親との折り合いが悪い場合に、「悪いのは親であり、自分のひきこもりは正当である」と考える人もいます。確かに、生きる意義や自分のあり方を探る「意義あるひきこもり」は存在します。
その場合には、ひきこもりと呼ぶ必要もないのですが、将来に悔いを残しそうな問題あるひきこもりとは、以下の点で区別することができます。
*意義あるひきこもりを見分ける
①精神生活に「活発さ」が見分けられる。
行動するにせよ、内省するにせよ、精神活動が活発で、神経症的なゆがみが少ない。
②体力が保たれている。
買い物外出や犬との散歩などによって、定期的に身体を動かしている。
③栄養に偏りのない食事ができている。
バランスの良い栄養とカロリーが取れている。
④衝動行為・暴言暴力・器物損壊などがない。
「暴力が許されないこと」を理解でき、衝動性をコントロールできる。
⑤やみくもな長期化ではない。
意義あるひきこもりは、長期間に及ぶことは少ない。
⑥35歳以上に達していない。
退職後のケースは挫折感が強いので、カウンセリングによる対応が望まれる。
⑦小中学からの長期化ケースではない。
基本的な常識に欠けることがあるので、できるだけ早い時期の対応が必要である。
⑧ひとり親家庭・親の高齢化・病気がある家庭ではない。
家族の力を期待できる。
以上を基準にして、ひきこもり状態を早めに終了する必要があるか否かを判断することができます。
精神的に余裕がないこと、食生活が偏っていること、問題行動があること、長期・高齢化があること、家庭が不安定化していることなどが当てはまる場合には、取り組む必要のあるひきこもりと言えます。
早めに対応した場合には、人生のマイナスになることも最小限となります。「人生はいつからでもスタート」と考えて、「初めの一歩」を踏み出すことです。
ひきこもり期間が相対的に短く、「自分とは何か、いかに生きるか」など、アイデンティティ(同一性)の追求に必要な期間として位置づけられる場合には、自分に最も合った人間関係・学び・仕事を選択できるようになるでしょう。
振り返りによって、ひきこもりの経験から教訓を得ることができた場合には、逆に人生は味わい深いものになるのです。
総中流時代から格差社会へと時代が大きく変貌する中で、普通の若者たちも、学歴や会社に縛られない生活を送るようになっています。
ひきこもった経験があっても、他のほとんどの若者と変わりない人生が送れる時代が来ているのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
0 件のコメント:
コメントを投稿