半年以上続けている人を対象に書かれています。
このような人付き合いのない状態は、「不登校・ひきこもり」と呼ばれますが、この呼ばれ方を受け入れるかどうかは、どちらでも良いことです。
問題になるのは、外部との交流がなくなることによって、考えすぎたり、落ち込んだり、あきらめてしまったり、マイナス思考に陥っていないかということです。
また、家族ともうまくいかなくなって、気まずい思いや苛立ちがつのっていないかということです。そして、運動不足や栄養の偏りのために、心身を痛めていないかということです。
自分から制限を加えた、狭い範囲での生活によって、狭い見方にみ陥り、希望を見いだせなくなったりしている人に、この著書を読んでいただきたいのです。
ひきこもりから脱出したケースは増加しています。
彼らが、ひきこもり生活についての言葉を残してくれていますので、「ひきこもり中の気持ち」について知ることができます。
「どうにもならなかった」
これは、大学受験の失敗から20年こもった40歳男性の言葉ですが、ひきこもりが不本意であったことを語っています。同じ思いのままに20年も続くことがあるという、ひきこもりの本質が伝わる言葉です。
この間、親はさまざまな機関に相談し続けています。親と当事者が、同じ思いにさいなまれてきたという点で、きわめて印象的です。
「きっかけがなかった」
これは、対人ストレスから14年ひきこもった30代男性の言葉です。彼は、「軽い気持ち」から出勤できなくなり、同僚の目を気にした自宅生活がズルズルと続いて、14年経ってしまったのです。
多くの人の支援を受けて、現在は仕事に戻る訓練をしていますが、「なぜこんなに長く続いたかわからない」とぼやきながら、「早く仕事をしたい」と希望を語っています。
「どこへ行ったら良いかわからなかった」
軽い気持ちから10年ひきこもった20代男性は、「10年遅れ」で、念願の高校生になりました。この10年間に、社会人の受け入れや高卒認定資格など教育システムが変化してきたことが効いたケースと言えます。
人前に出る恐怖から、中学不登校、高校中退となった20代女性は、勇気を出して自分から外来を訪れました。「どこへ行ったら良いかわからなかった」「行くところがなかった」と言います。彼女は、居場所に通う中で、会社員と結婚して、今では一児の母親になっています。
「暗闇をひとりぼっちで歩いていた」
これは、社会不安障害から18年ひきこもった30代男性の言葉ですが、ひきこもりに伴う孤独感が伝わってきます。ひきこもりは、段階的に悪化することもあります。
親の対応も後手に回り、公的な支援によって救出されたときには、栄養障害などによる精神的な不安定さが目立ちました。
さまざまな障害を合併していることが予測されましたが、栄養状態の改善により、詩人のような珠玉の言葉を残してくれました。
ひきこもりの原因は、学校や会社での対人ストレス・いじめ・人前での緊張・うつ状態に加えて、新しい学校や会社になじめないことや就労中の挫折など多様です。
若い世代にとって、学校や会社に適応していくことが大変な時代であることが示されていると言えます。
ひきこもりは、「行きたくない」「少し休んでみたい」といった軽い気持ちから始まることが多いと言うこともできます。
軽いはずの気持ちが2日3日と続くうちに、いつしかどうしようもなくなっている、それが「ひきこもり」の特徴なのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
このような人付き合いのない状態は、「不登校・ひきこもり」と呼ばれますが、この呼ばれ方を受け入れるかどうかは、どちらでも良いことです。
問題になるのは、外部との交流がなくなることによって、考えすぎたり、落ち込んだり、あきらめてしまったり、マイナス思考に陥っていないかということです。
また、家族ともうまくいかなくなって、気まずい思いや苛立ちがつのっていないかということです。そして、運動不足や栄養の偏りのために、心身を痛めていないかということです。
自分から制限を加えた、狭い範囲での生活によって、狭い見方にみ陥り、希望を見いだせなくなったりしている人に、この著書を読んでいただきたいのです。
ひきこもりから脱出したケースは増加しています。
彼らが、ひきこもり生活についての言葉を残してくれていますので、「ひきこもり中の気持ち」について知ることができます。
「どうにもならなかった」
これは、大学受験の失敗から20年こもった40歳男性の言葉ですが、ひきこもりが不本意であったことを語っています。同じ思いのままに20年も続くことがあるという、ひきこもりの本質が伝わる言葉です。
この間、親はさまざまな機関に相談し続けています。親と当事者が、同じ思いにさいなまれてきたという点で、きわめて印象的です。
「きっかけがなかった」
これは、対人ストレスから14年ひきこもった30代男性の言葉です。彼は、「軽い気持ち」から出勤できなくなり、同僚の目を気にした自宅生活がズルズルと続いて、14年経ってしまったのです。
多くの人の支援を受けて、現在は仕事に戻る訓練をしていますが、「なぜこんなに長く続いたかわからない」とぼやきながら、「早く仕事をしたい」と希望を語っています。
「どこへ行ったら良いかわからなかった」
軽い気持ちから10年ひきこもった20代男性は、「10年遅れ」で、念願の高校生になりました。この10年間に、社会人の受け入れや高卒認定資格など教育システムが変化してきたことが効いたケースと言えます。
人前に出る恐怖から、中学不登校、高校中退となった20代女性は、勇気を出して自分から外来を訪れました。「どこへ行ったら良いかわからなかった」「行くところがなかった」と言います。彼女は、居場所に通う中で、会社員と結婚して、今では一児の母親になっています。
「暗闇をひとりぼっちで歩いていた」
これは、社会不安障害から18年ひきこもった30代男性の言葉ですが、ひきこもりに伴う孤独感が伝わってきます。ひきこもりは、段階的に悪化することもあります。
親の対応も後手に回り、公的な支援によって救出されたときには、栄養障害などによる精神的な不安定さが目立ちました。
さまざまな障害を合併していることが予測されましたが、栄養状態の改善により、詩人のような珠玉の言葉を残してくれました。
ひきこもりの原因は、学校や会社での対人ストレス・いじめ・人前での緊張・うつ状態に加えて、新しい学校や会社になじめないことや就労中の挫折など多様です。
若い世代にとって、学校や会社に適応していくことが大変な時代であることが示されていると言えます。
ひきこもりは、「行きたくない」「少し休んでみたい」といった軽い気持ちから始まることが多いと言うこともできます。
軽いはずの気持ちが2日3日と続くうちに、いつしかどうしようもなくなっている、それが「ひきこもり」の特徴なのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月3日水曜日
市民社会の一員と実感
人は、一人では生きていけないだけでなく、一家族だけでも生きていけません。こんな当たり前のことが、経済主義や大不況の時代には理解されませんでした。
隣の芝生をうらやみ、隣の息子のネクタイ姿をねたみ、近隣同志で競い合う時代は終わりました。
ひきこもりからの着地点が、親たちと同一でないことを理解して、時間を与える余裕が親の側に生まれたときに、当事者の回復は始まります。
当事者の回復を見守る姿勢ができるということは、親たちの側に質的な変化が生じたことを意味します。
親自身も、自分の体裁・世間体・形式・制度・古い価値観に縛られることなく、自分自身の必然性を自由に生きることを選択したのです。
これは、親自身が、自由・愛・本音から撤退(ひきこもり)していた状況から解放され、回復したことを意味します。親たちの回復は、当事者の回復であり、家族共同体の回復であり、共同社会の回復なのです。
ひきこもりは、時代と社会が閉塞して生きづらく、本来の人間性と相反するものであるという訴えです。
若者によって問題提起された「ひきこもり問題」の意味を解して解決に取り組むことは、共同社会を生き生きとした、住みやすい成熟社会へと一歩進めることになるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
隣の芝生をうらやみ、隣の息子のネクタイ姿をねたみ、近隣同志で競い合う時代は終わりました。
ひきこもりからの着地点が、親たちと同一でないことを理解して、時間を与える余裕が親の側に生まれたときに、当事者の回復は始まります。
当事者の回復を見守る姿勢ができるということは、親たちの側に質的な変化が生じたことを意味します。
親自身も、自分の体裁・世間体・形式・制度・古い価値観に縛られることなく、自分自身の必然性を自由に生きることを選択したのです。
これは、親自身が、自由・愛・本音から撤退(ひきこもり)していた状況から解放され、回復したことを意味します。親たちの回復は、当事者の回復であり、家族共同体の回復であり、共同社会の回復なのです。
ひきこもりは、時代と社会が閉塞して生きづらく、本来の人間性と相反するものであるという訴えです。
若者によって問題提起された「ひきこもり問題」の意味を解して解決に取り組むことは、共同社会を生き生きとした、住みやすい成熟社会へと一歩進めることになるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月2日火曜日
回復した経験を、いまだ苦しむ親や当事者に伝えた
孤立化し、格差社会に放り出されて苦しいのは、当事者や親だけではありません。
ひきこもり問題を抱えない親たちの多くもまた、低賃金労働を余儀なくされるフリーターや結婚しない(できない)パラサイトを抱えて、予測もしなかった事態に悩んでいます。
若者は旅立てないでいますが、旅立てない若者の親もまた旅立てないのです。
親たちは定年後を「第2の人生、余生、老後」とすることを良しとしない世代です。かと言って、今後30年の身の振り方を持ち合わせていないことも事実です。
親世代全体が、今からの人生をどう生きるか悩み、さまよっています。
こういう状況から、ひきこもり問題、わが子の社会化の問題を定年後に抱えたことは、マイナスではないことがわかるのです。
気がついてみると、親自身も直接的な競争社会からはずれています。これは、ひきこもるわが子と同じラインに並んだということです。
これは、親子のつながりをはぐくむチャンスと言えるのです。
親の回復が子の回復であり、子の回復が親の回復であるという、家族の共同性がよみがえる絶好のチャンスなのではないでしょうか。
総中流社会も格差社会も、競争・対立・縄張り・縦割り・期限割り・細分化・専門化など、人々を分断する動きが強い社会です。
摂食障害が若い女性のSOSであるように、ひきこもりは、孤立に身をおくことによって、人間同士のつながりの大切さを示した問題提起であるとみなすこともできます。
親の会や居場所は、孤立を脱して身を寄せ合い、互いの経験を伝え合う中で、当事者と親の回復が進んでいく集まりです。
その経験を別の家族へ、いまだ苦しむ親と当事者へ伝えることは、人々の回復とつながりの輪を広げていく意義があります。
それは、孤立社会を共同性に満ちた成熟社会へと変えていく大きな力となるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
ひきこもり問題を抱えない親たちの多くもまた、低賃金労働を余儀なくされるフリーターや結婚しない(できない)パラサイトを抱えて、予測もしなかった事態に悩んでいます。
若者は旅立てないでいますが、旅立てない若者の親もまた旅立てないのです。
親たちは定年後を「第2の人生、余生、老後」とすることを良しとしない世代です。かと言って、今後30年の身の振り方を持ち合わせていないことも事実です。
親世代全体が、今からの人生をどう生きるか悩み、さまよっています。
こういう状況から、ひきこもり問題、わが子の社会化の問題を定年後に抱えたことは、マイナスではないことがわかるのです。
気がついてみると、親自身も直接的な競争社会からはずれています。これは、ひきこもるわが子と同じラインに並んだということです。
これは、親子のつながりをはぐくむチャンスと言えるのです。
親の回復が子の回復であり、子の回復が親の回復であるという、家族の共同性がよみがえる絶好のチャンスなのではないでしょうか。
総中流社会も格差社会も、競争・対立・縄張り・縦割り・期限割り・細分化・専門化など、人々を分断する動きが強い社会です。
摂食障害が若い女性のSOSであるように、ひきこもりは、孤立に身をおくことによって、人間同士のつながりの大切さを示した問題提起であるとみなすこともできます。
親の会や居場所は、孤立を脱して身を寄せ合い、互いの経験を伝え合う中で、当事者と親の回復が進んでいく集まりです。
その経験を別の家族へ、いまだ苦しむ親と当事者へ伝えることは、人々の回復とつながりの輪を広げていく意義があります。
それは、孤立社会を共同性に満ちた成熟社会へと変えていく大きな力となるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月1日月曜日
若者が孤立する理由がわかった
近代日本の社会構造を考えるとき、戦前戦後というフレーズが登場します。それは、終戦を境に価値観が大きく変わったことを示しています。
全体から個人へ、大家族から核家族へ、強制から民主へと、「個の尊重」が重視される中で、経済は大きく発展しました。
戦後の日本社会は、民主化が進んで、西欧のような「自立した個人による市民社会」が到来すると予測されました。「自己責任に生きる強い個人」の育成を掲げて、ゆとり教育(1992)もスタートしました。
しかし、世紀末の大不況を経て到達したのは、成熟した市民社会でも、自立した個人の社会でもなく、商業主義・消費主義・単身主義が栄え、マスメディアが繁茂する「孤立した」個人の社会だったのです。
フリーター・ニート・ひきこもり・パラサイト・摂食障害・薬物依存症などに至るまで、その激増ぶりは孤立に苦しむ若者の姿を表しています。
それに加えて、社会構造の根本的な変化が出現しました。
戦前戦後を第1・第2の時代とするならば、世紀末の不況を境に、「格差社会」という第3の時代が始まったと言えるのです。
グローバル化・IT化が進んで、当事者たちの着地点は、親世代とは大きく違ってきました。
戦後総中流社会の目安であった学歴・会社・結婚などは、もはや安全弁として機能しなくなりました。
世間体や他人の評価を基準にすることも、単身化と孤立化が進む時勢にそぐわなくなっています。親の価値観は、もはや古い価値観となったのです。
このように、社会の環境や規範が激変する中で、若者世代全体が、「自己同一性」、すなわち、「どう生きるか、だれと生きるか」などをめぐって悩むようになっています。
若者の病理の背後に、孤立させる文化と共に、自己同一性をめぐる混乱が加わってきたのです。
社会に適応したはずの30代「正社員」までが、人員削減とパソコン労働のあおりを受けて加重労働からうつ病になり、過労死、過労自殺に追い込まれるという状況になっています。
ネット心中などの自殺の増加や再び「太宰治」が読まれる現象は、生きる目標が見失われた時代であることを示しています。
格差社会の安全弁は、「自分自身を生きること」にあると思われますが、既成の価値観も信じられず、かと言って、新しい生き方の基準もないという若者の苦しみは深まっています。
この点から言えば、ひきこもりの当事者たちは、若者全体の苦しみを先取りしており、時代と社会全体の苦しみのバロメーターであったということがわかるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
全体から個人へ、大家族から核家族へ、強制から民主へと、「個の尊重」が重視される中で、経済は大きく発展しました。
戦後の日本社会は、民主化が進んで、西欧のような「自立した個人による市民社会」が到来すると予測されました。「自己責任に生きる強い個人」の育成を掲げて、ゆとり教育(1992)もスタートしました。
しかし、世紀末の大不況を経て到達したのは、成熟した市民社会でも、自立した個人の社会でもなく、商業主義・消費主義・単身主義が栄え、マスメディアが繁茂する「孤立した」個人の社会だったのです。
フリーター・ニート・ひきこもり・パラサイト・摂食障害・薬物依存症などに至るまで、その激増ぶりは孤立に苦しむ若者の姿を表しています。
それに加えて、社会構造の根本的な変化が出現しました。
戦前戦後を第1・第2の時代とするならば、世紀末の不況を境に、「格差社会」という第3の時代が始まったと言えるのです。
グローバル化・IT化が進んで、当事者たちの着地点は、親世代とは大きく違ってきました。
戦後総中流社会の目安であった学歴・会社・結婚などは、もはや安全弁として機能しなくなりました。
世間体や他人の評価を基準にすることも、単身化と孤立化が進む時勢にそぐわなくなっています。親の価値観は、もはや古い価値観となったのです。
このように、社会の環境や規範が激変する中で、若者世代全体が、「自己同一性」、すなわち、「どう生きるか、だれと生きるか」などをめぐって悩むようになっています。
若者の病理の背後に、孤立させる文化と共に、自己同一性をめぐる混乱が加わってきたのです。
社会に適応したはずの30代「正社員」までが、人員削減とパソコン労働のあおりを受けて加重労働からうつ病になり、過労死、過労自殺に追い込まれるという状況になっています。
ネット心中などの自殺の増加や再び「太宰治」が読まれる現象は、生きる目標が見失われた時代であることを示しています。
格差社会の安全弁は、「自分自身を生きること」にあると思われますが、既成の価値観も信じられず、かと言って、新しい生き方の基準もないという若者の苦しみは深まっています。
この点から言えば、ひきこもりの当事者たちは、若者全体の苦しみを先取りしており、時代と社会全体の苦しみのバロメーターであったということがわかるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月31日日曜日
当事者を常に見守る姿勢
「出たいが出られない」アンビバレンツ(両価的)なひきこもり当事者の心理を理解して、親の方から変わる方法や訪問サポートで第三者を介在させる方法などは、有効と言えます。
しかし、数年に及ぶひきこもりから動き出した当事者は、周囲のシステムと対応の仕方によっては、リバウンドして後戻り(家に戻ったり、部屋にこもったり)することもあります。
親に必要なことは、当事者が家を出て、NPOや居場所に参加したことで安心することなく、当事者を見守り続けることです。
社会全体の変化や若者の全体状況を知る作業を続け、親自身の「ものの見方」を現実に合わせて変えていくことは、当事者の社会参加の可能性を高めてくれます。
それが、結果として、リバウンドを防ぐことになるのです。
世間体という基準は、もう少し広い価値基準に変えていく必要があります。
親はアナログ世代、子はデジタル世代と言われ、世代間格差はかつてないものになっています。
この格差を埋める有効な作業に、親がパソコンを扱えるようになることがあります。パソコンを扱えることは、親子間の共通語を獲得することにつながるのです。
当事者は、そんな親の姿から心の距離を縮めてくれるでしょう。
定年退職後の人生は、30年もあります。「引退人生」と決め込んで無気力に過ごすか、新しい時代の知識を得ながら英知に満ちた30年を創造するかによって、人生はまったく違ってきます。
「40の手習い」は寿命50年時代のことで、今は「60,70の手習い」なのです。人は、いつからでも学ぶことができます。「人生はいつからでもスタート」なのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
しかし、数年に及ぶひきこもりから動き出した当事者は、周囲のシステムと対応の仕方によっては、リバウンドして後戻り(家に戻ったり、部屋にこもったり)することもあります。
親に必要なことは、当事者が家を出て、NPOや居場所に参加したことで安心することなく、当事者を見守り続けることです。
社会全体の変化や若者の全体状況を知る作業を続け、親自身の「ものの見方」を現実に合わせて変えていくことは、当事者の社会参加の可能性を高めてくれます。
それが、結果として、リバウンドを防ぐことになるのです。
世間体という基準は、もう少し広い価値基準に変えていく必要があります。
親はアナログ世代、子はデジタル世代と言われ、世代間格差はかつてないものになっています。
この格差を埋める有効な作業に、親がパソコンを扱えるようになることがあります。パソコンを扱えることは、親子間の共通語を獲得することにつながるのです。
当事者は、そんな親の姿から心の距離を縮めてくれるでしょう。
定年退職後の人生は、30年もあります。「引退人生」と決め込んで無気力に過ごすか、新しい時代の知識を得ながら英知に満ちた30年を創造するかによって、人生はまったく違ってきます。
「40の手習い」は寿命50年時代のことで、今は「60,70の手習い」なのです。人は、いつからでも学ぶことができます。「人生はいつからでもスタート」なのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月30日土曜日
強制的に対応した場合は特に注意
リバウンドは、業者に依頼したり、長期の合宿生活をしたり、NPOであっても、一定の条件下で発生すると言えます。
それは、NPO・居場所などで、親密な人間関係を持てず、仲間やスタッフとの交流が不十分で、社会参加への動機づけができなかった場合です。
リバウンドが多いケースは、強制的に施設入所がなされ、強制的に労働・ボランティアに従事させられた場合です。
こういう場合には、家族教室など親の教育が行われていないことが多いという実情があります。
強制するのは、「当事者が自分から外へ出ること」を想定していないからです。
しかし、強制されなくても、ひきこもり状態から脱することは、親の変化・訪問サポート・公的な支援によって可能になります。
当事者が、自分から出て来る場合もあるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
それは、NPO・居場所などで、親密な人間関係を持てず、仲間やスタッフとの交流が不十分で、社会参加への動機づけができなかった場合です。
リバウンドが多いケースは、強制的に施設入所がなされ、強制的に労働・ボランティアに従事させられた場合です。
こういう場合には、家族教室など親の教育が行われていないことが多いという実情があります。
強制するのは、「当事者が自分から外へ出ること」を想定していないからです。
しかし、強制されなくても、ひきこもり状態から脱することは、親の変化・訪問サポート・公的な支援によって可能になります。
当事者が、自分から出て来る場合もあるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月29日金曜日
過去の傷に触れない
リバウンドとは、いったんひきこもりから脱した当事者が、再びひきこもりに戻ることを言います。
回復をスムースにすることと、リバウンドを防ぐことは、互いに重なっています。
当事者のリバウンドを防ぐためには、以下の努力を続けることが必要になります。
いったん出て来て再びひきこもらせないためには、「ひきこもっていた時」より「今の生活の方が良い」と思えることが必要です。
辛い時期を思い出させないように注意してください。過去のいじめの話題や近隣・親戚の同世代について触れてぼやくことは、禁物となります。
ひきこもりながらでも、変化、成長は続いています。ひきこもりからの回復も、当然生じるのです。
親には「人は回復し、成長し、変化するもの」という観点を持つ必要があります。
成長していない、変化していないと思うことは、ひきこもる当事者の今後の可能性をつぶしてしまうことにつながります。
過去にこだわらず、あるがままを見据えて、「今ここから」スタートすることです。「人はどんな時からでも変わるのだ」と信じて欲しいのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
回復をスムースにすることと、リバウンドを防ぐことは、互いに重なっています。
当事者のリバウンドを防ぐためには、以下の努力を続けることが必要になります。
いったん出て来て再びひきこもらせないためには、「ひきこもっていた時」より「今の生活の方が良い」と思えることが必要です。
辛い時期を思い出させないように注意してください。過去のいじめの話題や近隣・親戚の同世代について触れてぼやくことは、禁物となります。
ひきこもりながらでも、変化、成長は続いています。ひきこもりからの回復も、当然生じるのです。
親には「人は回復し、成長し、変化するもの」という観点を持つ必要があります。
成長していない、変化していないと思うことは、ひきこもる当事者の今後の可能性をつぶしてしまうことにつながります。
過去にこだわらず、あるがままを見据えて、「今ここから」スタートすることです。「人はどんな時からでも変わるのだ」と信じて欲しいのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月28日木曜日
妻任せをやめて近づく努力を
当事者となかなか向き合おうとしない父親は、「妻任せ」であることがほとんどです。
「俺は放任主義者だ」と開き直ってしまう父親もいます。放任主義は、「ひきこもったのは当事者の責任であり、父親の自分とは関係ない」とすることです。
しかし、これは父親としての弱音の裏返しかもしれません。「子供に近づく方法がわからない」と告白しているようなものです。
実は、最初から放任主義者であり、妻任せだった父親は少なく、当事者が小さかった頃、一緒に遊んだり、お風呂に入ったり、おんぶ・抱っこ・肩車をして喜ばせた経験のある父親は多いのです。
多くの父親たちは、子供の幼少期には一緒に遊ぶ「良い父親」だっやのですが、わが子が思春期や青年期に達する頃には、父親自身が多忙となり、会社での責任も重くなって、交流する余裕は失われてきます。
単身赴任は、父子が心理的に離れる極めつけの出来事と言えます。会話する機会は言うまでもなく、わが子の姿を見る機会すら失われるからです。
この年代は、子供の反抗期と重なりますから、会話が成立しないこともあります。こうして、少しずつ、わが子との交流が減って、心の隙間が生まれ、父親は「放任主義者」にならざるを得なかったのではないでしょうか。
わが子の教育・養育が妻任せとなり、「稼ぐことが父親の責務」という分業論に逃げてしまった。その意味では、父親も「被害者」かもしれません。
しかし、父親である以上、最後までわが子に責任を持たなくてはなりません。そのことを知っているから、今こうして、ひきこもる当事者のことで悩んでいるわけです。
悩んでいるということは、一歩、問題に近づいた、当事者に近づいた、放任主義者でなくなったということです。これまで、ひきこもり当事者と向かい合って疲れ切った妻に代わって、父親が登場しましょう。
親の集まりでは、夫婦での参加をすすめています。父親は妻と共に、親の会・家族教室・家族会に参加することから始めましょう。
夫婦での参加は、専業主婦だった妻が、夫の社会的な立ち振る舞いを初めて見る機会を与えてくれ、その後の夫婦関係の礎となってくれます。
父親が参加することで、家庭内の力関係は、2対1と親側が有利になります。
父親の参加は、親全体が関心を持ってくれたことを意味します。当事者にとって、それは今までにない新しい展開なのです。
親の会では、他の父親と問題を共有する中で、ひきこもりというすれ違い状態にあるわが子との接近の仕方を学ぶことができます。
声かけをし、さり気ない世間話、よもやま話をする中で、生活を共にする感覚を親子ともども作っていきましょう。平たい言葉で言えば、「再び苦楽を共にする」ということでしょうか。
人生、楽しいことばかりではありません。苦しいことの方が多いかもしれません。だからこそ、家族との生活、親子が向き合う生活を作るのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
「俺は放任主義者だ」と開き直ってしまう父親もいます。放任主義は、「ひきこもったのは当事者の責任であり、父親の自分とは関係ない」とすることです。
しかし、これは父親としての弱音の裏返しかもしれません。「子供に近づく方法がわからない」と告白しているようなものです。
実は、最初から放任主義者であり、妻任せだった父親は少なく、当事者が小さかった頃、一緒に遊んだり、お風呂に入ったり、おんぶ・抱っこ・肩車をして喜ばせた経験のある父親は多いのです。
多くの父親たちは、子供の幼少期には一緒に遊ぶ「良い父親」だっやのですが、わが子が思春期や青年期に達する頃には、父親自身が多忙となり、会社での責任も重くなって、交流する余裕は失われてきます。
単身赴任は、父子が心理的に離れる極めつけの出来事と言えます。会話する機会は言うまでもなく、わが子の姿を見る機会すら失われるからです。
この年代は、子供の反抗期と重なりますから、会話が成立しないこともあります。こうして、少しずつ、わが子との交流が減って、心の隙間が生まれ、父親は「放任主義者」にならざるを得なかったのではないでしょうか。
わが子の教育・養育が妻任せとなり、「稼ぐことが父親の責務」という分業論に逃げてしまった。その意味では、父親も「被害者」かもしれません。
しかし、父親である以上、最後までわが子に責任を持たなくてはなりません。そのことを知っているから、今こうして、ひきこもる当事者のことで悩んでいるわけです。
悩んでいるということは、一歩、問題に近づいた、当事者に近づいた、放任主義者でなくなったということです。これまで、ひきこもり当事者と向かい合って疲れ切った妻に代わって、父親が登場しましょう。
親の集まりでは、夫婦での参加をすすめています。父親は妻と共に、親の会・家族教室・家族会に参加することから始めましょう。
夫婦での参加は、専業主婦だった妻が、夫の社会的な立ち振る舞いを初めて見る機会を与えてくれ、その後の夫婦関係の礎となってくれます。
父親が参加することで、家庭内の力関係は、2対1と親側が有利になります。
父親の参加は、親全体が関心を持ってくれたことを意味します。当事者にとって、それは今までにない新しい展開なのです。
親の会では、他の父親と問題を共有する中で、ひきこもりというすれ違い状態にあるわが子との接近の仕方を学ぶことができます。
声かけをし、さり気ない世間話、よもやま話をする中で、生活を共にする感覚を親子ともども作っていきましょう。平たい言葉で言えば、「再び苦楽を共にする」ということでしょうか。
人生、楽しいことばかりではありません。苦しいことの方が多いかもしれません。だからこそ、家族との生活、親子が向き合う生活を作るのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月27日水曜日
傷ついたときにはカム・アウト
「当事者に謝るより、こちらが謝って欲しいくらいだ」と言いたい父親も多いかもしれません。
過去に当事者の家庭内暴力を受けたり、応戦して暴力を振るったことがトラウマとなって、傷ついたまま気持ちを乗り越えられない父親がいるからです。
この場合には、どうしたらいいのでしょうか?
男性にとって暴力の犠牲になることは屈辱的であり、民主的な父親にとっては、自分が暴力を振るったこと自体が屈辱的です。
「男の沽券」を守ろうとして、男親が取り組みに消極的になった場合には、問題解決の困難さは増します。
こんな場合の解決方法の一つが、ひきこもりの親の会で「告白」することです。
過去にあった事実を、正直に他人の前で口にすること(カム・アウト)なのです。
これは相当に勇気のいることです。他人に自分の知られたくない過去を知らせてしまう行為ですから、「弱い自分」をさらけ出すことにもなります。
しかし、屈辱や恐怖などのマイナスの感情は、避けようとすればするほど強くなる性質を持っています。
屈辱感をそのままにしておくこと自体が、屈辱感を増大させるのです。
従って、今この時こそが、カム・アウトのチャンスなのです。その後の展開にとって、効果はきわめて大きいものがあります。
話を聞いて、別の父親が同じような体験を語り出し、自分だけではないことに気づくことができた場合には、肩の荷が下りることでしょう。
そして、気がつくと、屈辱感そのものが消失しているのです。
中垣内 正和(著)『マーフィーの幸福論』から要約しました。
過去に当事者の家庭内暴力を受けたり、応戦して暴力を振るったことがトラウマとなって、傷ついたまま気持ちを乗り越えられない父親がいるからです。
この場合には、どうしたらいいのでしょうか?
男性にとって暴力の犠牲になることは屈辱的であり、民主的な父親にとっては、自分が暴力を振るったこと自体が屈辱的です。
「男の沽券」を守ろうとして、男親が取り組みに消極的になった場合には、問題解決の困難さは増します。
こんな場合の解決方法の一つが、ひきこもりの親の会で「告白」することです。
過去にあった事実を、正直に他人の前で口にすること(カム・アウト)なのです。
これは相当に勇気のいることです。他人に自分の知られたくない過去を知らせてしまう行為ですから、「弱い自分」をさらけ出すことにもなります。
しかし、屈辱や恐怖などのマイナスの感情は、避けようとすればするほど強くなる性質を持っています。
屈辱感をそのままにしておくこと自体が、屈辱感を増大させるのです。
従って、今この時こそが、カム・アウトのチャンスなのです。その後の展開にとって、効果はきわめて大きいものがあります。
話を聞いて、別の父親が同じような体験を語り出し、自分だけではないことに気づくことができた場合には、肩の荷が下りることでしょう。
そして、気がつくと、屈辱感そのものが消失しているのです。
中垣内 正和(著)『マーフィーの幸福論』から要約しました。
2008年8月26日火曜日
父親の過剰圧力
父親は、過剰な圧力を子供にかけていないかを、振り返ってください。
特に、「世間体を気にしすぎる」父親には、過剰圧力の傾向がみられます。
1回のお説教でいいところを、3回も4回もお説教してしまう。くどくどと、強圧的に、感情むき出しにしてしまうことはありませんか?
親は、それを「叱咤激励だ」と言い訳します。しかし、親はそのつもりでも、子供は「激励」と受け取るでしょうか?
強圧的な叱咤は、当事者にとっては「恐怖」そのものです。恐怖によって、気持ちはますます萎縮します。ひきこもり当事者にしてみたら、強圧的に叱られるほどに、ますます部屋にひきこもりたくなります。
親の叱咤が、愛情表現ではなく、「怒り」の表現となっていないでしょうか?
親の怒りを感じ取った当事者は、2階の自宅で震えていたり、PTSD(恐怖心がよみがえる)になったりするのです。
強圧的な親の元で長年ひきこもった若者に、入院後に身長が伸びる不思議な現象が観察されました。彼らがいかに委縮していたかがわかります。
父親は「小言」のつもりで言ったとしても、受け取る当事者には「大ごと」になっていることが多いのです。
どんな叱り方にしろ、威圧タイプの父親は、本気で関係を改善するつもりなら、一度は当事者に謝る必要があります。
内容の成否はともかく、威圧自体が当事者を傷つけているのですから、「とにかく謝ること」が必要とまります。
なぜなら、謝る行為自体が、事態の改善に大きな影響を与えてくれるからです。謝罪が必要であった具体的な理由については、その後じっくり考えて、後でうなずけば良いのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
特に、「世間体を気にしすぎる」父親には、過剰圧力の傾向がみられます。
1回のお説教でいいところを、3回も4回もお説教してしまう。くどくどと、強圧的に、感情むき出しにしてしまうことはありませんか?
親は、それを「叱咤激励だ」と言い訳します。しかし、親はそのつもりでも、子供は「激励」と受け取るでしょうか?
強圧的な叱咤は、当事者にとっては「恐怖」そのものです。恐怖によって、気持ちはますます萎縮します。ひきこもり当事者にしてみたら、強圧的に叱られるほどに、ますます部屋にひきこもりたくなります。
親の叱咤が、愛情表現ではなく、「怒り」の表現となっていないでしょうか?
親の怒りを感じ取った当事者は、2階の自宅で震えていたり、PTSD(恐怖心がよみがえる)になったりするのです。
強圧的な親の元で長年ひきこもった若者に、入院後に身長が伸びる不思議な現象が観察されました。彼らがいかに委縮していたかがわかります。
父親は「小言」のつもりで言ったとしても、受け取る当事者には「大ごと」になっていることが多いのです。
どんな叱り方にしろ、威圧タイプの父親は、本気で関係を改善するつもりなら、一度は当事者に謝る必要があります。
内容の成否はともかく、威圧自体が当事者を傷つけているのですから、「とにかく謝ること」が必要とまります。
なぜなら、謝る行為自体が、事態の改善に大きな影響を与えてくれるからです。謝罪が必要であった具体的な理由については、その後じっくり考えて、後でうなずけば良いのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月25日月曜日
母親のペットにしていないか?
多くの場合に、母親と当事者の距離は、近すぎると言えます。
母親は、食事を作り、部屋の前まで運び、当事者の下着からパジャマまで洗濯します。当事者の部屋の掃除をすることもあります。
その結果、どうなるかと言うと、当事者の自立心は失われてしまうのです。母親は「家事は母親の仕事」として疑問すら抱かないのです。
感情不安定から問題行動を多発する「ボーダーライン」というパーソナリティー障害の原因は、日本では幼少時の過保護にあると言われています。
盲目的な過保護、自立を阻害してしまうような過保護が問題なのです。いわゆる、ペット化です。
ペット化されると、自分の感情をコントロールする力が身につきません。これは、ある意味で、虐待や養育放棄と、本質的に変わらないのです。
盲目的な過保護・過干渉は自立心を損ないますが、損なわれた自立心をひきこもりと置き換えても、同じことが言えます。
ひきこもりの当事者の親、特に母親は、盲目的な過保護でなかったかどうかを振り返ってください。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
母親は、食事を作り、部屋の前まで運び、当事者の下着からパジャマまで洗濯します。当事者の部屋の掃除をすることもあります。
その結果、どうなるかと言うと、当事者の自立心は失われてしまうのです。母親は「家事は母親の仕事」として疑問すら抱かないのです。
感情不安定から問題行動を多発する「ボーダーライン」というパーソナリティー障害の原因は、日本では幼少時の過保護にあると言われています。
盲目的な過保護、自立を阻害してしまうような過保護が問題なのです。いわゆる、ペット化です。
ペット化されると、自分の感情をコントロールする力が身につきません。これは、ある意味で、虐待や養育放棄と、本質的に変わらないのです。
盲目的な過保護・過干渉は自立心を損ないますが、損なわれた自立心をひきこもりと置き換えても、同じことが言えます。
ひきこもりの当事者の親、特に母親は、盲目的な過保護でなかったかどうかを振り返ってください。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月24日日曜日
互いの距離を変える
親として機能できるためには、不登校がそうであったように、これまでと違ったやり方で、ひきこもりと向き合えるようになることが必要です。
このように言うと、「引き出し業者」に強制的な連行を依頼して、拉致監禁を容認する親もいるのです。そうした強硬な手段によって引き起こされた事件は、過去に数多く発生しています。
不幸にして命を落とした若者もいます。合法的な手段であっても、施設に強制的に収容された結果、統合失調症を発症したケースも報告されています。
強制的な方法に頼りたい気持ちはよく理解できます。それだけ親も切羽詰まっていると思われますが、強制的手段だけでは問題は解決しないのです。
それでは、どうしたらいいのでしょうか?
まず、今までのやり方に誤り・偏り・限界があり、結果として無力であったことを振り返ります。
次に、それまでの「親子の間の距離の取り方」を変更する作業を行います。
それは、夫婦間の距離を近くすることにもつながります。
原則は、「近すぎた距離は遠ざけ、遠すぎた距離は近づける」ということです。
次回から、「距離を見直すためのヒント」を4つご紹介します。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
このように言うと、「引き出し業者」に強制的な連行を依頼して、拉致監禁を容認する親もいるのです。そうした強硬な手段によって引き起こされた事件は、過去に数多く発生しています。
不幸にして命を落とした若者もいます。合法的な手段であっても、施設に強制的に収容された結果、統合失調症を発症したケースも報告されています。
強制的な方法に頼りたい気持ちはよく理解できます。それだけ親も切羽詰まっていると思われますが、強制的手段だけでは問題は解決しないのです。
それでは、どうしたらいいのでしょうか?
まず、今までのやり方に誤り・偏り・限界があり、結果として無力であったことを振り返ります。
次に、それまでの「親子の間の距離の取り方」を変更する作業を行います。
それは、夫婦間の距離を近くすることにもつながります。
原則は、「近すぎた距離は遠ざけ、遠すぎた距離は近づける」ということです。
次回から、「距離を見直すためのヒント」を4つご紹介します。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月23日土曜日
ひきこもりの解決に希望を抱き、一喜一憂しないことにした
「希望」は一見ありふれた言葉ですが、自我心理学においては、人の発達の原点にある大切な言葉として位置づけられています。
精神科医のE・H・エリクソンは、人間の心の発達を8段階に区分した中で、生後に母親に基本的信頼感を抱く過程で「希望」がはぐくまれるとしました。
「希望を分かち合えること」が、カウンセリングの成否を決定づけることは、専門家の間では周知のところです。「希望を抱くこと」が、大切なのです。
「希望を持てない」「うまくいかない」と思いながら取り組むことが、良い結果に結びつくでしょうか?医師が、「この薬は効かないかも」と言いながら投与した場合に、効き目はどうなるでしょうか?
否定的な思い自体が、うまくいく可能性を引き下げてしまいます。
「初めに意志ありき」「初めに言葉ありき」という格言のごとく、ひきこもり問題に関しては、「初めに希望ありき」なのであって、それが目的と意志を明確にしてくれるのです。
これに対して、「一喜一憂」という言葉は、「希望・目的・意志」の反対の言葉となります。むやみに動揺する親の感情が問題なのは、親の感情がすぐ当事者に伝わってしまうからです。
親のマイナス感情は、当事者のマイナス感情に直結し、親のマイナス思考は、当事者のマイナス思考に直結します。
ひきこもりの場合は、親の希望喪失が、当事者の希望喪失に直結するのです。これが、ひきこもりが「渦のように深まる」大きな原因になるのです。
過剰反応して一喜一憂することは、親に極度の疲労・うつ状態・無感動状態を引き起こすことになります。
親のうつ状態・身体的な病気は、当事者にも深刻な影響を与え、ひきこもりはいっそう脱出困難な状況となるのです。
親がある時点で居直ることができ、希望・目的・意志を持つことができれば、当事者も社会に対して居直ることができるようになります。
「希望を抱く考え方に変えて一喜一憂しない」居直りの姿勢が、良い結果につながります。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
精神科医のE・H・エリクソンは、人間の心の発達を8段階に区分した中で、生後に母親に基本的信頼感を抱く過程で「希望」がはぐくまれるとしました。
「希望を分かち合えること」が、カウンセリングの成否を決定づけることは、専門家の間では周知のところです。「希望を抱くこと」が、大切なのです。
「希望を持てない」「うまくいかない」と思いながら取り組むことが、良い結果に結びつくでしょうか?医師が、「この薬は効かないかも」と言いながら投与した場合に、効き目はどうなるでしょうか?
否定的な思い自体が、うまくいく可能性を引き下げてしまいます。
「初めに意志ありき」「初めに言葉ありき」という格言のごとく、ひきこもり問題に関しては、「初めに希望ありき」なのであって、それが目的と意志を明確にしてくれるのです。
これに対して、「一喜一憂」という言葉は、「希望・目的・意志」の反対の言葉となります。むやみに動揺する親の感情が問題なのは、親の感情がすぐ当事者に伝わってしまうからです。
親のマイナス感情は、当事者のマイナス感情に直結し、親のマイナス思考は、当事者のマイナス思考に直結します。
ひきこもりの場合は、親の希望喪失が、当事者の希望喪失に直結するのです。これが、ひきこもりが「渦のように深まる」大きな原因になるのです。
過剰反応して一喜一憂することは、親に極度の疲労・うつ状態・無感動状態を引き起こすことになります。
親のうつ状態・身体的な病気は、当事者にも深刻な影響を与え、ひきこもりはいっそう脱出困難な状況となるのです。
親がある時点で居直ることができ、希望・目的・意志を持つことができれば、当事者も社会に対して居直ることができるようになります。
「希望を抱く考え方に変えて一喜一憂しない」居直りの姿勢が、良い結果につながります。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月22日金曜日
困難ケースに支援
困難ケースとは、10年以上の長期化、35歳以上の高齢化、小中学校の不登校から長期化した例、ひとり親家庭の例、暴力・器物損壊などの衝動行為が目立つ例、統合失調症との識別ができにくい例などを指します。
これらの多くは、民間のサポートのみでは対応困難と思われ、公的機関の関与・協力が必要と言えます。
対人交流可能なニートを対象にした政策が、景気回復によって一段落した現況では、対人交流の不可能なひきこもりの困難なケースへの対応システムを充実させることが求められています。
長期にわたって心身の活動を制限した生活を続けた場合に、人間がどう変化するかを想像してみる必要があります。
運動不足による筋力低下から、脳委縮による思考障害、歩行障害、骨粗鬆症、圧迫骨折まで、さまざまな「廃用性障害」をきたす危険性が高くなります。
20年以上こもった男性のケースでは、地域支援センターのスタッフが家族を訪問し、病院のケースワーカーを介して、医師・親の会とつないでくれました。
たちどころに、医師・病院・地域支援センター・保健所・精神保健福祉相談員による「プロジェクトチーム」が形成され、2週間後には「状況因性の幻覚妄想」「極度の栄養障害」にあった当事者の救出が実現されました。
このケースは、さまざまな支援システムが連携して取り組むことの大切さを示してくれています。連携の力が、最悪の「悲劇を抑止する力」になったと言えます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
これらの多くは、民間のサポートのみでは対応困難と思われ、公的機関の関与・協力が必要と言えます。
対人交流可能なニートを対象にした政策が、景気回復によって一段落した現況では、対人交流の不可能なひきこもりの困難なケースへの対応システムを充実させることが求められています。
長期にわたって心身の活動を制限した生活を続けた場合に、人間がどう変化するかを想像してみる必要があります。
運動不足による筋力低下から、脳委縮による思考障害、歩行障害、骨粗鬆症、圧迫骨折まで、さまざまな「廃用性障害」をきたす危険性が高くなります。
20年以上こもった男性のケースでは、地域支援センターのスタッフが家族を訪問し、病院のケースワーカーを介して、医師・親の会とつないでくれました。
たちどころに、医師・病院・地域支援センター・保健所・精神保健福祉相談員による「プロジェクトチーム」が形成され、2週間後には「状況因性の幻覚妄想」「極度の栄養障害」にあった当事者の救出が実現されました。
このケースは、さまざまな支援システムが連携して取り組むことの大切さを示してくれています。連携の力が、最悪の「悲劇を抑止する力」になったと言えます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月21日木曜日
冷静に、根気強く、タイミングを待つ
「石の上にも3年」と言われます。「ひきこもりからの脱出にも3年」です。
親の相談受診から始まるひきこもり外来では、過半数が1年以内に当事者の外来受診と居場所参加に成功しています。
親が親の会に取り組んだ場合に、当事者が来院しなかったにもかかわらず、3年後に社会参加できるようになったケースもあります。
ひきこもりからの脱出に成功するかどうかは、親が冷静になり、賢明さを取り戻し、働きかけのタイミングを待つことができるようになるかにかかっています。
家族が集中的に取り組んだ場合には、数ヶ月から1年のうちに当事者が出てくる確率が高くなります。
17年こもった30代の女性が、海外在住の兄の介入によって、相談の10日後に外来受診したケースもあります。
NPOの訪問サポートでも、「1年の訪問」を想定しているようです。
しかし、親が他人任せ・業者任せとなって、親自身の変革に取り組まない場合には、リバウンドする確率が高くなります。
訪問サポートを利用する場合にも、できるだけ親が、親の会・家族会・家族教室などに参加して、親と当事者の取り組みを並行させた方が良いのです。
「3年以内の脱出」という目標に「冷静に、根気強く、タイミングを待つ」を加えると、親が取り組む基本原則となります。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
親の相談受診から始まるひきこもり外来では、過半数が1年以内に当事者の外来受診と居場所参加に成功しています。
親が親の会に取り組んだ場合に、当事者が来院しなかったにもかかわらず、3年後に社会参加できるようになったケースもあります。
ひきこもりからの脱出に成功するかどうかは、親が冷静になり、賢明さを取り戻し、働きかけのタイミングを待つことができるようになるかにかかっています。
家族が集中的に取り組んだ場合には、数ヶ月から1年のうちに当事者が出てくる確率が高くなります。
17年こもった30代の女性が、海外在住の兄の介入によって、相談の10日後に外来受診したケースもあります。
NPOの訪問サポートでも、「1年の訪問」を想定しているようです。
しかし、親が他人任せ・業者任せとなって、親自身の変革に取り組まない場合には、リバウンドする確率が高くなります。
訪問サポートを利用する場合にも、できるだけ親が、親の会・家族会・家族教室などに参加して、親と当事者の取り組みを並行させた方が良いのです。
「3年以内の脱出」という目標に「冷静に、根気強く、タイミングを待つ」を加えると、親が取り組む基本原則となります。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月20日水曜日
生活を楽しむためのアイテム
親が取り組み続けることは、必然的に親の生き方が変わる営みになります。
その際のポイントについて要約してみます。
ひきこもり当事者に向き合うためにも、あせらないことが必要です。
①世間体、人並みという絶対基準をゆるめる。
②自分のせいで失敗したというレッテル貼りをしない。
③要求水準を下げる。
④人生はいつからでもスタートと考える。
⑤既存のシステムの未熟性を解し、やみくもに依存しない。
⑥先賢の英知から、生き方の全体性・統合性を作る。
⑦行動の中から、新たな人間関係を作る。
⑧「老い先短い」を「生涯現役」に変える。
⑨定年後30年間の人生の見通しを作る。
⑩あるべきでなく、あるがまま、そのまんま。
⑪あいまいさ、中途半端さを受け入れる。
⑫いい加減に生きる。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
その際のポイントについて要約してみます。
ひきこもり当事者に向き合うためにも、あせらないことが必要です。
①世間体、人並みという絶対基準をゆるめる。
②自分のせいで失敗したというレッテル貼りをしない。
③要求水準を下げる。
④人生はいつからでもスタートと考える。
⑤既存のシステムの未熟性を解し、やみくもに依存しない。
⑥先賢の英知から、生き方の全体性・統合性を作る。
⑦行動の中から、新たな人間関係を作る。
⑧「老い先短い」を「生涯現役」に変える。
⑨定年後30年間の人生の見通しを作る。
⑩あるべきでなく、あるがまま、そのまんま。
⑪あいまいさ、中途半端さを受け入れる。
⑫いい加減に生きる。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月19日火曜日
発想を転換することができた
定年後に発送転換して生き方を変えることは、困難を伴うと考えられがちです。
退職は、仕事から解放される期待でいっぱいですが、すぐにそれは、不安と喪失感に変わります。
会社・仲間という帰属する集団があり、その中で仕事をし、人生を歩んできた人にとって、それらがなくなるのは喪失体験であり、孤独につながります。
しかも、定年後に帰属する地域社会では、職歴・肩書き・年収といったものが通用しないのです。そうした環境の中で、ひきこもり当事者と向き合わなければならない父親は、たいへん困惑するのです。
しかし、これはチャンスでもあります。発想の転換をする、またとない機会と言えます。
わが子とじっくり向き合うこともできます。親の会に参加することもできます。居場所で、若い人との交流も可能となるのです。
会社人間として経験できなかったことが、定年退職し、わが子と向き合うことで体験できるのです。これぞまさしく、人生の転換であり、価値観の転換です。
これを機会に、「産業カウンセラー」「ひきこもり相談員・支援員」などに挑戦して、心の健康の問題にチャレンジすることも面白い展開と言えます。
しかし、ここで注意して欲しいのは、会社の規範、つまり部下と上司の関係を応用したりしないことです。なぜなら、それは父親を再び「会社人間」に引き戻すことになってしまうからです。
ひきこもり当事者が部下で、父親が上司ではないのです。ひきこもり問題だけに取り組むことは、「がむしゃら時代」に戻ることにつながりますので、そこも注意が必要です。
がむしゃらに自分を追い詰め、追い込んでしまうのは、ひきこもり当事者を追い詰め、追い込んでしまうことにつながるのです。
定年退職後は、さまざまな事柄に挑戦して欲しいと思います。パソコンにチャレンジすることも良いでしょう。パソコンは、便利で面白い機器であり、今やなくてはならない道具です。
若者に教わることは、刺激的な体験です。パソコンをはさんで、親と当事者の会話が開始されることもあります。
アナログ世代が、60歳過ぎてデジタル化されていく自分を発見することも、面白い体験となるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
退職は、仕事から解放される期待でいっぱいですが、すぐにそれは、不安と喪失感に変わります。
会社・仲間という帰属する集団があり、その中で仕事をし、人生を歩んできた人にとって、それらがなくなるのは喪失体験であり、孤独につながります。
しかも、定年後に帰属する地域社会では、職歴・肩書き・年収といったものが通用しないのです。そうした環境の中で、ひきこもり当事者と向き合わなければならない父親は、たいへん困惑するのです。
しかし、これはチャンスでもあります。発想の転換をする、またとない機会と言えます。
わが子とじっくり向き合うこともできます。親の会に参加することもできます。居場所で、若い人との交流も可能となるのです。
会社人間として経験できなかったことが、定年退職し、わが子と向き合うことで体験できるのです。これぞまさしく、人生の転換であり、価値観の転換です。
これを機会に、「産業カウンセラー」「ひきこもり相談員・支援員」などに挑戦して、心の健康の問題にチャレンジすることも面白い展開と言えます。
しかし、ここで注意して欲しいのは、会社の規範、つまり部下と上司の関係を応用したりしないことです。なぜなら、それは父親を再び「会社人間」に引き戻すことになってしまうからです。
ひきこもり当事者が部下で、父親が上司ではないのです。ひきこもり問題だけに取り組むことは、「がむしゃら時代」に戻ることにつながりますので、そこも注意が必要です。
がむしゃらに自分を追い詰め、追い込んでしまうのは、ひきこもり当事者を追い詰め、追い込んでしまうことにつながるのです。
定年退職後は、さまざまな事柄に挑戦して欲しいと思います。パソコンにチャレンジすることも良いでしょう。パソコンは、便利で面白い機器であり、今やなくてはならない道具です。
若者に教わることは、刺激的な体験です。パソコンをはさんで、親と当事者の会話が開始されることもあります。
アナログ世代が、60歳過ぎてデジタル化されていく自分を発見することも、面白い体験となるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月18日月曜日
年齢主義から解放された
定年退職後のあなたの人生設計は、できていますか?
がむしゃら世代は、定年がゴールと思いがちです。ゴールしたあとは、余生、つまり、おまけの人生と考えてはいないでしょうか?
しかし、平均寿命が延びた現在、定年後の人生は、とても長くなりました。余生とするには、あまりにも長い期間です。
ひきこもり当事者の年齢が上がることは、そのまま親の年齢も上がり、80代の親のもとで、50代の息子がひきこもり当事者ということもあるからです。
80代の父親が、40代の当事者を居場所に連れてきたケースもあります。70代では、何人も息子の引き出しに成功しています。
体力的な低下は、スポーツや散歩を心がけることや知恵を働かすことで補充できます。
親が高齢になったからと言って、わが子のひきこもりをあきらめないで欲しいのです。歳を重ねたからこそ、できることも多いからです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
がむしゃら世代は、定年がゴールと思いがちです。ゴールしたあとは、余生、つまり、おまけの人生と考えてはいないでしょうか?
しかし、平均寿命が延びた現在、定年後の人生は、とても長くなりました。余生とするには、あまりにも長い期間です。
ひきこもり当事者の年齢が上がることは、そのまま親の年齢も上がり、80代の親のもとで、50代の息子がひきこもり当事者ということもあるからです。
80代の父親が、40代の当事者を居場所に連れてきたケースもあります。70代では、何人も息子の引き出しに成功しています。
体力的な低下は、スポーツや散歩を心がけることや知恵を働かすことで補充できます。
親が高齢になったからと言って、わが子のひきこもりをあきらめないで欲しいのです。歳を重ねたからこそ、できることも多いからです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月17日日曜日
生活を楽しむことにした
「楽しむ」と言うと、「甘やかせば良いのか?」と誤解する人がいます。「連れて来てください」と言うと、「無理やりに拉致することか?」と言う人がいます。
親のこの極端さは、何のでしょうか?親自身の生活や考え方に余裕がないときに、こうした発言になります。ひきこもり当事者ではなく、親の方が切羽詰まった状況です。
親たちの世代は、がむしゃらに働いてきた世代です。「24時間働けますか?」とCMに後押しされ、栄養ドリンクを飲み続けて頑張ってきた世代です。
父親は産業戦士として、母親は専業主婦として、子供の教育にのめり込みました。しして、好景気を支え、バブルを演出しました。
ところが、バブルは弾け、せっかく育てた子供たちが就職時になると、就職氷河期になっていたのです。頑張ってきた親のもくろみは、こうして崩れ去ってしまいました。
年間の自殺者が3万人を超えるようになって10年近くになります。中高年男性がリストラや倒産で経済的破綻をきたし、それが原因で自殺した人が増えたことが、その理由とされています。
自殺まで追いつめられた彼らの気持ちを察すると辛いものがありますが、仕事以外にも楽しみや価値観を持っていれば、違った結果になったとも考えられます。
がむしゃらであることは、ときには必要ですが、行き場がなくなって、社会からの撤退=自殺ということになってしまうのです。
ひきこもり当事者にも、自由な発想はなかなかできません。というのは、当事者たちは親たちの価値観をそのまま受け継いでいるからです。彼らの場合は、社会からの撤退=ひきこもりだったのです。
「これしかない」と思い込んでいる親が、多様な生活を送り、それを楽しむことは、短期間に身につくことではありません。
しかし、親が別の価値観を探して、生き方を変えようと努力すれば、当事者にもその努力は伝わります。実は、それがとても大切なのです。
夫婦でも、親子でも、よもやま話、世間話などの会話を楽しむ、食事や散歩や軽スポーツなどを共に楽しむことは、家族間の雰囲気を根本的に変えます。
親の態度が変化すると、当事者も変化していきます。これは、よく見られる現象です。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
親のこの極端さは、何のでしょうか?親自身の生活や考え方に余裕がないときに、こうした発言になります。ひきこもり当事者ではなく、親の方が切羽詰まった状況です。
親たちの世代は、がむしゃらに働いてきた世代です。「24時間働けますか?」とCMに後押しされ、栄養ドリンクを飲み続けて頑張ってきた世代です。
父親は産業戦士として、母親は専業主婦として、子供の教育にのめり込みました。しして、好景気を支え、バブルを演出しました。
ところが、バブルは弾け、せっかく育てた子供たちが就職時になると、就職氷河期になっていたのです。頑張ってきた親のもくろみは、こうして崩れ去ってしまいました。
年間の自殺者が3万人を超えるようになって10年近くになります。中高年男性がリストラや倒産で経済的破綻をきたし、それが原因で自殺した人が増えたことが、その理由とされています。
自殺まで追いつめられた彼らの気持ちを察すると辛いものがありますが、仕事以外にも楽しみや価値観を持っていれば、違った結果になったとも考えられます。
がむしゃらであることは、ときには必要ですが、行き場がなくなって、社会からの撤退=自殺ということになってしまうのです。
ひきこもり当事者にも、自由な発想はなかなかできません。というのは、当事者たちは親たちの価値観をそのまま受け継いでいるからです。彼らの場合は、社会からの撤退=ひきこもりだったのです。
「これしかない」と思い込んでいる親が、多様な生活を送り、それを楽しむことは、短期間に身につくことではありません。
しかし、親が別の価値観を探して、生き方を変えようと努力すれば、当事者にもその努力は伝わります。実は、それがとても大切なのです。
夫婦でも、親子でも、よもやま話、世間話などの会話を楽しむ、食事や散歩や軽スポーツなどを共に楽しむことは、家族間の雰囲気を根本的に変えます。
親の態度が変化すると、当事者も変化していきます。これは、よく見られる現象です。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月16日土曜日
若者に必要な時間を与えた
西欧文化圏では、若者が一人前になるまでの期間が長引くようになっています。これは、日本にも当てはまる傾向と言えますが、親たちは、自分の若い頃と単純に比較して、年齢主義的な達成を子供に求めてしまいます。
親たちの頭には、「20歳前後で就職、30歳で結婚、40歳で課長、50歳で部長、60歳で定年」といった図式が染みついているのです。
8年のひきこもりからプログラムに参加した20代男性は、単位制高校への入学を決めました。しかし、父親は、「絶対卒業」「車の免許」「良い仕事」などと次々とまくし立てました。
「遅れたから、早く早く」という年齢主義的な焦りを見せる中産階級の心性と、息子との心のつながりを解しない仕事人間の不勉強さが伝わってきます。
10年近くひきこもったのですから、あと10年の時間を当事者に与えるくらいの気持ちが求められます。居場所による支えが、欠かせないケースと言えます。
18年ひきこもった後に5年間居場所に参加し、3ヶ月間のバイトをした男性の母親は、「先がないから、しっかりしてもらわないと」などと述べました。
この母親は、長期ひきこもりにもかかわらず、就労段階まできた当事者を正当に評価できていません。父親も、ひきこもりから脱出した後の5年間、本人と向き合っていないようです。
この段階で必要なことは、「疲れたら休んで、経験から教訓を得て、再チャレンジ」というメッセージを繰り返すことです。親の焦りが当事者を追い詰めてしまう可能性についても、よく考える必要があります。
3ヶ月の就労講座を修了間際に辞めた30代男性は、「中途半端に辞めて、自信がなくなった」と述べました。この男性は、バイト就労と講座の受講を繰り返していますので、再びチャレンジする勇気させ失わなければ、大丈夫と言えるケースです。長期間悩まされた「醜貌恐怖」(姿形が醜いと思い込む)を乗り越えていることに気づく必要があります。
試行錯誤から挫折に至らないようにするためには、1年前の自分、3年前の自分、5年前の自分を振り返って、回復と変化と成長がある事実に気づいていくことが大切です。
高校中退後に不安定な感情に悩まされながら、高卒認定資格を取った10代女性は、志望大学志望学科への合格を決めました。
受験直前の不安定さには、「ちょっぴり勇気を」とアドバイスしましたが、「受験も面接も平気だった」と報告してくれました。就学の場を得ることによって、さまざまな症状がなくなると予測されるケースです。
レビンソンという学者は、「試行錯誤して40歳までに何とかすれば良い」と述べています。
青年期が長期化することは、専門家の間では「言わずもがな」の現象です。20代、30代に試行錯誤を繰り返して、人生の後半に「大器晩成」ということで良いのです。
ひきこもり期間自体を「大人になるために必要な時間であった」と、とらえる必要があります。加えて、親たちが「必要な時間を与える」「10年の時間を与える」という気持ちになれるか否かが、ひきこもり対応のポイントと言えるのです。
焦りは、リバウンドにつながり、問題の蒸し返しになることは、手痛い経験として周知のところです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
親たちの頭には、「20歳前後で就職、30歳で結婚、40歳で課長、50歳で部長、60歳で定年」といった図式が染みついているのです。
8年のひきこもりからプログラムに参加した20代男性は、単位制高校への入学を決めました。しかし、父親は、「絶対卒業」「車の免許」「良い仕事」などと次々とまくし立てました。
「遅れたから、早く早く」という年齢主義的な焦りを見せる中産階級の心性と、息子との心のつながりを解しない仕事人間の不勉強さが伝わってきます。
10年近くひきこもったのですから、あと10年の時間を当事者に与えるくらいの気持ちが求められます。居場所による支えが、欠かせないケースと言えます。
18年ひきこもった後に5年間居場所に参加し、3ヶ月間のバイトをした男性の母親は、「先がないから、しっかりしてもらわないと」などと述べました。
この母親は、長期ひきこもりにもかかわらず、就労段階まできた当事者を正当に評価できていません。父親も、ひきこもりから脱出した後の5年間、本人と向き合っていないようです。
この段階で必要なことは、「疲れたら休んで、経験から教訓を得て、再チャレンジ」というメッセージを繰り返すことです。親の焦りが当事者を追い詰めてしまう可能性についても、よく考える必要があります。
3ヶ月の就労講座を修了間際に辞めた30代男性は、「中途半端に辞めて、自信がなくなった」と述べました。この男性は、バイト就労と講座の受講を繰り返していますので、再びチャレンジする勇気させ失わなければ、大丈夫と言えるケースです。長期間悩まされた「醜貌恐怖」(姿形が醜いと思い込む)を乗り越えていることに気づく必要があります。
試行錯誤から挫折に至らないようにするためには、1年前の自分、3年前の自分、5年前の自分を振り返って、回復と変化と成長がある事実に気づいていくことが大切です。
高校中退後に不安定な感情に悩まされながら、高卒認定資格を取った10代女性は、志望大学志望学科への合格を決めました。
受験直前の不安定さには、「ちょっぴり勇気を」とアドバイスしましたが、「受験も面接も平気だった」と報告してくれました。就学の場を得ることによって、さまざまな症状がなくなると予測されるケースです。
レビンソンという学者は、「試行錯誤して40歳までに何とかすれば良い」と述べています。
青年期が長期化することは、専門家の間では「言わずもがな」の現象です。20代、30代に試行錯誤を繰り返して、人生の後半に「大器晩成」ということで良いのです。
ひきこもり期間自体を「大人になるために必要な時間であった」と、とらえる必要があります。加えて、親たちが「必要な時間を与える」「10年の時間を与える」という気持ちになれるか否かが、ひきこもり対応のポイントと言えるのです。
焦りは、リバウンドにつながり、問題の蒸し返しになることは、手痛い経験として周知のところです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月15日金曜日
若者の全体状況を理解した
バブル経済の崩壊後、IT化・グローバル化によって、社会システムは大変貌を遂げました。ひきこもり世代は、パソコン世代と言えます。
若者を中心に社会生活のあり方が、大きく変化しています。親世代の「民主規範」が、若者世代の「ネット規範」と対峙する状況と言えます。
そのことは、何を意味するのでしょうか?
親がひきこもりの着地点を自分たちの価値観に置くことは、根本的に無理だということです。ひきこもり世代と親世代は、その価値観が違うのです。
親たちは、総中流・年功序列・終身雇用・会社への忠誠・適齢期の結婚などの経済社会的な状況下で生きてきましたが、コンピューター化が進行した若者世代は、一部の専門労働と大多数のマニュアル労働に分化した格差社会に生きています。
30代正社員ですら潰してしまう成果主義の中で、男女共に未婚化・晩婚化が当然のようになりつつあります。
親たちが「民主規範」「経済的な一億総中流」に生きたとすれば、若者たちは「ネット規範」「経済格差の進む社会」に生きているのです。
どう考えても、親世代と若者世代の価値観のギャップを埋めたり、あるいは親側に合わせたりするのは、むずかしいように思えます。
親たちは、ひきこもり世代・若者世代に歩み寄る必要があるように思われます。
自分たちの価値基準を若者に求めることを見直すこと、自分たちと違う若者の時代状況を見つめること、過酷な競争社会である格差社会が進行して、フリーター・ニート・不登校・ひきこもり・パラサイト・ボーダーライン・摂食障害・薬物乱用などに苦しむ若者が急増する時代状況を理解することが求められているのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
若者を中心に社会生活のあり方が、大きく変化しています。親世代の「民主規範」が、若者世代の「ネット規範」と対峙する状況と言えます。
そのことは、何を意味するのでしょうか?
親がひきこもりの着地点を自分たちの価値観に置くことは、根本的に無理だということです。ひきこもり世代と親世代は、その価値観が違うのです。
親たちは、総中流・年功序列・終身雇用・会社への忠誠・適齢期の結婚などの経済社会的な状況下で生きてきましたが、コンピューター化が進行した若者世代は、一部の専門労働と大多数のマニュアル労働に分化した格差社会に生きています。
30代正社員ですら潰してしまう成果主義の中で、男女共に未婚化・晩婚化が当然のようになりつつあります。
親たちが「民主規範」「経済的な一億総中流」に生きたとすれば、若者たちは「ネット規範」「経済格差の進む社会」に生きているのです。
どう考えても、親世代と若者世代の価値観のギャップを埋めたり、あるいは親側に合わせたりするのは、むずかしいように思えます。
親たちは、ひきこもり世代・若者世代に歩み寄る必要があるように思われます。
自分たちの価値基準を若者に求めることを見直すこと、自分たちと違う若者の時代状況を見つめること、過酷な競争社会である格差社会が進行して、フリーター・ニート・不登校・ひきこもり・パラサイト・ボーダーライン・摂食障害・薬物乱用などに苦しむ若者が急増する時代状況を理解することが求められているのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月14日木曜日
価値観を押し付けたことに気づいた
価値観は、一人ひとり違って当然なのですが、時代や文化などによって、傾向というものが現れます。
戦後世代が多数を占める現代の親世代の価値観は、親の育った時代背景に影響され、経済中心主義、会社中心主義、学歴主義などです。しかも、「右肩上がり」に努力が報われると信じる価値観を共有しています。
ひきこもりの発生する家庭の7割が、会社員・公務員などの中産階級です。
職業別人口比率からすれば、特別に、この階級の家庭にひきこもりが多いと言えないかもしれませんが、特徴的なことは、この階級は学歴や能力で、出世や給料が決まるということです。
つまり、この階級は、時代を反映した価値観(学齢・経済・努力報われ型)を持っていると言って良いと思います。
当事者たちは、親の価値観の中で育ち、そして縛られています。
小中学、高校、大学、社会人のどの段階からの不登校や不出社によるひきこもりでも、親の価値観で正直に生きたために失敗した、と感じているのです。
かと言って、自分自身の価値基準を持っているわけでもないのです。と言うより、代わりの基準を形成できる状況にないと言えます。
つまり、親の価値観で生き、その価値観でつまずいても、代わりの価値観を持ち得ないことが、ひきこもりの特徴なのです。その結果、ひきこもって依存することしか、なくなってしまうのです。
親に必要なのは、自分の価値基準を当事者に押し付けてきたことの振り返りです。親が自分自身の価値観の縛りをゆるめることが、当事者のひきこもりからの解放につながるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
戦後世代が多数を占める現代の親世代の価値観は、親の育った時代背景に影響され、経済中心主義、会社中心主義、学歴主義などです。しかも、「右肩上がり」に努力が報われると信じる価値観を共有しています。
ひきこもりの発生する家庭の7割が、会社員・公務員などの中産階級です。
職業別人口比率からすれば、特別に、この階級の家庭にひきこもりが多いと言えないかもしれませんが、特徴的なことは、この階級は学歴や能力で、出世や給料が決まるということです。
つまり、この階級は、時代を反映した価値観(学齢・経済・努力報われ型)を持っていると言って良いと思います。
当事者たちは、親の価値観の中で育ち、そして縛られています。
小中学、高校、大学、社会人のどの段階からの不登校や不出社によるひきこもりでも、親の価値観で正直に生きたために失敗した、と感じているのです。
かと言って、自分自身の価値基準を持っているわけでもないのです。と言うより、代わりの基準を形成できる状況にないと言えます。
つまり、親の価値観で生き、その価値観でつまずいても、代わりの価値観を持ち得ないことが、ひきこもりの特徴なのです。その結果、ひきこもって依存することしか、なくなってしまうのです。
親に必要なのは、自分の価値基準を当事者に押し付けてきたことの振り返りです。親が自分自身の価値観の縛りをゆるめることが、当事者のひきこもりからの解放につながるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月13日水曜日
タイミングを得ることにした
親が、親の会などに参加して変化することによって、ひきこもっている当事者にも変化が生じます。親が変化すれば、当事者も変化します。
(1)当事者は、好き好んでひきこもっているのではありません。
脱出できた当事者たちは、「きっかけがなかった」「暗闇をひとりぼっちで歩いていた」「どうしようもなかった」などと、好き好んでひきこもっていたのではない気持ちを語っています。
ひきこもる若者は、基本的には「出たい」のであり、きっかけがあれば、出ることができるのです。親の取り組みや第三者の対応は、そのきっかけを作るためにあるのです。
(2)親に対する矛盾した気持ち(アンビバレンス)は、親への期待の表明です。
威圧行為・衝動行為から暴言・暴力に至るまで、当事者には親を苦しめるような、さまざまな言動があります。しかし、親はこれをただ恐怖に感じておびえるだけでは不十分です。
これらの言動は、「何とかして欲しい」という気持ちの表れです。本心では、親に期待しているのであり、その期待をうまく表現できないために、行動として出てくるのです。
自力ではいかんともしがたい場合に、親の力や協力を期待するのであり、問題行動の裏に「SOS」の気持ちがあるのは明らかです。
腹のくくれない親、表現が未熟な子、親子のすれ違いという3要素が、ひきこもりを長びかせていると言えるのです。
(3)当事者は、希望と可能性を求めています。
親がある程度の冷静さと確信を持てた場合に、タイミングを見計らって、当事者に親の取り組みについて説明すると良いでしょう。
NPO・フリースペース・居場所などは、「希望と可能性の場所」として、当事者に伝えてあげてください。親が、居場所参加の声かけをして、当事者と一緒に出かけるのです。
一度断られたり拒否されたくらいで、あきらめる必要はありません。当事者の気分や体調を見ながら、何回でも誘うことです。誠意は、必ず伝わるものです。
(4)動き出す当事者には、親の支えが必要になります。
当事者が一回、家を出ただけで、「これで万事うまくいった」と思わないでください。親は、当事者の歩みと共に、親の会などで取り組みを続けていく必要があります。
なぜなら、子供が社会的な発達を停止していた場合は、共依存によって、親の社会性も停止していた可能性があるからです。長年の悩みの中で、社会生活する余裕を失っていた可能性も考えられます。
今となっては古めかしい親の経済主義・学歴主義・世間体主義などの価値観が問題解決を阻んできたことを振り返って、親子で新しい人生を生きるにはどうしたら良いか検討する必要があります。
まず、親が変わりましょう。そのことが、ひきこもり当事者に「あるがままから」「今ここから」という感覚を持たせ、必要な回復と成長へとつながるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
(1)当事者は、好き好んでひきこもっているのではありません。
脱出できた当事者たちは、「きっかけがなかった」「暗闇をひとりぼっちで歩いていた」「どうしようもなかった」などと、好き好んでひきこもっていたのではない気持ちを語っています。
ひきこもる若者は、基本的には「出たい」のであり、きっかけがあれば、出ることができるのです。親の取り組みや第三者の対応は、そのきっかけを作るためにあるのです。
(2)親に対する矛盾した気持ち(アンビバレンス)は、親への期待の表明です。
威圧行為・衝動行為から暴言・暴力に至るまで、当事者には親を苦しめるような、さまざまな言動があります。しかし、親はこれをただ恐怖に感じておびえるだけでは不十分です。
これらの言動は、「何とかして欲しい」という気持ちの表れです。本心では、親に期待しているのであり、その期待をうまく表現できないために、行動として出てくるのです。
自力ではいかんともしがたい場合に、親の力や協力を期待するのであり、問題行動の裏に「SOS」の気持ちがあるのは明らかです。
腹のくくれない親、表現が未熟な子、親子のすれ違いという3要素が、ひきこもりを長びかせていると言えるのです。
(3)当事者は、希望と可能性を求めています。
親がある程度の冷静さと確信を持てた場合に、タイミングを見計らって、当事者に親の取り組みについて説明すると良いでしょう。
NPO・フリースペース・居場所などは、「希望と可能性の場所」として、当事者に伝えてあげてください。親が、居場所参加の声かけをして、当事者と一緒に出かけるのです。
一度断られたり拒否されたくらいで、あきらめる必要はありません。当事者の気分や体調を見ながら、何回でも誘うことです。誠意は、必ず伝わるものです。
(4)動き出す当事者には、親の支えが必要になります。
当事者が一回、家を出ただけで、「これで万事うまくいった」と思わないでください。親は、当事者の歩みと共に、親の会などで取り組みを続けていく必要があります。
なぜなら、子供が社会的な発達を停止していた場合は、共依存によって、親の社会性も停止していた可能性があるからです。長年の悩みの中で、社会生活する余裕を失っていた可能性も考えられます。
今となっては古めかしい親の経済主義・学歴主義・世間体主義などの価値観が問題解決を阻んできたことを振り返って、親子で新しい人生を生きるにはどうしたら良いか検討する必要があります。
まず、親が変わりましょう。そのことが、ひきこもり当事者に「あるがままから」「今ここから」という感覚を持たせ、必要な回復と成長へとつながるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月12日火曜日
仲間の必要性を理解した
親の会活動が有効な集まりになるためには、会員同士が互いの事情の違いにとらわれることなく、共通点を認め合うことが必要になります。
他人の話を「刺激」として取り入れ、問題解決のための「肥やし」として生かしていく姿勢も大切になります。
成功談にも失敗談にも不快な話にも耳を傾け、自己の方法に取り込んでいくことが、当事者を動かす力につながると言えます。このような交流から、親同士の仲間意識ができてくるのです。
親の会や家族教室を転々とすることには問題があります。会が違えば、成立や方法論が異なります。方法をあれこれ変えると、当事者に対する一貫した働きかけができなくなります。
うまくいく親の会は、当事者が参加できる居場所や就労訓練の場まで創り出す力を持つようになります。転々とすることは、取り組みの表面をかすめるだけとなり、問題解決につながらないのです。
互いの安心だけを大切にしてつながるサロンのような集まりもあります。この場合には、親たちが仲良くなるだけでなく、親と当事者も仲良くなって、平和な家庭に見えるようになります。
しかし、当事者の社会参加が進まないままに、親と当事者双方の高齢化が進むので、親の気持ちは複雑です。
当事者が社会に出ないまま、親子関係が安定することは、誤りではないのですが、「親亡き後」に関する親の心配は、消えないままなのです。
気心の知れた者同士で「仲良しグループ」を作るやり方は、癒し・安心から、刺激・勇気へと進めて、変化をうながす活動スタイルとは、目的と結果が違ってくるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
他人の話を「刺激」として取り入れ、問題解決のための「肥やし」として生かしていく姿勢も大切になります。
成功談にも失敗談にも不快な話にも耳を傾け、自己の方法に取り込んでいくことが、当事者を動かす力につながると言えます。このような交流から、親同士の仲間意識ができてくるのです。
親の会や家族教室を転々とすることには問題があります。会が違えば、成立や方法論が異なります。方法をあれこれ変えると、当事者に対する一貫した働きかけができなくなります。
うまくいく親の会は、当事者が参加できる居場所や就労訓練の場まで創り出す力を持つようになります。転々とすることは、取り組みの表面をかすめるだけとなり、問題解決につながらないのです。
互いの安心だけを大切にしてつながるサロンのような集まりもあります。この場合には、親たちが仲良くなるだけでなく、親と当事者も仲良くなって、平和な家庭に見えるようになります。
しかし、当事者の社会参加が進まないままに、親と当事者双方の高齢化が進むので、親の気持ちは複雑です。
当事者が社会に出ないまま、親子関係が安定することは、誤りではないのですが、「親亡き後」に関する親の心配は、消えないままなのです。
気心の知れた者同士で「仲良しグループ」を作るやり方は、癒し・安心から、刺激・勇気へと進めて、変化をうながす活動スタイルとは、目的と結果が違ってくるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月11日月曜日
癒しと刺激と勇気を得た
親の会参加の当初の目的は、癒しと安心を得ることにあります。
「自分たちだけではない」ことに気づくことで、孤立感をのがれることができます。だれにも話さなかった長年の思いを人前で打ち明けることは、気持ちを軽くしてくれます。
次の段階では、成功談や失敗談を聞いて、刺激を受けることが大切です。刺激を受けられない場合は、個人の取り組みや親の会活動が停滞することになります。
問題解決のためには、さらに「勇気」が必要になってきます。互いに口をきかない親子関係はこじれきって、双方の「勇気」は凍りついています。
このような状態から居場所に参加させるためには、まず親の勇気が求められるのです。親が勇気を出せないときに、当事者は勇気の出しようがありません。
わが子に勇気を求めるならば、まず親が勇気を示すことです。これは、認知行動療法でいう「モデリング」(お手本)に相当する方法です。
適応主義によって生活を維持してきた点で、両親の考え方は、共通しています。
適応主義は、世間体に合わせ、右肩上がりに上昇し、子供に「同じ生活水準」(世襲)を期待するという、総中流社会の価値観ということができます。
適応主義の時代には、周囲と同じ生き方をすればよく、「勇気」などという概念は不要だったのです。勇気が社会的に不要な概念ならば、若者が勇気を出すことが苦手になっても不思議ではありません。
「勇気の出し方を知らなかったから、ひきこもった」ということもできるのです。
しかし、親が勇気を出すならば、それは当事者に伝わって、当事者も勇気を出せるようになります。なぜなら、親と子は、心理的な共同体を形成していて、心理的な一体感があるからです。
わが子に勇気を求めるならば、まずは親が勇気を出してみることです。親の会・家族教室などに参加して仲間を得る中で、その勇気はよみがえるのです。
「創造と勇気」(ロロ・メイ)という言葉があります。ひきこもりから脱して新しい状態を創造するためには、「勇気」がキーワードとなることは間違いありません。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
「自分たちだけではない」ことに気づくことで、孤立感をのがれることができます。だれにも話さなかった長年の思いを人前で打ち明けることは、気持ちを軽くしてくれます。
次の段階では、成功談や失敗談を聞いて、刺激を受けることが大切です。刺激を受けられない場合は、個人の取り組みや親の会活動が停滞することになります。
問題解決のためには、さらに「勇気」が必要になってきます。互いに口をきかない親子関係はこじれきって、双方の「勇気」は凍りついています。
このような状態から居場所に参加させるためには、まず親の勇気が求められるのです。親が勇気を出せないときに、当事者は勇気の出しようがありません。
わが子に勇気を求めるならば、まず親が勇気を示すことです。これは、認知行動療法でいう「モデリング」(お手本)に相当する方法です。
適応主義によって生活を維持してきた点で、両親の考え方は、共通しています。
適応主義は、世間体に合わせ、右肩上がりに上昇し、子供に「同じ生活水準」(世襲)を期待するという、総中流社会の価値観ということができます。
適応主義の時代には、周囲と同じ生き方をすればよく、「勇気」などという概念は不要だったのです。勇気が社会的に不要な概念ならば、若者が勇気を出すことが苦手になっても不思議ではありません。
「勇気の出し方を知らなかったから、ひきこもった」ということもできるのです。
しかし、親が勇気を出すならば、それは当事者に伝わって、当事者も勇気を出せるようになります。なぜなら、親と子は、心理的な共同体を形成していて、心理的な一体感があるからです。
わが子に勇気を求めるならば、まずは親が勇気を出してみることです。親の会・家族教室などに参加して仲間を得る中で、その勇気はよみがえるのです。
「創造と勇気」(ロロ・メイ)という言葉があります。ひきこもりから脱して新しい状態を創造するためには、「勇気」がキーワードとなることは間違いありません。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月10日日曜日
夫婦で取り組むことにした
ひきこもりの本質は「孤立」です。当事者は、社会からの孤立に加えて、親や家族からも孤立しています。
当事者の孤立に加えて、実際には親の側も孤立しています。親の側も、だれにも相談できない、支援を受けられない状況下で、強いストレスにさらされています。
過労から無感動・無気力となり、うつ病に陥ってしまうこともあるのです。
しかし、ひきこもり状態を観察することによって、問題解決のヒントを得ることもできます。すなわち、孤立とは反対に、「力を合わせる方向へ転換すること」が解決へとつながるということです。
妻のみが孤立に苦しむ場合は、夫と共に、夫婦で取り組むように方向転換することです。これによって、妻の孤立は解消されます。
次にすべきことは、家族内に問題をとどめることをやめて、複数家族の集まりである「親の会」などに参加することです。
遠慮しないで親族に打ち明け、病院・NPO・居場所のリーダー・公的な機関などにも相談します。かかわりの輪を広げて大勢で対応することは、問題の解決に力を与えてくれるのです。
身内が近くにいない場合は、医療・公的機関・NPOなどによって輪を作ります。このようにして、一種のプロジェクト・チームが出来上がります。
医療やNPOが中核にいる場合に、チームの力はさらに強化されます。これは、ひと社会の共同体的なつながりを活用する動きと言えます。
周囲が動き出すと、衝動的な言動が減少するという形で、当事者に影響が出てきます。
当事者が、「きっかけがない」「どうにもならない」気持ちにいる場合に、たとえ当惑はあっても、周囲の取り組みに悪い気はしないものです。
大勢の人の動きを感じることによって、とりあえず出てみる勇気も刺激されるのです。
当事者の「出てみる勇気」を実現させるためには、参加する居場所・NPO・フリースペースなどが確保されていることが大切な条件となります。
このように、ひきこもり問題解決のためには、母親単独から夫婦へ、夫婦から親族全体、知り合い全体へ、さらに専門家へと、取り組みの輪を広げることが必要になります。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
当事者の孤立に加えて、実際には親の側も孤立しています。親の側も、だれにも相談できない、支援を受けられない状況下で、強いストレスにさらされています。
過労から無感動・無気力となり、うつ病に陥ってしまうこともあるのです。
しかし、ひきこもり状態を観察することによって、問題解決のヒントを得ることもできます。すなわち、孤立とは反対に、「力を合わせる方向へ転換すること」が解決へとつながるということです。
妻のみが孤立に苦しむ場合は、夫と共に、夫婦で取り組むように方向転換することです。これによって、妻の孤立は解消されます。
次にすべきことは、家族内に問題をとどめることをやめて、複数家族の集まりである「親の会」などに参加することです。
遠慮しないで親族に打ち明け、病院・NPO・居場所のリーダー・公的な機関などにも相談します。かかわりの輪を広げて大勢で対応することは、問題の解決に力を与えてくれるのです。
身内が近くにいない場合は、医療・公的機関・NPOなどによって輪を作ります。このようにして、一種のプロジェクト・チームが出来上がります。
医療やNPOが中核にいる場合に、チームの力はさらに強化されます。これは、ひと社会の共同体的なつながりを活用する動きと言えます。
周囲が動き出すと、衝動的な言動が減少するという形で、当事者に影響が出てきます。
当事者が、「きっかけがない」「どうにもならない」気持ちにいる場合に、たとえ当惑はあっても、周囲の取り組みに悪い気はしないものです。
大勢の人の動きを感じることによって、とりあえず出てみる勇気も刺激されるのです。
当事者の「出てみる勇気」を実現させるためには、参加する居場所・NPO・フリースペースなどが確保されていることが大切な条件となります。
このように、ひきこもり問題解決のためには、母親単独から夫婦へ、夫婦から親族全体、知り合い全体へ、さらに専門家へと、取り組みの輪を広げることが必要になります。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月9日土曜日
家族の閉鎖性・密室性を避けた
親の会に参加する8割が母親なのに対して、父親の参加率が低いことが、問題の本質を示してくれます。
父親の参加が少ない理由は、第一に「世間体が悪い」ためです。近隣や会社の同僚に秘密にすることはもちろん、親族にも、ひきこもりに困っていることを知らせないのです。
もう一つの理由は、子育てを妻任せにしてきた経緯から、問題を妻任せにしてしまうことです。
これらが、親の会に父親が出席しない主たる理由となります。父親が取り組まない場合には、母親がひきこもる当事者と1対1で向き合うしかなくなるのです。
当事者の身体が母親より大きくなると、母親ひとりでの対応は難しくなります。長ずるに従って体力もかなわなくなりますので、母親は懇願・哀願を繰り返すしかなく、無視されてしまうのです。
父親も、長い間の妻任せのために、成人した息子らとの向き合い方や会話の仕方がわからなくなっています。その結果、怒鳴って威圧するしか手立てがなくなるのです。
問題を外に出さないで解決しようとする、日本家庭の「密室性」が、一家心中などの悲劇の原因になります。長期ひきこもりや障害者を抱えた家族の悲劇が続いています。
家庭という密室で何とかしようとする限り、問題解決は進まないばかりか、ひきこもり問題を長引かせ、こじれさせる原因になるのです。
大家族が村落に向かって開かれていた時代は、もはや過去となりました。
核家族が孤立して閉じている現代では、家族内の問題解決能力は低下しており、家族自体が壊れやすい状況に瀕していると言えます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
父親の参加が少ない理由は、第一に「世間体が悪い」ためです。近隣や会社の同僚に秘密にすることはもちろん、親族にも、ひきこもりに困っていることを知らせないのです。
もう一つの理由は、子育てを妻任せにしてきた経緯から、問題を妻任せにしてしまうことです。
これらが、親の会に父親が出席しない主たる理由となります。父親が取り組まない場合には、母親がひきこもる当事者と1対1で向き合うしかなくなるのです。
当事者の身体が母親より大きくなると、母親ひとりでの対応は難しくなります。長ずるに従って体力もかなわなくなりますので、母親は懇願・哀願を繰り返すしかなく、無視されてしまうのです。
父親も、長い間の妻任せのために、成人した息子らとの向き合い方や会話の仕方がわからなくなっています。その結果、怒鳴って威圧するしか手立てがなくなるのです。
問題を外に出さないで解決しようとする、日本家庭の「密室性」が、一家心中などの悲劇の原因になります。長期ひきこもりや障害者を抱えた家族の悲劇が続いています。
家庭という密室で何とかしようとする限り、問題解決は進まないばかりか、ひきこもり問題を長引かせ、こじれさせる原因になるのです。
大家族が村落に向かって開かれていた時代は、もはや過去となりました。
核家族が孤立して閉じている現代では、家族内の問題解決能力は低下しており、家族自体が壊れやすい状況に瀕していると言えます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月8日金曜日
訪問支援員、訪問サポート士
ひきこもり対応には、NPO、居場所などに連れて行くシステムと、当事者や親を訪問して変化をうながすシステムとに大別されます。
医療の「待機する」特性と、「訪問する」活動がリンクすることによって、ひきこもりへの対応は最も有効になるのです。
訪問活動は、問題解決の糸口に位置づけられ、今後も増えることが見込まれます。親の会では、訪問サポート士の養成を行っています。
埼玉県など地方自治体による訪問支援員の養成が行われているケースもあります。若者サポートステーションからの訪問員の養成も開始される見通しです。
訪問支援・訪問サポートによって実効を上げるためには、訪問経験を積み重ねる必要があると言えます。
この点で、精神障害・知的障害施設の勤務経験者、親の会活動の経験者、居場所活動をする元当事者などは、格好の人材として期待されます。
訪問活動において留意すべき点は、訪問初期に衝動行為の有無を見分けること、精神病性のひきこもりを把握すること、訪問活動が奏功しない場合にも「契約の履行がなされること」の確認などです。
訪問支援・訪問サポート活動では、NPO・医療・公的機関などとの相互連携が欠かせないと言えます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
医療の「待機する」特性と、「訪問する」活動がリンクすることによって、ひきこもりへの対応は最も有効になるのです。
訪問活動は、問題解決の糸口に位置づけられ、今後も増えることが見込まれます。親の会では、訪問サポート士の養成を行っています。
埼玉県など地方自治体による訪問支援員の養成が行われているケースもあります。若者サポートステーションからの訪問員の養成も開始される見通しです。
訪問支援・訪問サポートによって実効を上げるためには、訪問経験を積み重ねる必要があると言えます。
この点で、精神障害・知的障害施設の勤務経験者、親の会活動の経験者、居場所活動をする元当事者などは、格好の人材として期待されます。
訪問活動において留意すべき点は、訪問初期に衝動行為の有無を見分けること、精神病性のひきこもりを把握すること、訪問活動が奏功しない場合にも「契約の履行がなされること」の確認などです。
訪問支援・訪問サポート活動では、NPO・医療・公的機関などとの相互連携が欠かせないと言えます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月7日木曜日
居場所、フリースペース、自助グループ
居場所は、当事者が参加する場所という機能を持っており、ひきこもり対応に欠かすことができない存在です。
親の会に居場所が併設された場合には、親が、居場所参加の声かけをして、当事者と一緒に出かけることになります。
居場所・フリースペース・NPOなどの情報は、前もって与えておくことが大切です。新聞・TV・インターネットなどからの情報によって、当事者は居場所へ参加しやすくなります。
しかし、それらに興味を持たない場合は、情報不足となります。
インターネットに興味がないままに13年間ひきこもった青年は、「きっかけがなかった」と述べました。
11年ひきこもった青年は、「どこへ行ったら良いか、わからなかった」と述べましたが、この青年もパソコンを使えなかったのです。
情報がある場合は、当事者が動きだす可能性が高くなります。「参加できる場所さえあれば、参加したい」というのが、彼らの本音なのです。
居場所などへの参加期間は必要なだけとり、体力とコミュニケーションの回復から開始することが良いと言えます。居場所では、年齢のへだてなく、おしゃべりなどの交流をします。
居場所の中で、当事者は「決して遅れているのではない」ことに気づきます。
みんなが同じ悩みや課題を抱えていることを知り、先行く経験者や仲間のうまくいった体験や悪戦苦闘ぶりを見聞きしながら、自分も勇気を出してみようという気持ちが起きてきます。
有効に機能する居場所では、「ひきこもりは必要であったこと」「むだな時間ではなかったこと」「今ここから大切にすること」「人生はいつからでもスタート」などという認知が得られていきます。
「むだな時間だった」というマイナス思考を乗り越えるためには、「人生はいつからでもスタート」という前向きの認識が有効なのです。
「何もなかった時より、良いことも辛いこともある今の方が良い」と思えることが、リバウンド(逆戻り)を防いでくれます。
競争社会に傷つき、生き方にさまよう若者たちの自己回復の場である居場所・フリースペース・自助グループは、今日の社会において、さらに拡がることが求められています。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
親の会に居場所が併設された場合には、親が、居場所参加の声かけをして、当事者と一緒に出かけることになります。
居場所・フリースペース・NPOなどの情報は、前もって与えておくことが大切です。新聞・TV・インターネットなどからの情報によって、当事者は居場所へ参加しやすくなります。
しかし、それらに興味を持たない場合は、情報不足となります。
インターネットに興味がないままに13年間ひきこもった青年は、「きっかけがなかった」と述べました。
11年ひきこもった青年は、「どこへ行ったら良いか、わからなかった」と述べましたが、この青年もパソコンを使えなかったのです。
情報がある場合は、当事者が動きだす可能性が高くなります。「参加できる場所さえあれば、参加したい」というのが、彼らの本音なのです。
居場所などへの参加期間は必要なだけとり、体力とコミュニケーションの回復から開始することが良いと言えます。居場所では、年齢のへだてなく、おしゃべりなどの交流をします。
居場所の中で、当事者は「決して遅れているのではない」ことに気づきます。
みんなが同じ悩みや課題を抱えていることを知り、先行く経験者や仲間のうまくいった体験や悪戦苦闘ぶりを見聞きしながら、自分も勇気を出してみようという気持ちが起きてきます。
有効に機能する居場所では、「ひきこもりは必要であったこと」「むだな時間ではなかったこと」「今ここから大切にすること」「人生はいつからでもスタート」などという認知が得られていきます。
「むだな時間だった」というマイナス思考を乗り越えるためには、「人生はいつからでもスタート」という前向きの認識が有効なのです。
「何もなかった時より、良いことも辛いこともある今の方が良い」と思えることが、リバウンド(逆戻り)を防いでくれます。
競争社会に傷つき、生き方にさまよう若者たちの自己回復の場である居場所・フリースペース・自助グループは、今日の社会において、さらに拡がることが求められています。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月6日水曜日
保健所、精神保健福祉センター
保健所、精神保健福祉センターなどの公的機関には、民間機関が未発達な地域での中核的な役割、家族教室による親への心理教育、困難なケースへの介入などが求められます。
ひきこもり対応の力をつけるためには数年を要しますが、転勤の壁を越えて、対応の経験をどのように伝達していくかがポイントになります。
民間機関が活発な地域においては、公的機関の反応は今ひとつとなりがちです。重点がニート対策におかれて、ひきこもり、困難ケースは手つかずのままの地域もあります。
電話相談やメール相談の効果を挙げるためには、当事者を居場所へつなげる工夫が求められています。
山口県や愛知県のように、精神保健福祉センターなどの期間が中核的機能を発揮して、NPO、親の会
の連携が進んでいる地域もあります。
公的機関には、親たちや民間の力が及ばない状況や困難なケースに対して取り組むことも求められています。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
ひきこもり対応の力をつけるためには数年を要しますが、転勤の壁を越えて、対応の経験をどのように伝達していくかがポイントになります。
民間機関が活発な地域においては、公的機関の反応は今ひとつとなりがちです。重点がニート対策におかれて、ひきこもり、困難ケースは手つかずのままの地域もあります。
電話相談やメール相談の効果を挙げるためには、当事者を居場所へつなげる工夫が求められています。
山口県や愛知県のように、精神保健福祉センターなどの期間が中核的機能を発揮して、NPO、親の会
の連携が進んでいる地域もあります。
公的機関には、親たちや民間の力が及ばない状況や困難なケースに対して取り組むことも求められています。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月5日火曜日
親の会
ひきこもり当事者を抱える家族を「ひきこもり家族」と呼びます。「親の会」は、ひきこもり家族の親たちによって構成される任意団体です。
「親の会」の意義は、活動を通じて、親たちが「癒し・安心・刺激・勇気」を得られることにあります。
(1)親の会に参加することは、自分たちと似た状況の人とかかわることになります。互いの話を聞く中で、他人が同じ問題を抱えていることを知ることができます。親たちが出会うことは、孤立感を乗り越えさせてくれる大きな力となるのです。
(2)先に親の会に参加して問題への対処が進んでいる人・対処中の人からも、対処の仕方を学ぶことができます。ひきこもりに関する実際的な知識を得ることができるのです。
(3)親たちがさまざまな工夫を凝らす中で、当事者たちが居場所に参加してくるようになります。その成功を見て、自分もうまくいくという見通しを立てることができます。
(4)親の会での活動を通じて、自分や社会の状況にチャレンジすることができるようになります。この段階になりますと、どうしようもない無力さにとらわれていた頃の気持ちと大きく変わってきます。
(5)親の会の合間に、互いに助け合い、サポートすることができるようになります。活動を通じて、同年代の多くの仲間ができます。
特に、会社生活の中で地域とのつながりを見失って孤立していた父親たちにとって、新たに仲間ができることは得がたい経験になります。
わが子との会話ができない父親もいますが、肩書きや会社名を利かせた付き合いから、本音トークによる付き合いに転じることは、会話や対話の力をつけてくれます。
現代社会の個人を孤立させる病理は、ひきこもりの原因にもなっています。ひきこもりは、単なる個人の問題ではなく、社会の問題ということができるのです。
親たちも、競争主義の中で孤立させられています。親が孤立から脱却し始めたとき、当事者の孤立からの脱出が始まるということができます。
親の会で、苦労話・体験談を聞いたり語ったりすることは、癒しを与えてくれ、疲れや無力感は軽くなります。他人事として受け止めてきた父親には、問題の重大性に気づく機会になります。
肩書きを越えた仲間意識が芽生えてきます。刺激を受け、取り組む勇気を得ることができます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
「親の会」の意義は、活動を通じて、親たちが「癒し・安心・刺激・勇気」を得られることにあります。
(1)親の会に参加することは、自分たちと似た状況の人とかかわることになります。互いの話を聞く中で、他人が同じ問題を抱えていることを知ることができます。親たちが出会うことは、孤立感を乗り越えさせてくれる大きな力となるのです。
(2)先に親の会に参加して問題への対処が進んでいる人・対処中の人からも、対処の仕方を学ぶことができます。ひきこもりに関する実際的な知識を得ることができるのです。
(3)親たちがさまざまな工夫を凝らす中で、当事者たちが居場所に参加してくるようになります。その成功を見て、自分もうまくいくという見通しを立てることができます。
(4)親の会での活動を通じて、自分や社会の状況にチャレンジすることができるようになります。この段階になりますと、どうしようもない無力さにとらわれていた頃の気持ちと大きく変わってきます。
(5)親の会の合間に、互いに助け合い、サポートすることができるようになります。活動を通じて、同年代の多くの仲間ができます。
特に、会社生活の中で地域とのつながりを見失って孤立していた父親たちにとって、新たに仲間ができることは得がたい経験になります。
わが子との会話ができない父親もいますが、肩書きや会社名を利かせた付き合いから、本音トークによる付き合いに転じることは、会話や対話の力をつけてくれます。
現代社会の個人を孤立させる病理は、ひきこもりの原因にもなっています。ひきこもりは、単なる個人の問題ではなく、社会の問題ということができるのです。
親たちも、競争主義の中で孤立させられています。親が孤立から脱却し始めたとき、当事者の孤立からの脱出が始まるということができます。
親の会で、苦労話・体験談を聞いたり語ったりすることは、癒しを与えてくれ、疲れや無力感は軽くなります。他人事として受け止めてきた父親には、問題の重大性に気づく機会になります。
肩書きを越えた仲間意識が芽生えてきます。刺激を受け、取り組む勇気を得ることができます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月4日月曜日
NPO
だれも取り組まない困難な「ひきこもり対応」を、長年にわたって行ってきたNPOは、「時代のさきがけ」として高く評価されます。
多くのNPOが、ニート対策の上で「若者自立塾」として、行政から認知されました。しかし、若者自立塾に「目標達成」「期間制限」が課せられたことには疑問が寄せられています。
ひきこもり外来の経験から、当事者に「必要なだけのウォーミング・アップ機関を与えること」が最も良い結果につながるからです。
行政の関与を嫌って、自立塾に参加しないNPO・非NPOも多く、「手作りのひきこもり対応」を続けています。
NPOは、訪問事業から生活訓練・就労トレーニングまで、さまざまな手段を組み合わせて、ひきこもり・ニート対応を行っています。
しかし、いくつかの問題点と限界を示すNPOもあります。
第一に、取り扱う対象に限界があることです。10年以上のケースや精神科薬を服薬中のケースに対応しないとすることは、NPOの自己防衛策として止むを得ないと思われます。
NPO によるひきこもり対応に一定の限界がある以上、10年以上、35歳以上、小中学不登校からの長期ケース、暴力のきわだつケース、ひとり親ケースなどの困難な事例に、公的機関や医療の関与が求められるのは必然的になります。
第二に、NPOの場合に、必要経費が月当たり15万円~20万円前後とかさむことです。若者自立塾では「低所得層」に半額補助が国庫から出るのですが、それでも10万円台に達します。
これは、親の年金や一般労働者の所得からみると、法外な額と言えます。
第三に、医療との連携がない場合は、心身状態の把握と管理が不十分になることです。ひきこもることによって統合失調症発病を免れているケースでは、対人場面に引き出すことが発症につながることもあるのです。医療との連携を進めることで、NPOの評価が高まることは当然と言えます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
多くのNPOが、ニート対策の上で「若者自立塾」として、行政から認知されました。しかし、若者自立塾に「目標達成」「期間制限」が課せられたことには疑問が寄せられています。
ひきこもり外来の経験から、当事者に「必要なだけのウォーミング・アップ機関を与えること」が最も良い結果につながるからです。
行政の関与を嫌って、自立塾に参加しないNPO・非NPOも多く、「手作りのひきこもり対応」を続けています。
NPOは、訪問事業から生活訓練・就労トレーニングまで、さまざまな手段を組み合わせて、ひきこもり・ニート対応を行っています。
しかし、いくつかの問題点と限界を示すNPOもあります。
第一に、取り扱う対象に限界があることです。10年以上のケースや精神科薬を服薬中のケースに対応しないとすることは、NPOの自己防衛策として止むを得ないと思われます。
NPO によるひきこもり対応に一定の限界がある以上、10年以上、35歳以上、小中学不登校からの長期ケース、暴力のきわだつケース、ひとり親ケースなどの困難な事例に、公的機関や医療の関与が求められるのは必然的になります。
第二に、NPOの場合に、必要経費が月当たり15万円~20万円前後とかさむことです。若者自立塾では「低所得層」に半額補助が国庫から出るのですが、それでも10万円台に達します。
これは、親の年金や一般労働者の所得からみると、法外な額と言えます。
第三に、医療との連携がない場合は、心身状態の把握と管理が不十分になることです。ひきこもることによって統合失調症発病を免れているケースでは、対人場面に引き出すことが発症につながることもあるのです。医療との連携を進めることで、NPOの評価が高まることは当然と言えます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月3日日曜日
医療機関での治療
取り組みの拠点として医療が存在することの意義は、「ひきこもり外来」の有効性が証明しています。一般外来の合間に開始された「ひきこもり外来」の当事者受診は、7年間に125名を数えました。
医療の利点は、ひきこもり状態が精神病性か否かの見立てを、迅速に行える点にあります。統合失調症とそれ以外のひきこもりでは、治療法が異なります。
ガイドライン(2003)に、「家族による自己診断を尊重する」という一項がありますが、ひきこもり外来の経験から、ひきこもり状態を抱える家族には、精神病性か否かを見分けることが困難であることが判明しました。
医者にとっても、親の話からだけでは、見立てのつかないことや、当事者を診ただけでも見当がつかないこともあるのです。
統合失調症の解体型を疑った19歳青年の場合は、抗うつ薬で改善を示したことから、うつ病と判明しました。
近所で悪口を言われていると興奮した40代男性は、一時的な幻覚妄想でした。
興奮状態の続いた30代女性は、親の意見に相違して、統合失調症と診断されました。
興奮状態によって入院した30代男性は、栄養障害からと思われる脳委縮と知的低下をきたしていました。
このように、社会生活が失われたケースでは、当事者を見立てることが専門家にすら困難な場合があるのです。
従って、単なる「社会的ひきこもり」として楽観的に訪問することが誤りであると共に、すべてを精神病のようにみなして危険視することも誤りなのです。
「社会的ひきこもり」という言葉を信じて、医師による診断や治療を不要なものと考え、家族教室に参加するうちに、統合失調症が進行してしまったケースもあります。
ひきこもりの開始(きっかけ、原因)が統合失調症による場合には、早期受診による病気の進行防止が大切になります。
ひきこもりを診療する医師が各地で増えています。ひきこもりの病理研究が進んで、治療の可能性が明らかにされることで、医療による対応はさらに広がると推測されます。
ひきこもりを治療可能なものと位置づけて、「ひきこもり対応ができる医療」を育てていく必要性は高いと思われます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
医療の利点は、ひきこもり状態が精神病性か否かの見立てを、迅速に行える点にあります。統合失調症とそれ以外のひきこもりでは、治療法が異なります。
ガイドライン(2003)に、「家族による自己診断を尊重する」という一項がありますが、ひきこもり外来の経験から、ひきこもり状態を抱える家族には、精神病性か否かを見分けることが困難であることが判明しました。
医者にとっても、親の話からだけでは、見立てのつかないことや、当事者を診ただけでも見当がつかないこともあるのです。
統合失調症の解体型を疑った19歳青年の場合は、抗うつ薬で改善を示したことから、うつ病と判明しました。
近所で悪口を言われていると興奮した40代男性は、一時的な幻覚妄想でした。
興奮状態の続いた30代女性は、親の意見に相違して、統合失調症と診断されました。
興奮状態によって入院した30代男性は、栄養障害からと思われる脳委縮と知的低下をきたしていました。
このように、社会生活が失われたケースでは、当事者を見立てることが専門家にすら困難な場合があるのです。
従って、単なる「社会的ひきこもり」として楽観的に訪問することが誤りであると共に、すべてを精神病のようにみなして危険視することも誤りなのです。
「社会的ひきこもり」という言葉を信じて、医師による診断や治療を不要なものと考え、家族教室に参加するうちに、統合失調症が進行してしまったケースもあります。
ひきこもりの開始(きっかけ、原因)が統合失調症による場合には、早期受診による病気の進行防止が大切になります。
ひきこもりを診療する医師が各地で増えています。ひきこもりの病理研究が進んで、治療の可能性が明らかにされることで、医療による対応はさらに広がると推測されます。
ひきこもりを治療可能なものと位置づけて、「ひきこもり対応ができる医療」を育てていく必要性は高いと思われます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月2日土曜日
第三者の存在を活用
ひきこもりに対する公的な支援は、長年にわたって、ほとんど存在しませんでした。親たちが、20年以上にわたって相談し続けたこととの落差には、驚かされるばかりです。
2000年前後から、「ゼロからのスタート」の形で、親、民間、公的機関の取り組みが開始されました。利用できるシステムは、当初とは違った様相を呈して拡大してきています。
1万近い家族の親の会が結成され、全国数百か所以上のNPO・非NPOが取り組み、居場所やフリースペースが各地に設置されてきました。
不登校対応から不登校・ひきこもり対応へと切り替える団体も増加中です。
若者自立塾に国の予算が投じられ、訪問支援員・訪問サポート士が、民間のみならず、公的にも育成される方向に来ています。
全体的に、問題解決の力量はいまだに不十分な段階にありますが、社会的な問題意識は強まっています。
2008年には、ひきこもりを抱えた家族の心中などの悲劇が発生しました。これらの悲劇を抑止し、社会不安が拡大することを視点は欠かせません。
あらゆる取り組みは、取り組まない状態に比べて、はるかに大きな「悲劇の抑止力」を持っていると言うことができます。
医療やNPOには、高度の拠点性があります。公的な機関の取り組みは、社会の偏見を乗り越える勇気を与えます。
居場所やフリースペースは、社会性の回復に有用です。親の会は、孤立から悲劇へと進行することを防ぐ最大の防波堤と言えるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2000年前後から、「ゼロからのスタート」の形で、親、民間、公的機関の取り組みが開始されました。利用できるシステムは、当初とは違った様相を呈して拡大してきています。
1万近い家族の親の会が結成され、全国数百か所以上のNPO・非NPOが取り組み、居場所やフリースペースが各地に設置されてきました。
不登校対応から不登校・ひきこもり対応へと切り替える団体も増加中です。
若者自立塾に国の予算が投じられ、訪問支援員・訪問サポート士が、民間のみならず、公的にも育成される方向に来ています。
全体的に、問題解決の力量はいまだに不十分な段階にありますが、社会的な問題意識は強まっています。
2008年には、ひきこもりを抱えた家族の心中などの悲劇が発生しました。これらの悲劇を抑止し、社会不安が拡大することを視点は欠かせません。
あらゆる取り組みは、取り組まない状態に比べて、はるかに大きな「悲劇の抑止力」を持っていると言うことができます。
医療やNPOには、高度の拠点性があります。公的な機関の取り組みは、社会の偏見を乗り越える勇気を与えます。
居場所やフリースペースは、社会性の回復に有用です。親の会は、孤立から悲劇へと進行することを防ぐ最大の防波堤と言えるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年8月1日金曜日
共依存の問題に気づいた
「共依存」という言葉がありますが、こじれながらしがみつく人間関係のあり方を「共依存」と言います。
依存(アディクション)は、一方向への極端な行動の偏りを指し示す言葉です。
依存には、「物質依存」(アルコール、薬物、摂食障害)、「過程依存」(買い物、ギャンブル、ゲーム)、「関係依存」(過剰、世話焼き、世話焼かれ)があります。
アルコール依存症の夫に仕える妻、摂食障害の娘の母親、ひきこもる息子と母親などの間にも、関係依存、過程依存、母子を中心とした共依存を見出すことができます。
ひきこもりの共依存は、母親の側からすれば、「自立して欲しいと望む反面、手放せないままに世話を焼き、面倒を見続けること」です。
当事者の側からすれば、「不本意であり出たいが、出られないので家や家族にしがみつき、依存しなければやっていけない」状況となります。
共依存は、ひきこもりを支えてしまい、長引かせる原因となります。
世話焼き行動が、本人の自立をうながすどころか、生活の自立を損なうことに気づかない母親が多いのです。
自立を支える方法がわからないので、すぐに「突き放した方がいいのですか?」という質問となります。父親はすべてを妻任せにすることによって、共依存にくみすることになります。
共依存による混乱から、親子ともども回復するポイントは、「当事者との距離の取り方を変える」ことにあります。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
依存(アディクション)は、一方向への極端な行動の偏りを指し示す言葉です。
依存には、「物質依存」(アルコール、薬物、摂食障害)、「過程依存」(買い物、ギャンブル、ゲーム)、「関係依存」(過剰、世話焼き、世話焼かれ)があります。
アルコール依存症の夫に仕える妻、摂食障害の娘の母親、ひきこもる息子と母親などの間にも、関係依存、過程依存、母子を中心とした共依存を見出すことができます。
ひきこもりの共依存は、母親の側からすれば、「自立して欲しいと望む反面、手放せないままに世話を焼き、面倒を見続けること」です。
当事者の側からすれば、「不本意であり出たいが、出られないので家や家族にしがみつき、依存しなければやっていけない」状況となります。
共依存は、ひきこもりを支えてしまい、長引かせる原因となります。
世話焼き行動が、本人の自立をうながすどころか、生活の自立を損なうことに気づかない母親が多いのです。
自立を支える方法がわからないので、すぐに「突き放した方がいいのですか?」という質問となります。父親はすべてを妻任せにすることによって、共依存にくみすることになります。
共依存による混乱から、親子ともども回復するポイントは、「当事者との距離の取り方を変える」ことにあります。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年7月31日木曜日
父性の敗北を認めた
父親が会社人間にならざるを得ない状況から、母子の過剰な結びつきに介入する機会が少なくなると、「父性の不在」が生じます。不正の不在は、母子密着をさらに増大させます。
子供の「反抗期」や思春期への対応ができないままに、家から足が遠のく父親も多いと言えます。
3世代家族の祖父母が実権を握って父親を「子供扱い」した結果に、父親の役割を発揮できない状況となって、子供の不登校につながるケースもあります。
フロイトは、「息子は父親との『エディプス葛藤』に敗北することによって社会化される」と述べました。
ユングも、「母性に保護されてきた子供を家庭から分断して社会に向かわせることは、父性の役割であると述べています。
過剰な保護を与えない父性の機能によって、子供は自立することを覚え、社会性を身につけていき、母性の過剰はそれらを妨げるのです。
父親が父性として機能するためには、父親が大人になっている必要があります。
男性がいつまでも子供扱いされる母性優位の社会では、伝統的に「父親」が育ちにくいということもできそうです。
戦後日本の核家族では、父親が家族から撤退して、子育てを妻任せとする風潮があって、母親の過保護・過干渉から、ひきこもり問題などが深刻化したということができます。
逆に、父親の過剰な圧力によって、言うことを聞かせようとすることはどうでしょうか?父親による圧力は、父性の復活のように見えます。
しかし、息子・娘との向き合い方を知らないという点で、過剰な圧力は、「妻任せ」の裏返しに過ぎないと言えます。
過剰な圧力は、過剰な反発やひきこもりの深刻化につながりやすいのです。
地元名士の父親に叱咤されて殺傷事件を生じたケース、亭主関白の父親が妻の意見を無視し続けた結果、身体障害に至ったケースなど、厳しい結果が生じています。
ひきこもり家庭に目立つ「父子の不仲」は、母子密着・父性機能の不全によって、若者の社会化がくすぶっている生々しい姿です。
父親には、わが子と向き合う必要を感じても、世間体や会社の目に縛られて、身動きができず、子供と向き合うことを先送りする傾向があります。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
子供の「反抗期」や思春期への対応ができないままに、家から足が遠のく父親も多いと言えます。
3世代家族の祖父母が実権を握って父親を「子供扱い」した結果に、父親の役割を発揮できない状況となって、子供の不登校につながるケースもあります。
フロイトは、「息子は父親との『エディプス葛藤』に敗北することによって社会化される」と述べました。
ユングも、「母性に保護されてきた子供を家庭から分断して社会に向かわせることは、父性の役割であると述べています。
過剰な保護を与えない父性の機能によって、子供は自立することを覚え、社会性を身につけていき、母性の過剰はそれらを妨げるのです。
父親が父性として機能するためには、父親が大人になっている必要があります。
男性がいつまでも子供扱いされる母性優位の社会では、伝統的に「父親」が育ちにくいということもできそうです。
戦後日本の核家族では、父親が家族から撤退して、子育てを妻任せとする風潮があって、母親の過保護・過干渉から、ひきこもり問題などが深刻化したということができます。
逆に、父親の過剰な圧力によって、言うことを聞かせようとすることはどうでしょうか?父親による圧力は、父性の復活のように見えます。
しかし、息子・娘との向き合い方を知らないという点で、過剰な圧力は、「妻任せ」の裏返しに過ぎないと言えます。
過剰な圧力は、過剰な反発やひきこもりの深刻化につながりやすいのです。
地元名士の父親に叱咤されて殺傷事件を生じたケース、亭主関白の父親が妻の意見を無視し続けた結果、身体障害に至ったケースなど、厳しい結果が生じています。
ひきこもり家庭に目立つ「父子の不仲」は、母子密着・父性機能の不全によって、若者の社会化がくすぶっている生々しい姿です。
父親には、わが子と向き合う必要を感じても、世間体や会社の目に縛られて、身動きができず、子供と向き合うことを先送りする傾向があります。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年7月30日水曜日
母子密着に気づいた
母親が専業主婦として家事・育児を担い、会社人間化した父親の不在の中では、母親の影響が圧倒的となって、「母子密着」が進行します。
ひきこもりのケースでは、母性の過剰による過保護・過干渉が多く見受けられます。
母親による長年の世話焼き行為は、ひきこもり生活を支え続けます。 社会性の発達が止まるどころか、幼児返りをしてしまう当事者までいるのです。
家にいる点と直接就労しない点で、ひきこもりと「専業主婦」の生活スタイルは類似しています。
父親が生きるためのモデルにならないままに、母親のあり方をモデルとして取り込んだとみられるひきこもりも存在するのです。
強迫性障害の30代男性は、不潔恐怖からスプーンに触れることができないという理由で、母親にスプーンで食事を与えさせていました。
40代の男性は、家事を一切したことがなく、自分のパンツすら洗ったことがありませんでした。 「自分の30年を返せ」と叫ぶ50代男性には、母親が添い寝してなだめていました。
これらのケースは、ひきこもりが母子密着と強く関連しているさまを示しています。
「息子・娘が大人にならない」ことを嘆きながら、片方で「息子・娘を子供扱いし続ける」矛盾したやり方、これを母子間の「共依存」ということができます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
ひきこもりのケースでは、母性の過剰による過保護・過干渉が多く見受けられます。
母親による長年の世話焼き行為は、ひきこもり生活を支え続けます。 社会性の発達が止まるどころか、幼児返りをしてしまう当事者までいるのです。
家にいる点と直接就労しない点で、ひきこもりと「専業主婦」の生活スタイルは類似しています。
父親が生きるためのモデルにならないままに、母親のあり方をモデルとして取り込んだとみられるひきこもりも存在するのです。
強迫性障害の30代男性は、不潔恐怖からスプーンに触れることができないという理由で、母親にスプーンで食事を与えさせていました。
40代の男性は、家事を一切したことがなく、自分のパンツすら洗ったことがありませんでした。 「自分の30年を返せ」と叫ぶ50代男性には、母親が添い寝してなだめていました。
これらのケースは、ひきこもりが母子密着と強く関連しているさまを示しています。
「息子・娘が大人にならない」ことを嘆きながら、片方で「息子・娘を子供扱いし続ける」矛盾したやり方、これを母子間の「共依存」ということができます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年7月29日火曜日
父性の不在と母性の過剰に気づいた
ひきこもりの家庭では、「会社人間の父親と専業主婦の母親」という組み合わせが多く見受けられますが、これは、高度経済成長時代の典型的な核家族を示す言葉として知られています。
この核家族においては、「父性の不在と母性の過剰」という問題が生じやすいことも指摘されてきました。
「父性」は、社会的な基準によって、ものごとを識別していく「父親」的機能のことであり、主に父親によって担われます。
「父性の不在」は、家庭内に父親的機能が不足することで、思春期・青年期に達した子供の社会化が進まない一因とされます。
「母性」は、子供を育てる情緒的な機能で、主に母親によって担われるとされます。「母性の過剰」とは、必要以上の囲い込み(過保護・過干渉)によって、子供の社会化を妨げる状況を言うのです。
父親が会社人間・仕事人間となって、家に生活費を入れるだけの存在になった場合には、子供たちを母親から切り離して社会に出立させていく機能は果たせなくなります。
それは、必然的に家庭内における「母子密着」につながると言えます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
この核家族においては、「父性の不在と母性の過剰」という問題が生じやすいことも指摘されてきました。
「父性」は、社会的な基準によって、ものごとを識別していく「父親」的機能のことであり、主に父親によって担われます。
「父性の不在」は、家庭内に父親的機能が不足することで、思春期・青年期に達した子供の社会化が進まない一因とされます。
「母性」は、子供を育てる情緒的な機能で、主に母親によって担われるとされます。「母性の過剰」とは、必要以上の囲い込み(過保護・過干渉)によって、子供の社会化を妨げる状況を言うのです。
父親が会社人間・仕事人間となって、家に生活費を入れるだけの存在になった場合には、子供たちを母親から切り離して社会に出立させていく機能は果たせなくなります。
それは、必然的に家庭内における「母子密着」につながると言えます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年7月28日月曜日
待機主義と自己責任論の誤りを知った
多くの親は「世間体」という他人の評価を気にして、問題を表に出さないままできました。どこに相談して良いかわからず、相談しても解決につながらないという時代背景があったからです。
しかし、すべての親が手をこまねいて、事態を放置していたのではありません。
当事者に対する働きかけの他に、親たちは、保健所や精神保健福祉センターなどの公的機関、病院・クリニック、カウンセラー、ケースワーカー、NPOなど、さまざまな官民の機関を訪れています。
20年ケースの母親は、大学病院、民間病院、保健所、親の会と相談を続けてきました。24年ケースの母親は、不登校1年目からさまざまな機関を訪れています。
しかし、2000年以前では、「ひきこもり」は、一般的な認知すらありませんでした。
「不登校のその後」「自力で出るだろう」程度に思われて、高校中退ケース、高校生年代を越えて成人化したケースを扱う公的機関は、ほとんどなかったのです。
医療では、不登校の入院治療を人権侵害とみなす意見や、精神保健法(1987)、精神保健福祉法(1995)の成立後という状況の中で、人権への配慮から「本人受診」主義が徹底され、当事者を連れて行かない受診は、成立しませんでした。
経済的に好調な時代には楽観的な見方が支配して、若い世代の変化が始まっていることや「ひきこもり問題」の存在に、社会は気づこうともしなかったのです。
不登校に関しては、「出てくるのを待つ」という待機主義が繰り返され、ゆとり教育の時代(1992~2006)には、「自己責任で出てくる」とする自己責任論が唱えられました。
ごく少数の人たちが、根気強くひきこもり対応を続けていましたが、ひきこもりを「甘え」とみなす風潮から、社会問題としてクローズアップされることなく、水面下で深刻さを増していたのです。
2001年になって、不登校の2割が外に出ることができないままである事実が判明しました。
大学受験失敗や大学中退などからのひきこもりから、就職氷河期の大卒無業、会社退職後のひきこもりまで、学歴や職歴のあらゆる段階から、ひきこもりに移行することも明らかになりました。
社会に問題の認識がなかった時代に、多くの親や当事者が、世間に気づかれないように身をひそめたのは、不登校に対する待機主義と自己責任論のもたらした帰結とも言えます。
さまざまな問題性が表面化した現段階では、いたずらな待機主義や自己責任論は、「ひきこもり問題」の解決をもたらさないどころか、問題の放置につながり、さまざまな「悲劇」が二次的に発生することにつながると言えます。
待機主義や自己責任論には限界があり、逆効果であることに気づいたからには、「悲劇」を抑止するため、問題を隠すことなく、具体的に動くことが大切であると言えます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
しかし、すべての親が手をこまねいて、事態を放置していたのではありません。
当事者に対する働きかけの他に、親たちは、保健所や精神保健福祉センターなどの公的機関、病院・クリニック、カウンセラー、ケースワーカー、NPOなど、さまざまな官民の機関を訪れています。
20年ケースの母親は、大学病院、民間病院、保健所、親の会と相談を続けてきました。24年ケースの母親は、不登校1年目からさまざまな機関を訪れています。
しかし、2000年以前では、「ひきこもり」は、一般的な認知すらありませんでした。
「不登校のその後」「自力で出るだろう」程度に思われて、高校中退ケース、高校生年代を越えて成人化したケースを扱う公的機関は、ほとんどなかったのです。
医療では、不登校の入院治療を人権侵害とみなす意見や、精神保健法(1987)、精神保健福祉法(1995)の成立後という状況の中で、人権への配慮から「本人受診」主義が徹底され、当事者を連れて行かない受診は、成立しませんでした。
経済的に好調な時代には楽観的な見方が支配して、若い世代の変化が始まっていることや「ひきこもり問題」の存在に、社会は気づこうともしなかったのです。
不登校に関しては、「出てくるのを待つ」という待機主義が繰り返され、ゆとり教育の時代(1992~2006)には、「自己責任で出てくる」とする自己責任論が唱えられました。
ごく少数の人たちが、根気強くひきこもり対応を続けていましたが、ひきこもりを「甘え」とみなす風潮から、社会問題としてクローズアップされることなく、水面下で深刻さを増していたのです。
2001年になって、不登校の2割が外に出ることができないままである事実が判明しました。
大学受験失敗や大学中退などからのひきこもりから、就職氷河期の大卒無業、会社退職後のひきこもりまで、学歴や職歴のあらゆる段階から、ひきこもりに移行することも明らかになりました。
社会に問題の認識がなかった時代に、多くの親や当事者が、世間に気づかれないように身をひそめたのは、不登校に対する待機主義と自己責任論のもたらした帰結とも言えます。
さまざまな問題性が表面化した現段階では、いたずらな待機主義や自己責任論は、「ひきこもり問題」の解決をもたらさないどころか、問題の放置につながり、さまざまな「悲劇」が二次的に発生することにつながると言えます。
待機主義や自己責任論には限界があり、逆効果であることに気づいたからには、「悲劇」を抑止するため、問題を隠すことなく、具体的に動くことが大切であると言えます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年7月27日日曜日
神経症が進むことに気づいた
親たちは、不登校・ひきこもりの原因を、いじめや教師との軋轢などに求める傾向があります。しかし、対人関係や対人不安の問題が、いじめより多く、思春期の社会不安障害やうつ状態の問題も、不登校の発生に大きくかかわっていると思われます。
不登校やひきこもりに陥った人を、すべて「正常心理」でとらえようとすることは、精神主義的にすぎると思われます。
不登校やひきこもりの過程で、「正常心理」を見失うこともあること、思春期の心の病によって、不登校やひきこもりに陥ることがあることは、医学的に見て当然と言えます。
ひきこもり外来を訪れた125名の8割以上に、ごく軽い疾患も含めて、精神医学的な診断をつけることが可能でした。
かなりの高率で、抑うつ状態や社会不安障害(対人恐怖)が先行することが明らかになったと言えます。不登校やひきこもりの過程で、精神症状をきたす場合もあります。
不登校の好発年齢である中学1年を対象にした統計調査では、4%の生徒に抑うつ症状が認められたという報告がなされています。
生まれて初めて心身ともに不安定化する思春期・前青年期において、うつ状態や社会不安障害をきたしても不思議ではないのです。
思春期のうつ状態や社会不安障害の知識が、親にも教師にも不足するままに、心の病が見落とされてしまう可能性があります。
18年ひきこもった青年は、「過敏性大腸」の症状が不登校の当初から存在し、ひきこもり期間中もずっとあったと述べています。これは、早期発見・早期対応があれば、予後が違っていた可能性を示すケースと言えます。
うつ状態や社会不安障害は、不登校やひきこもりによって、さらに悪化することがあります。摂食障害などのわかりやすい症状を伴う疾患ですら、親も教師も気づかないことがあります。
授業中に「本を読みなさい」と指されて、過度の緊張から、ふるえ・動悸・発汗をきたし、不登校・ひきこもりになった男性は、22年後に支援者の援助によって来院するまでは、社会不安障害の存在について気づかれることはありませんでした。
ひきこもりに合併するうつ病が、普通のうつ病(定型うつ病)と症状が異なる可能性もあります。過食・過眠・昼夜逆転・批判への鋭敏さ・回避行動などは、典型的ではないのですが、うつ病の可能性があるのです。
社会不安障害の回避行動として、ひきこもった場合に、うつ病・うつ状態になる可能性は高くなります。
当事者が、ひきこもりの中で、神経症・うつ病・摂食障害を進行させること、長期化の中で、パーソナリティ障害として先鋭化することなど、親にも周囲にも極めてわかりにくい点です。
ひきこもりは、医師の元を訪れることが極端に少ないために、医学的な研究・医療現場でも認識されにくい状態にあり、今後の医学的な解明が待たれるところです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
不登校やひきこもりに陥った人を、すべて「正常心理」でとらえようとすることは、精神主義的にすぎると思われます。
不登校やひきこもりの過程で、「正常心理」を見失うこともあること、思春期の心の病によって、不登校やひきこもりに陥ることがあることは、医学的に見て当然と言えます。
ひきこもり外来を訪れた125名の8割以上に、ごく軽い疾患も含めて、精神医学的な診断をつけることが可能でした。
かなりの高率で、抑うつ状態や社会不安障害(対人恐怖)が先行することが明らかになったと言えます。不登校やひきこもりの過程で、精神症状をきたす場合もあります。
不登校の好発年齢である中学1年を対象にした統計調査では、4%の生徒に抑うつ症状が認められたという報告がなされています。
生まれて初めて心身ともに不安定化する思春期・前青年期において、うつ状態や社会不安障害をきたしても不思議ではないのです。
思春期のうつ状態や社会不安障害の知識が、親にも教師にも不足するままに、心の病が見落とされてしまう可能性があります。
18年ひきこもった青年は、「過敏性大腸」の症状が不登校の当初から存在し、ひきこもり期間中もずっとあったと述べています。これは、早期発見・早期対応があれば、予後が違っていた可能性を示すケースと言えます。
うつ状態や社会不安障害は、不登校やひきこもりによって、さらに悪化することがあります。摂食障害などのわかりやすい症状を伴う疾患ですら、親も教師も気づかないことがあります。
授業中に「本を読みなさい」と指されて、過度の緊張から、ふるえ・動悸・発汗をきたし、不登校・ひきこもりになった男性は、22年後に支援者の援助によって来院するまでは、社会不安障害の存在について気づかれることはありませんでした。
ひきこもりに合併するうつ病が、普通のうつ病(定型うつ病)と症状が異なる可能性もあります。過食・過眠・昼夜逆転・批判への鋭敏さ・回避行動などは、典型的ではないのですが、うつ病の可能性があるのです。
社会不安障害の回避行動として、ひきこもった場合に、うつ病・うつ状態になる可能性は高くなります。
当事者が、ひきこもりの中で、神経症・うつ病・摂食障害を進行させること、長期化の中で、パーソナリティ障害として先鋭化することなど、親にも周囲にも極めてわかりにくい点です。
ひきこもりは、医師の元を訪れることが極端に少ないために、医学的な研究・医療現場でも認識されにくい状態にあり、今後の医学的な解明が待たれるところです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年7月26日土曜日
成人後の同居主義
日本の核家族は、成人後の子供の別居を原則とすることができませんでした。
核家族が60%を占めるようになった今、むしろ親たちには、わが子との同居を期待する「大家族願望」すら残っているようです。
親の同居願望は、大家族制への郷愁と共に、夫婦関係づくりに不慣れな点にあると思われます。
成人した子供との同居の増加は、結婚しないままに親元で生活する「パラサイト」現象に見ることができます。大家族制では、親子同居はごく自然のことでした。
大家族を否定して核家族をつくった親たちが、成人した子供との同居を否定しないことは、戦後核家族の限界と言えます。
夫の妻依存が強まる中で、「夫の世話から離れたい」妻の願望による熟年離婚は増えていますが、子供の同居によって離婚をさけ、「家庭の寿命」を延ばすことも可能になります。
成人後の別居を原則とする文化圏では、若年失業などの経済的理由からの同居が増えても、ひきこもり問題は基本的には成立しないと言われています。
大家族制の残遺である「成人後の同居主義」が、ひきこもり問題を発生させ、「ひきこもる」わが子を家から出すことをためらわせるのです。
多くの母親は、わが子を家から離したくない本能的な願望と、出さないと一人前にできないという罪悪感の間で引き裂かれています。
本来は、青年期に達したわが子を家から出して社会化することは父親の役割です。10代以降の進学や就職の世話を、母親ひとりで担うこと自体が誤りなのです。
「失われた世代」と呼ばれ、バブル崩壊後の就職氷河期にフリーターになった世代は、経済的理由などから親と同居するようになっています。
フリーターからニートへ、ニートからひきこもりへと転ずることほどたやすいことはないという現実と共に、成人後の同居の増大が、今後の日本的家族の行方に大きく影響すると予測されるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
核家族が60%を占めるようになった今、むしろ親たちには、わが子との同居を期待する「大家族願望」すら残っているようです。
親の同居願望は、大家族制への郷愁と共に、夫婦関係づくりに不慣れな点にあると思われます。
成人した子供との同居の増加は、結婚しないままに親元で生活する「パラサイト」現象に見ることができます。大家族制では、親子同居はごく自然のことでした。
大家族を否定して核家族をつくった親たちが、成人した子供との同居を否定しないことは、戦後核家族の限界と言えます。
夫の妻依存が強まる中で、「夫の世話から離れたい」妻の願望による熟年離婚は増えていますが、子供の同居によって離婚をさけ、「家庭の寿命」を延ばすことも可能になります。
成人後の別居を原則とする文化圏では、若年失業などの経済的理由からの同居が増えても、ひきこもり問題は基本的には成立しないと言われています。
大家族制の残遺である「成人後の同居主義」が、ひきこもり問題を発生させ、「ひきこもる」わが子を家から出すことをためらわせるのです。
多くの母親は、わが子を家から離したくない本能的な願望と、出さないと一人前にできないという罪悪感の間で引き裂かれています。
本来は、青年期に達したわが子を家から出して社会化することは父親の役割です。10代以降の進学や就職の世話を、母親ひとりで担うこと自体が誤りなのです。
「失われた世代」と呼ばれ、バブル崩壊後の就職氷河期にフリーターになった世代は、経済的理由などから親と同居するようになっています。
フリーターからニートへ、ニートからひきこもりへと転ずることほどたやすいことはないという現実と共に、成人後の同居の増大が、今後の日本的家族の行方に大きく影響すると予測されるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年7月25日金曜日
民主的の過剰
父性中心主義は、江戸時代や明治時代の支配思想とされますが、これは支配階級を中心に見受けられた現象であって、庶民社会では母性中心主義であったようです。
敗戦によって、父性中心主義は封建思想として否定され、戦後の民主教育を受けた世代が、現在の核家族の親となりました。
この世代の父親たちは、「一家の長」という考え方を排除して、子供の世代に「民主的」な対応を心がけてきたと言えます。
自分の考えを伝えようとする父親は、「議論好き」とか「意見を押しつける」と言われて敬遠され、民主的な「友だち家族」としてふるまう父親が歓迎されるようになりました。
フロイトやユングが言う「わが子を家庭から切り離す」姿勢は、示されなかったと言えます。
「友だち」であるかぎり、「決定は本人任せ」になるしかなく、「本人任せ」が「民主的」対応と誤解されてきたのです。
「出るまで待つ」「自己責任」の原則は不登校にまで拡大されましたが、現実には、不登校の20%は、自力で外に出ることはできなかったという結果になり、ひきこもりとなりました。
「不登校・ひきこもり」も当事者の自由意思によるものとみなした時点で、親は手も足も出せなくなったのです。
過剰な「民主意識」を持つ「友だち家族」の父親は、仕事の責任が重くなると共に、家庭からさらに遠のきました。
不登校・ひきこもりは、戦後の民主的な核家族が、息子・娘らを社会化する力に問題があったことを示しているのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
敗戦によって、父性中心主義は封建思想として否定され、戦後の民主教育を受けた世代が、現在の核家族の親となりました。
この世代の父親たちは、「一家の長」という考え方を排除して、子供の世代に「民主的」な対応を心がけてきたと言えます。
自分の考えを伝えようとする父親は、「議論好き」とか「意見を押しつける」と言われて敬遠され、民主的な「友だち家族」としてふるまう父親が歓迎されるようになりました。
フロイトやユングが言う「わが子を家庭から切り離す」姿勢は、示されなかったと言えます。
「友だち」であるかぎり、「決定は本人任せ」になるしかなく、「本人任せ」が「民主的」対応と誤解されてきたのです。
「出るまで待つ」「自己責任」の原則は不登校にまで拡大されましたが、現実には、不登校の20%は、自力で外に出ることはできなかったという結果になり、ひきこもりとなりました。
「不登校・ひきこもり」も当事者の自由意思によるものとみなした時点で、親は手も足も出せなくなったのです。
過剰な「民主意識」を持つ「友だち家族」の父親は、仕事の責任が重くなると共に、家庭からさらに遠のきました。
不登校・ひきこもりは、戦後の民主的な核家族が、息子・娘らを社会化する力に問題があったことを示しているのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年7月24日木曜日
子供第一主義
家庭生活において、夫婦関係より子供への配慮が優先し、家庭生活の中心に置くことを「子供第一主義」と言います。これは、核家族が、跡取りを大切にする大家族から出ているためと言えます。
子供第一主義は、夫婦関係を疎遠にして、父親の会社人間化、仕事人間化を強めることになります。父親は「稼いで家族を養っている」ことを強調して、家庭での不在を正当化するようになります。
家庭での父親不在は母子の密着を強めて、母子の共依存が成立するのです。いったん成立した共依存は、意図的に取り組む以外は、きわめて解消しにくい状態となります。
母娘の共依存を基にして生じるのが摂食障害であり、母子間とくに母息子の共依存を基にして、ひきこもりが生じるのです。共依存は、ひきこもりを長びかせる要因としても作用します。
50歳の息子に添い寝してなだめる80歳の母親など、いつまでも幼いころの母子関係のままになってしまうのです。日本の子供第一主義は、大家族制の跡取りに由来しています。
愛情に基づいて離婚を繰り返す西洋文化圏の家庭でも、「子供中心主義」と言われることがあります。これは、「親が違っても、子供を大切に育て上げる」という市民意識の自覚に基づいていると言えます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
子供第一主義は、夫婦関係を疎遠にして、父親の会社人間化、仕事人間化を強めることになります。父親は「稼いで家族を養っている」ことを強調して、家庭での不在を正当化するようになります。
家庭での父親不在は母子の密着を強めて、母子の共依存が成立するのです。いったん成立した共依存は、意図的に取り組む以外は、きわめて解消しにくい状態となります。
母娘の共依存を基にして生じるのが摂食障害であり、母子間とくに母息子の共依存を基にして、ひきこもりが生じるのです。共依存は、ひきこもりを長びかせる要因としても作用します。
50歳の息子に添い寝してなだめる80歳の母親など、いつまでも幼いころの母子関係のままになってしまうのです。日本の子供第一主義は、大家族制の跡取りに由来しています。
愛情に基づいて離婚を繰り返す西洋文化圏の家庭でも、「子供中心主義」と言われることがあります。これは、「親が違っても、子供を大切に育て上げる」という市民意識の自覚に基づいていると言えます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年7月23日水曜日
子供第一主義、民主の過剰、成人後の同居主義に気づいた
ひきこもり問題が生じる原因の一つに、親世代の背負った社会的・文化的な背景があると言えます。
親世代は、大家族制度を封建的と批判して都会に出て、ホワイトカラー(会社員)になって、ニューファミリー(核家族)を形成しました。経済成長という追い風によって、親世代は明るい未来(定年後)を描くことができたのです。
しかし、父親が会社人間として囲い込まれ、母親が専業主婦化する中で、父性不在と母性過剰をきたして、核家族の夫婦関係や親子関係は形骸化してしまいました。
父親は子育てに加わらないだけでなく、第2の息子として妻にぶら下がるようになり、子供第一主義(跡取り)、成人後の同居主義など大家族的な家族関係が保たれてしまったのです。
「民主的」を過剰に強調することで、「本人任せ」という「自分勝手」を放置したということもできます。「子供第一主義」は、過剰な世話によって、ひきこもりを長引かせます。
「民主的」の過剰は、主体制を育てません。「成人後の同居主義」は、わが子を家から切り離せない動きとして、ひきこもりの発生と長期化を招きます。
以上の理由から、核家族も大家族と同じように、子離れ親離れが苦手だったと言えるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
親世代は、大家族制度を封建的と批判して都会に出て、ホワイトカラー(会社員)になって、ニューファミリー(核家族)を形成しました。経済成長という追い風によって、親世代は明るい未来(定年後)を描くことができたのです。
しかし、父親が会社人間として囲い込まれ、母親が専業主婦化する中で、父性不在と母性過剰をきたして、核家族の夫婦関係や親子関係は形骸化してしまいました。
父親は子育てに加わらないだけでなく、第2の息子として妻にぶら下がるようになり、子供第一主義(跡取り)、成人後の同居主義など大家族的な家族関係が保たれてしまったのです。
「民主的」を過剰に強調することで、「本人任せ」という「自分勝手」を放置したということもできます。「子供第一主義」は、過剰な世話によって、ひきこもりを長引かせます。
「民主的」の過剰は、主体制を育てません。「成人後の同居主義」は、わが子を家から切り離せない動きとして、ひきこもりの発生と長期化を招きます。
以上の理由から、核家族も大家族と同じように、子離れ親離れが苦手だったと言えるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年7月22日火曜日
事態が深刻化する要因に気づいた
親たちと当事者は、一見対立する関係のように思えますが、実は共通する価値観に縛られています。そして、被害者意識を持つ点でも共通しています。
共通する価値観とは、世間体を気にかけ、人並みを重視することです。
がんばればなんとかなると信じる親と、がんばってもどうにもならなかった当事者では、方向性は正反対になります。その結果、ひきこもりは堂々めぐりになり、深刻化するのです。
多くの父親たちは社会的に適応しており、他者に同調することは得意です。しかし、自分の意見を通すことは苦手であり、自分の家庭の問題になるとさらに苦手になるのです。
家族に意見を言うときは遠慮がちになるか、「業務命令」のように威圧的になるかの両極端に走る父親も少なくありません。
妻に依存して「第2子」に納まってしまう父親もめずらしくないのです。社会不安障害の傾向があって、対人関係の不安から、アルコールの力を借りてしかものを言えない父親もいます。
当事者は「わかっているのに、動けない現実」を抱えています。方法論を示されないまま、命令的に親の意見を押しつけられた場合に、当事者は途方にくれ、拒絶するしかなく、身動きが取れなくなるのです。
親たちが、世間体を気にして、家庭の中だけで何とかしようとすることも、ひきこもりを長引かせます。
ひきこもり問題の原因と責任を、親子関係だけに帰することは誤りと言えます。ひきこもりは、国際的に見ても、現代日本に特異的に発生した「若者を中心とする社会問題」と考えて良いと思われます。
ひきこもりには、日本社会特有の原因が存在することがうかがえるのです。神経症、うつ状態、摂食障害、パーソナリティ障害、発達障害などが高い割合で見出されることが、ひきこもり外来・親の会の統計によって示されています。
2000年に社会問題として登場するまで、ひきこもりに対する公的な機関の対応は、ほとんど存在しませんでした。
社会の関心が集まり、さまざまな取り組みが試行錯誤的に開始されて、まだ10年に満たない段階です。このことが、問題解決の困難さを増幅させています。
ひきこもり問題においては、不登校と同じように、まずは親の自助努力が求められますが、親や当事者の力が及ばない場合には、公的な機関の関与と支援が欠かせないのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
共通する価値観とは、世間体を気にかけ、人並みを重視することです。
がんばればなんとかなると信じる親と、がんばってもどうにもならなかった当事者では、方向性は正反対になります。その結果、ひきこもりは堂々めぐりになり、深刻化するのです。
多くの父親たちは社会的に適応しており、他者に同調することは得意です。しかし、自分の意見を通すことは苦手であり、自分の家庭の問題になるとさらに苦手になるのです。
家族に意見を言うときは遠慮がちになるか、「業務命令」のように威圧的になるかの両極端に走る父親も少なくありません。
妻に依存して「第2子」に納まってしまう父親もめずらしくないのです。社会不安障害の傾向があって、対人関係の不安から、アルコールの力を借りてしかものを言えない父親もいます。
当事者は「わかっているのに、動けない現実」を抱えています。方法論を示されないまま、命令的に親の意見を押しつけられた場合に、当事者は途方にくれ、拒絶するしかなく、身動きが取れなくなるのです。
親たちが、世間体を気にして、家庭の中だけで何とかしようとすることも、ひきこもりを長引かせます。
ひきこもり問題の原因と責任を、親子関係だけに帰することは誤りと言えます。ひきこもりは、国際的に見ても、現代日本に特異的に発生した「若者を中心とする社会問題」と考えて良いと思われます。
ひきこもりには、日本社会特有の原因が存在することがうかがえるのです。神経症、うつ状態、摂食障害、パーソナリティ障害、発達障害などが高い割合で見出されることが、ひきこもり外来・親の会の統計によって示されています。
2000年に社会問題として登場するまで、ひきこもりに対する公的な機関の対応は、ほとんど存在しませんでした。
社会の関心が集まり、さまざまな取り組みが試行錯誤的に開始されて、まだ10年に満たない段階です。このことが、問題解決の困難さを増幅させています。
ひきこもり問題においては、不登校と同じように、まずは親の自助努力が求められますが、親や当事者の力が及ばない場合には、公的な機関の関与と支援が欠かせないのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年7月21日月曜日
親のがんばりすぎに気づいた
親たちには、がんばり屋の傾向が認められます。「がんばる、一生懸命、必死に、死んだ気になって、ベストを尽くす」など、いわゆる「がんばり言葉」は、日本のまじめ人間、会社人間の心性の中心を占めています。
過剰ながんばりが、うつ病、心身症、自殺、摂食障害など、急増するさまざまな疾患の原因になることは、周知のところです。
がんばる能力自体は必要ですが、柔軟に機能するためには、同時に、がんばらない能力、がんばりすぎない能力も必要となります。
親たちの一方的ながんばりが、ひきこもりを長引かせる要因になることは、容易に推測されます。「無力さの自覚」は、がんばりというパワーが、ひきこもりに対して無効であることを認め、一方的ながんばりすぎを修正していくことでもあるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
過剰ながんばりが、うつ病、心身症、自殺、摂食障害など、急増するさまざまな疾患の原因になることは、周知のところです。
がんばる能力自体は必要ですが、柔軟に機能するためには、同時に、がんばらない能力、がんばりすぎない能力も必要となります。
親たちの一方的ながんばりが、ひきこもりを長引かせる要因になることは、容易に推測されます。「無力さの自覚」は、がんばりというパワーが、ひきこもりに対して無効であることを認め、一方的ながんばりすぎを修正していくことでもあるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年7月20日日曜日
被害者意識が共通することに気づいた
親たちには、「問題はひきこもる本人にある」「とにかく外に出てくれさえすれば良い」と考える傾向があります。親自身に何らかの原因があると思わないケースが多いと言えます。
叱り続ける、怒り続けるなどの行為はその典型であって、当事者の年齢に関係なく、親の方に正当性があると思い込んでいます。
逆に、哀願や懇願は、身体が大きくなったわが子には体力的にかなわないという現実と気遅れからと言えます。
いずれにせよ、「問題があるのは本人であって、親は困っている」「世間に恥ずかしい」という被害者意識が親たちにあります。
期待に応えられない場合に、親は「せめての自立」を求めますが、ひきこもりは会話すら拒絶したような極端な「依存」状況を継続させるので、親には「なぜうちの子だけが?」という犠牲者意識、被害者意識が生じます。
そして、家族は心理的共同体を形成していますので、親の考えることや感じることは、当事者に即座に伝わります。
当事者にしてみれば、罪悪感と共に、「親の言うことを聞いていたら、こうなってしまった」という犠牲者意識も出てきます。
親の対応の仕方によっては、さらに当事者の被害者意識や犠牲者意識が高まって、衝動行動につながる可能性もあるのです。
学歴や出世といった、状況判断を誤った期待を向ける親と、対人関係・いじめ・挫折を経てトラウマを持った当事者の間には、ドア1枚をはさんで、共に被害者意識にさいなまれた、かみ合わない「すれちがい」が続くことになります。
ひきこもりは、親と当事者の双方の被害者意識によって、すれちがいが重なってできた壁なのです。
その壁を、今までのやり方で、無理にこじ開けようとすることは、すれちがいをさらに深刻にし、ひきこもりは遷延化(のびのびになること)するのです。
その結果、すべてを否定的にとらえる「マイナス思考」や現実をまったく認めない「否認機制」にはまり、筋力の極端な低下や神経の委縮などの「廃用性障害」という身体障害をきたすことすらあるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
叱り続ける、怒り続けるなどの行為はその典型であって、当事者の年齢に関係なく、親の方に正当性があると思い込んでいます。
逆に、哀願や懇願は、身体が大きくなったわが子には体力的にかなわないという現実と気遅れからと言えます。
いずれにせよ、「問題があるのは本人であって、親は困っている」「世間に恥ずかしい」という被害者意識が親たちにあります。
期待に応えられない場合に、親は「せめての自立」を求めますが、ひきこもりは会話すら拒絶したような極端な「依存」状況を継続させるので、親には「なぜうちの子だけが?」という犠牲者意識、被害者意識が生じます。
そして、家族は心理的共同体を形成していますので、親の考えることや感じることは、当事者に即座に伝わります。
当事者にしてみれば、罪悪感と共に、「親の言うことを聞いていたら、こうなってしまった」という犠牲者意識も出てきます。
親の対応の仕方によっては、さらに当事者の被害者意識や犠牲者意識が高まって、衝動行動につながる可能性もあるのです。
学歴や出世といった、状況判断を誤った期待を向ける親と、対人関係・いじめ・挫折を経てトラウマを持った当事者の間には、ドア1枚をはさんで、共に被害者意識にさいなまれた、かみ合わない「すれちがい」が続くことになります。
ひきこもりは、親と当事者の双方の被害者意識によって、すれちがいが重なってできた壁なのです。
その壁を、今までのやり方で、無理にこじ開けようとすることは、すれちがいをさらに深刻にし、ひきこもりは遷延化(のびのびになること)するのです。
その結果、すべてを否定的にとらえる「マイナス思考」や現実をまったく認めない「否認機制」にはまり、筋力の極端な低下や神経の委縮などの「廃用性障害」という身体障害をきたすことすらあるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年7月19日土曜日
価値観が共通することに気づいた
「自分たちの社会常識は正当である」という意識が、親たちにあります。しかし、その価値基準を大前提にして、わが子の現状を判断することは、正しいでしょうか?
ひきこもり問題を抱える親たちの7割が、会社員や公務員などの棒給生活者であり、中産階級に属しています。
親たちが社会的に受け入れられた生き方をしてきたことは、ひきこもり問題の特徴の一つと言えます。
親の世代は、経済主義、会社主義、学歴主義、核家族主義など、戦後の経済成長を支えた価値観の担い手です。
しかし、中産階級の弱点は、職業が世襲的でないために、子女が学歴や会社就職を得ないと、同じ生活レベルを維持できないという点にあります。
このために、親には学校・学歴・会社に対する強い思い入れがあり、上昇のための勉学や努力を惜しまないことや、人並みから外れないことを子供たちに求めてきました。
ひきこもりの当事者たちは、親の考え方や期待を熟知しており、ほとんど親の価値基準と同じ考え方をしています。
親の世代とひきこもり年代との間には、30年前後のへだたりがあります。
世紀末の大不況を境にして時代は大きく変化したのですが、親の求める会社主義、学歴主義などの考え方は、驚くほどに親子間で類似しています。
その上で、さまざまな理由から、当事者は親の考え方に反発したり反論したりできないままでいるのです。
当事者には、中学高校の不登校、高卒無業、大学などの中退、大卒無業、会社退職後など、どの段階からひきこもり出したにせよ、親の願う生き方を実現できなかったという挫折感や後ろめたさがあります。
そして、同じような場所や状況に戻ることには、自尊心と自己愛から自己防衛的に抵抗を感じるのです。
「居場所」(ひきこもる若者たちが、束縛なく集える場所)の設置は、ごく近年のことであり、高度成長期を通じて、地域社会には傷ついた若者のたむろする場所はありませんでした。
むしろ、若者が外でたむろすることには、眉をひそめられる向きすらありました。学校や会社で挫折して、自宅にこもらざるを得なくなり、「ひきこもり」と呼ばれるようになったのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
ひきこもり問題を抱える親たちの7割が、会社員や公務員などの棒給生活者であり、中産階級に属しています。
親たちが社会的に受け入れられた生き方をしてきたことは、ひきこもり問題の特徴の一つと言えます。
親の世代は、経済主義、会社主義、学歴主義、核家族主義など、戦後の経済成長を支えた価値観の担い手です。
しかし、中産階級の弱点は、職業が世襲的でないために、子女が学歴や会社就職を得ないと、同じ生活レベルを維持できないという点にあります。
このために、親には学校・学歴・会社に対する強い思い入れがあり、上昇のための勉学や努力を惜しまないことや、人並みから外れないことを子供たちに求めてきました。
ひきこもりの当事者たちは、親の考え方や期待を熟知しており、ほとんど親の価値基準と同じ考え方をしています。
親の世代とひきこもり年代との間には、30年前後のへだたりがあります。
世紀末の大不況を境にして時代は大きく変化したのですが、親の求める会社主義、学歴主義などの考え方は、驚くほどに親子間で類似しています。
その上で、さまざまな理由から、当事者は親の考え方に反発したり反論したりできないままでいるのです。
当事者には、中学高校の不登校、高卒無業、大学などの中退、大卒無業、会社退職後など、どの段階からひきこもり出したにせよ、親の願う生き方を実現できなかったという挫折感や後ろめたさがあります。
そして、同じような場所や状況に戻ることには、自尊心と自己愛から自己防衛的に抵抗を感じるのです。
「居場所」(ひきこもる若者たちが、束縛なく集える場所)の設置は、ごく近年のことであり、高度成長期を通じて、地域社会には傷ついた若者のたむろする場所はありませんでした。
むしろ、若者が外でたむろすることには、眉をひそめられる向きすらありました。学校や会社で挫折して、自宅にこもらざるを得なくなり、「ひきこもり」と呼ばれるようになったのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年7月18日金曜日
今までのやり方が無力であると気づいた
すべてのステップは、「無力さの自覚」から始まります。
それは、自分の意志の力やパワーを「なせばなる」と信じて取り組んだ結果が、 良い解決につながらなかったこと、逆効果となったことなどを自覚することです。
ひきこもりの場合には、「親に誤りはなく、当事者こそが問題である」という意識が、 問題をさらに深刻にさせます。
誤った方法にしがみつくことには、ひきこもりの深刻化をもたらすという弊害があるのです。 数年以上にわたって効果がない場合には、取り組みの考え方を再検討する必要があります。
専門家の精神療法や心理療法でも、2年間、変化をもたらさなかった場合には、 無効とみなして良いと思われます。
的を射た取り組みならば、短期間のうちに問題解決につながる可能性があります。 同様のことは、ひきこもりへの対応でも言えるのです。
統合失調症などの精神病ではない、神経症レベル、パーソナリティ障害などによる「ひきこもり」には、家族関係の問題がかかわっており、当事者から動き出すことが極めて少ないという特徴から、 「ひきこもり」と呼ばれるのです。
従って、何はともあれ、親の方が動いてみる必要が出てくるのです。
親たちが最初にすべきことは、それまでの働きかけを振り返って、 無効であった事実を認めることです。
ステップは、「無力であることを認める」ことから開始されます。
ひきこもりの親たちのステップも、依存症のステップと同じように、 「無力であること」の自覚から始まるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
それは、自分の意志の力やパワーを「なせばなる」と信じて取り組んだ結果が、 良い解決につながらなかったこと、逆効果となったことなどを自覚することです。
ひきこもりの場合には、「親に誤りはなく、当事者こそが問題である」という意識が、 問題をさらに深刻にさせます。
誤った方法にしがみつくことには、ひきこもりの深刻化をもたらすという弊害があるのです。 数年以上にわたって効果がない場合には、取り組みの考え方を再検討する必要があります。
専門家の精神療法や心理療法でも、2年間、変化をもたらさなかった場合には、 無効とみなして良いと思われます。
的を射た取り組みならば、短期間のうちに問題解決につながる可能性があります。 同様のことは、ひきこもりへの対応でも言えるのです。
統合失調症などの精神病ではない、神経症レベル、パーソナリティ障害などによる「ひきこもり」には、家族関係の問題がかかわっており、当事者から動き出すことが極めて少ないという特徴から、 「ひきこもり」と呼ばれるのです。
従って、何はともあれ、親の方が動いてみる必要が出てくるのです。
親たちが最初にすべきことは、それまでの働きかけを振り返って、 無効であった事実を認めることです。
ステップは、「無力であることを認める」ことから開始されます。
ひきこもりの親たちのステップも、依存症のステップと同じように、 「無力であること」の自覚から始まるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
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