小中学不登校、高校中退、高卒無業、大学中退、大卒無業から、いったん社会に出た後の退職・ひきこもりに至るまで、あらゆる段階から、ひきこもりはスタートしています。
感受性の強い人たちにとって、現代日本の教育システムや職業システムが、たいへん住みにくいことを示しています。
思春期には、心身の変化や対人関係に悩むようになり、社会不安障害・対人恐怖・落ち込みから、学校に行けなくなることも多いと言えます。
長期ひきこもりの中に、中学時代の授業場面で緊張して登校できなかったケースが多いのです。高校中退や高卒無業が最も多いことは、進学・進路の失敗と関連する点で注目されます。
希望を持って入学した高校が自分に合わないと気づいたときの気持ち、大学受験に失敗したときのつらさは、ひきこもることでしか解消できないこともあると思われます。
「高校くらいは出て常識」「良い就職や生活への一段階」という言葉はあっても、高校中退せざるを得なかった場合の社会的受け皿はなかったのです。
下の年齢と同学年になることは、年齢主義によって強い劣等感を抱かせることになります。このために、高校中退者は、宙ぶらりんで不安定な状況を余儀なくされるのです。
毎年5万人~10万人もの高校生が中退するという数字が報告されても、「時間が解決する」「自己責任」といった無責任な言葉で問題は放置されてきたのです。
ひきこもりにはさまざまな経過がありますが、居場所での活気からは、みなが家から出たかったこと、つどえる仲間と場所が欲しかったことが伝わってくるのです。
孤立は、他人の目を気にすることにつながり、孤立をさらに助長します。経験を分かち合う仲間がいることは、対人交流をさらにうながします。
このように、居場所には、当事者を新たな可能性へと向かわせる機能があるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
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