ひきこもりから脱した当初は、ひきこもり特有のマイナス思考を背負っています。マイナス思考は自動的に出てしまうことが多く、考えや感情を支配して、行動を後ろ向きにします。
ひきこもりから脱した後は、少しずつ自分のマイナス思考に気づいていきましょう。自分の思考・行動・感情に気づく中で、人生が少しずつ前向きになる可能性があります。
「マイナス思考」は、次のような特徴を持っています。
(1)悪い予測だけが膨らんでしまう。
(2)確認しないで、他人の考えを決め付けてしまう。
(3)出来事の成り行きや結果を自分のせいにする(親のせいにする)。
(4)ちょっとしたことから、すべてをダメだと決め付けてしまう。
(5)物事の悪い側面しか見ない。
(6)自分に悪いレッテルを貼ってしまう。
(7)自分にだけ厳しい基準を課して、自分は脱落してしまったと思い込む。
「完全主義」が多いことも、ひきこもりの特徴です。完全主義は、「ひとつがダメなら、すべてダメ」とするような極端に二分してしまう思考パターンです。
「完全主義」と同じ意味の言葉は、完全壁・完璧主義・〇X思考・白黒思考・二者択一思考・二分思考・全か無か思考・竹を割った性格・杓子定規など、数多くあります。
完全主義的な思考は、単純すぎて、適応の幅を狭くしてしまいます。
完全主義的な思考は、ひきこもりだけでなく、うつ病・自殺・摂食障害・強迫性障害・社会不安障害・心身性障害・高次脳機能障害・など、多くの疾患に見受けられます。
完全主義を乗り越えるためには、それを打ち崩すアイテムを覚えて、手がかりにすることが手っ取り早いと言えます。
「完全主義をゆるめるためのアイテム」は、次の通りです。
(1)〇Xに△を加えよう。
(2)ベストでなくベター。
(3)先延ばしにしよう。
(4)要求水準を下げよう。
(5)55%でOK。
(6)優先順位をつけよう(今日中・今週中・今月中・今年中)。
(7)あるべきでなく、あるがまま。
(8)シュミレーションをして、結果を複数予測しよう。
(9)うまくいかなかったら教訓を得よう。
(10)うまくいかなかったら勇気をたたえよう。
(11)あいまいさを受け入れよう。
(12)いい加減で生きよう。
これらのフレーズを頭に残しておくことが、判断に困った場合などに効いてきます。それまでの考え方を見直すきっかけになるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月30日火曜日
2008年9月29日月曜日
ウォーキングやスポーツを楽しみ、体を動かした
ひきこもりから脱した当初は、ほとんどの人が体力低下をきたしています。
身体症の経験のある人は、短期間で人間の体力がいかに落ちやすいかを知っていますが、ひきこもっている時は、運動することはほとんどないのです。
筋力トレーニングなどを開始したとしたら、それは社会へ出る準備とみなせるほどです。
ほとんど家の中で過ごし、特に個室に閉じこもる場合には、運動不足から筋肉がやせ細ってしまいます。
そこに、食事の偏りが重なって、非可逆性の病気を発生することがあります。ビタミン不足や日照量不足から骨がもろくなって骨折することもあります。
栄養不足による栄養障害から、衝動的になったり、気分が落ち込んだり、妄想的になったりすることもあります。
ひきこもりから脱した時には、ウォーキング・筋肉トレーニングなどを意識して行なうことが必要ですが、居場所の仲間とテニス、サッカー、キャッチボールなどができれば最高です。
「就労セミナー」の大切さは強調されても、食事と運動の改善によって「体を作ること」の大切さが語られることが少ないのが実情です。
体ができていれば、バイトに挑戦した時に、長続きする可能性が高くなります。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
身体症の経験のある人は、短期間で人間の体力がいかに落ちやすいかを知っていますが、ひきこもっている時は、運動することはほとんどないのです。
筋力トレーニングなどを開始したとしたら、それは社会へ出る準備とみなせるほどです。
ほとんど家の中で過ごし、特に個室に閉じこもる場合には、運動不足から筋肉がやせ細ってしまいます。
そこに、食事の偏りが重なって、非可逆性の病気を発生することがあります。ビタミン不足や日照量不足から骨がもろくなって骨折することもあります。
栄養不足による栄養障害から、衝動的になったり、気分が落ち込んだり、妄想的になったりすることもあります。
ひきこもりから脱した時には、ウォーキング・筋肉トレーニングなどを意識して行なうことが必要ですが、居場所の仲間とテニス、サッカー、キャッチボールなどができれば最高です。
「就労セミナー」の大切さは強調されても、食事と運動の改善によって「体を作ること」の大切さが語られることが少ないのが実情です。
体ができていれば、バイトに挑戦した時に、長続きする可能性が高くなります。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月28日日曜日
同じ悩みを抱える仲間の存在に気づいた
居場所では「少しの勇気」を出して、話しかけに応じたり、隣りの人に話しかけることから始めます。顔見知りができて、互いに声かけができるようになればしめたものです。このようにして、「友だち」ができ始めます。
居場所には、同じ問題やよく似た事情を抱える当事者たちが参加しています。参加するだけで、自分だけが問題でないことに気づくのです。これは、孤立感を解消する上で、とても役に立ちます。
同じ課題や不安を持って対処しようとする人や、悪戦苦闘して対処中の人、すでにうまくいっている人から、「対処スキル」を学ぶことができます。
居場所は、お手本(モデリング)の宝庫と言えるのです。人間のさまざまな側面に触れることができます。
何もなかった「ひきこもり時代」と違って、刺激的でもあります。これは、生活共同体の良い面が復活した状態ということができるのです。
治療や集まりの終わった後にも、互いに交流して生活を楽しむことができます。カラオケ・サッカー観戦などにみんなで出かけることは、一般に若者が行なっているところです。
「楽しみ」「遊ぶ」感覚を身につけることは、就労などの社会参加の基礎になってくれます。助け合い・サポートができるようになれば、一人前の若者として、後戻りすることもなくなるのです。
他人の成功を見て、自分も不安に打ち勝てるという予測ができるようになります。就学・就労から異性の情報まであふれる居場所は、好ましい居場所です。
ひきこもりに加えて、神経症・うつ、進路などの生き方に悩む人まで参加する居場所が良いでしょう。試行錯誤して悪戦苦闘することは、青年期の特徴です。
悩みながらも、なんとかやっていく、そんな人が、最も良いお手本(モデリング)になります。自分にも何とかできそうだという、不安に負けない勇気が出てくるのです。
メンバーが互いに影響し合い、助け合うことは、治療者やNPOへの依存を減らすことになります。当事者同士で集まって、助けあえば、立派な自助グループと言えます。
居場所・親の会・自助グループでの行動は、社会的な状況にチャレンジするきっかけとなります。これらの活動を通じて、「それまでの方法を変えていくことができる」ようになるのです。
有効な集まりは、情報・刺激・勇気を与えてくれます。そして、社会的な状況にチャレンジするきっかけを与えてくれるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
居場所には、同じ問題やよく似た事情を抱える当事者たちが参加しています。参加するだけで、自分だけが問題でないことに気づくのです。これは、孤立感を解消する上で、とても役に立ちます。
同じ課題や不安を持って対処しようとする人や、悪戦苦闘して対処中の人、すでにうまくいっている人から、「対処スキル」を学ぶことができます。
居場所は、お手本(モデリング)の宝庫と言えるのです。人間のさまざまな側面に触れることができます。
何もなかった「ひきこもり時代」と違って、刺激的でもあります。これは、生活共同体の良い面が復活した状態ということができるのです。
治療や集まりの終わった後にも、互いに交流して生活を楽しむことができます。カラオケ・サッカー観戦などにみんなで出かけることは、一般に若者が行なっているところです。
「楽しみ」「遊ぶ」感覚を身につけることは、就労などの社会参加の基礎になってくれます。助け合い・サポートができるようになれば、一人前の若者として、後戻りすることもなくなるのです。
他人の成功を見て、自分も不安に打ち勝てるという予測ができるようになります。就学・就労から異性の情報まであふれる居場所は、好ましい居場所です。
ひきこもりに加えて、神経症・うつ、進路などの生き方に悩む人まで参加する居場所が良いでしょう。試行錯誤して悪戦苦闘することは、青年期の特徴です。
悩みながらも、なんとかやっていく、そんな人が、最も良いお手本(モデリング)になります。自分にも何とかできそうだという、不安に負けない勇気が出てくるのです。
メンバーが互いに影響し合い、助け合うことは、治療者やNPOへの依存を減らすことになります。当事者同士で集まって、助けあえば、立派な自助グループと言えます。
居場所・親の会・自助グループでの行動は、社会的な状況にチャレンジするきっかけとなります。これらの活動を通じて、「それまでの方法を変えていくことができる」ようになるのです。
有効な集まりは、情報・刺激・勇気を与えてくれます。そして、社会的な状況にチャレンジするきっかけを与えてくれるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月27日土曜日
ひきこもり中はコミュニケーションを願った
ひきこもりの特徴は、他人と親しい交流が持てないことにあります。
初めは軽い気持ちで不登校だったはずなのに、次第に行きにくくなって、交友関係も途絶えて、ついには身動きできなくなってしまう。ひきこもりは、そんなプロセスを経ると思われます。
一部の当事者を除いて、「外に出たい気持ち」は確実に存在すると言えます。そして「出たいが出られない」という葛藤のさなかにいるのです。
行き場がないこと、「妙なもの」と同一視されたくないこと、同年代から遅れてしまった気持ち、親の圧力などが、出にくさを助長しますが、それでも「出たい気持ち」は続くのです。
自力で出てくるケースが急増していることは、ひきこもり問題に大きな希望を与えてくれます。彼らが、外に出てコミュニケーションしたい願望を持っていることがわかるからです。
幻覚妄想で入院した当事者は、当初は激しい苛立ちを見せていましたが、病院食によって栄養状態が改善するにつれて、表情がにこやかになりました。栄養障害が加わって、さまざまな精神症状をきたしていたのです。
長期ひきこもりの場合は、最初は抵抗を示すのですが、状況の把握や栄養の改善によって、「外に出たかった」という気持ちを表すのです。
従って、時間の経過によって、パーソナリティが固まってしまう前に、後戻りできない身体障害に陥る前に、ひきこもりを終わらせることが大切なのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
初めは軽い気持ちで不登校だったはずなのに、次第に行きにくくなって、交友関係も途絶えて、ついには身動きできなくなってしまう。ひきこもりは、そんなプロセスを経ると思われます。
一部の当事者を除いて、「外に出たい気持ち」は確実に存在すると言えます。そして「出たいが出られない」という葛藤のさなかにいるのです。
行き場がないこと、「妙なもの」と同一視されたくないこと、同年代から遅れてしまった気持ち、親の圧力などが、出にくさを助長しますが、それでも「出たい気持ち」は続くのです。
自力で出てくるケースが急増していることは、ひきこもり問題に大きな希望を与えてくれます。彼らが、外に出てコミュニケーションしたい願望を持っていることがわかるからです。
幻覚妄想で入院した当事者は、当初は激しい苛立ちを見せていましたが、病院食によって栄養状態が改善するにつれて、表情がにこやかになりました。栄養障害が加わって、さまざまな精神症状をきたしていたのです。
長期ひきこもりの場合は、最初は抵抗を示すのですが、状況の把握や栄養の改善によって、「外に出たかった」という気持ちを表すのです。
従って、時間の経過によって、パーソナリティが固まってしまう前に、後戻りできない身体障害に陥る前に、ひきこもりを終わらせることが大切なのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月26日金曜日
リバウンドを少なくするコツ
リバウンドとは、いったん脱した当事者が、再びひきこもりに戻ることを言います。回復をスムースにすることと、リバウンドを防ぐことは、互いにつながっています。
いったん出て来て再びひきこもらせないためには、「ひきこもっていた時」より「今の生活の方が良い」と思えることが必要です。
そのためには、「今、ここからを大切にする」、「人生はいつからでもスタートとする」、「希望を見失わない」カウンセリングが求められます。過去の振り返りは、必要な場合だけにとどめるのが良いでしょう。
「当事者が語るのを待つ」方法は、ひきこもりの場合に最適とは言えないのです。長期ひきこもりの場合に、当事者も親も共通して、ひきこもり始めた前後にこだわる特徴があります。
当事者には「どうしてこうなったか」という問題意識がある反面、ひきこもりの原因や過去には触れたくないという心境もあります。
20年前の「誤り」や「長い時間を失った」事実に、まともに直面した場合には、「取り返しがつかない事態」として、うつ病に陥り、再びひきこもる可能性があります。
うつ防止のためには、自尊心が満たされる形の方が良いと思われます。
リバウンドを防止する配慮は、最大限に行われるべきです。「今の生活と以前の生活とでは、どちらが良いか」と問うことは、リバウンド防止のために有効な手立てになります。
リバウンドの原因は、親身で面倒見の良い人間関係が持てたか、居場所が仲間との交流や社会参加の意欲を持たせる上で十分だったか、その関係が継続されたか、などの点にあると思われます。
ひきこもりの当事者は、次のような3つの理由によって傷ついています。
(1)ひきこもりを生じた原因によって
(2)ひきこもっていること自体によって
(3)親との確執によって
働くことの訓練として、施設などに押し込まれた場合には、3つの傷つきに加えて、強制労働・強制ボランティアによる傷つきが重なります。
ひきこもり自体が「耐え忍ぶ」という点で、一種の苦役性を帯びています。従って、当事者にとってさらなる「苦役」は逆効果となり、うまくいくためには、苦役ではないと認識される必要があるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
いったん出て来て再びひきこもらせないためには、「ひきこもっていた時」より「今の生活の方が良い」と思えることが必要です。
そのためには、「今、ここからを大切にする」、「人生はいつからでもスタートとする」、「希望を見失わない」カウンセリングが求められます。過去の振り返りは、必要な場合だけにとどめるのが良いでしょう。
「当事者が語るのを待つ」方法は、ひきこもりの場合に最適とは言えないのです。長期ひきこもりの場合に、当事者も親も共通して、ひきこもり始めた前後にこだわる特徴があります。
当事者には「どうしてこうなったか」という問題意識がある反面、ひきこもりの原因や過去には触れたくないという心境もあります。
20年前の「誤り」や「長い時間を失った」事実に、まともに直面した場合には、「取り返しがつかない事態」として、うつ病に陥り、再びひきこもる可能性があります。
うつ防止のためには、自尊心が満たされる形の方が良いと思われます。
リバウンドを防止する配慮は、最大限に行われるべきです。「今の生活と以前の生活とでは、どちらが良いか」と問うことは、リバウンド防止のために有効な手立てになります。
リバウンドの原因は、親身で面倒見の良い人間関係が持てたか、居場所が仲間との交流や社会参加の意欲を持たせる上で十分だったか、その関係が継続されたか、などの点にあると思われます。
ひきこもりの当事者は、次のような3つの理由によって傷ついています。
(1)ひきこもりを生じた原因によって
(2)ひきこもっていること自体によって
(3)親との確執によって
働くことの訓練として、施設などに押し込まれた場合には、3つの傷つきに加えて、強制労働・強制ボランティアによる傷つきが重なります。
ひきこもり自体が「耐え忍ぶ」という点で、一種の苦役性を帯びています。従って、当事者にとってさらなる「苦役」は逆効果となり、うまくいくためには、苦役ではないと認識される必要があるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月25日木曜日
社会参加期の対応
ひきこもり当事者は、傷つきやすく、傷つき下手です。いったん医療やNPOを離れても再び戻ってくることがあり、その場合にも、医療やNPO はしっかり受けとめます。
この段階では、社会参加や社会活動の方向づけはできていますので、最初とまったく同じ対応である必要はなく、試行錯誤する当事者の訴えに耳を傾けながら、より共同作業的なアプローチを行なうことができます。
試行錯誤や挫折は、いつでもありうることを示し、うまくいかない場合には、チャレンジした勇気をたたえ、教訓を得ることをうながします。
やり直しの段階で必要な支えが身近に存在することは、その後の経過に大きく影響します。
ひきこもり対応には、フォローアップ・アフターケアは欠かせないので、通うことが可能な距離にあることが求められるのです。
認知行動療法・クライエント中心療法・精神分析・動機づけ療法などが、ひきこもりへの精神療法・カウンセリングの技法として、状況に応じて組み合わされます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
この段階では、社会参加や社会活動の方向づけはできていますので、最初とまったく同じ対応である必要はなく、試行錯誤する当事者の訴えに耳を傾けながら、より共同作業的なアプローチを行なうことができます。
試行錯誤や挫折は、いつでもありうることを示し、うまくいかない場合には、チャレンジした勇気をたたえ、教訓を得ることをうながします。
やり直しの段階で必要な支えが身近に存在することは、その後の経過に大きく影響します。
ひきこもり対応には、フォローアップ・アフターケアは欠かせないので、通うことが可能な距離にあることが求められるのです。
認知行動療法・クライエント中心療法・精神分析・動機づけ療法などが、ひきこもりへの精神療法・カウンセリングの技法として、状況に応じて組み合わされます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月24日水曜日
居場所期の対応
次の段階では、1対1の関係が安定するのを見ながら、タイミングをはかって、「居場所」への参加が勧められます。
居場所は、「1対1」と「1対多」の中間段階の人間関係を作る場です。スタッフ・ボランティア・経験者などのサポートを受けながら、大勢の場の体験に慣れていくように配慮されます。
社会不安障害・強迫性障害・摂食障害・抑うつ状態などと診断された場合には、SSRIなどによる薬物療法を併用して、対人的な過敏さが和らげられます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
居場所は、「1対1」と「1対多」の中間段階の人間関係を作る場です。スタッフ・ボランティア・経験者などのサポートを受けながら、大勢の場の体験に慣れていくように配慮されます。
社会不安障害・強迫性障害・摂食障害・抑うつ状態などと診断された場合には、SSRIなどによる薬物療法を併用して、対人的な過敏さが和らげられます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月23日火曜日
出会い期の対応
ひきこもりから脱した直後(出会い期)には、大歓迎という形で、「出会いの喜び」が示されます。
大歓迎される理由は、普通の生活の中からではなく、ひきこもりという特別な状況から、勇気を出して訪れてくれたからです。緊張・不安・ためらい・動揺を越えて、勇気をふるって家を出てきてくれたからです。
どの当事者も、長期間の葛藤と、「ひきこもりを終わらせたい」という気持ちを持っています。そのような状況下で、「初めて出会う」第三者として選ばれた側に、喜びがないはずがありません。
これは、受けとめる側にとって、感激以外の何ものでもないのです。第三者として選ばれた側は、感無量の気持ちを素直に表現します。
治療側の対応として、自らの感情を出さない「隠れ身」と、その反対の「破れ身」がありますが、当事者の「大いなる隠れ身」には、治療者の「大いなる破れ身」が効果的です。
特に最初の出会いは、互いの信頼関係を作り出す貴重な時間になります。行動の変化は、治療の初期の段階で生じる可能性の高いことが知られています。
当事者の多くが、過去に医師を訪れ、傷ついた経験があることにも配慮する必要があります。受けとめる側は、そのトラウマを考慮して、熱烈歓迎を示すのです。
出会い期における無条件の一体感は、「ひとり対ひとり」(1対1)の信頼関係を作る基礎になるだけでなく、「ひとり対大勢」(1対多)関係の基礎も作ってくれます。
1対1は、誕生直後の母親との関係からスタートする基本的な人間関係です。思春期になると、1対1の複数化が開始され、「1対多」の世界へと広がっていきます。
ひきこもりは、「人の目・周囲の目を過剰に気にする」ことによって、1対1へと後戻りしてしまった状態です。
ひきこもりから出てきた直後は、ほとんどの当事者が「1対1なら可能ですが、大勢は苦手です」と対人不安を口にします。
この当事者の現実から、話し合い・カウンセリングが開始されるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
大歓迎される理由は、普通の生活の中からではなく、ひきこもりという特別な状況から、勇気を出して訪れてくれたからです。緊張・不安・ためらい・動揺を越えて、勇気をふるって家を出てきてくれたからです。
どの当事者も、長期間の葛藤と、「ひきこもりを終わらせたい」という気持ちを持っています。そのような状況下で、「初めて出会う」第三者として選ばれた側に、喜びがないはずがありません。
これは、受けとめる側にとって、感激以外の何ものでもないのです。第三者として選ばれた側は、感無量の気持ちを素直に表現します。
治療側の対応として、自らの感情を出さない「隠れ身」と、その反対の「破れ身」がありますが、当事者の「大いなる隠れ身」には、治療者の「大いなる破れ身」が効果的です。
特に最初の出会いは、互いの信頼関係を作り出す貴重な時間になります。行動の変化は、治療の初期の段階で生じる可能性の高いことが知られています。
当事者の多くが、過去に医師を訪れ、傷ついた経験があることにも配慮する必要があります。受けとめる側は、そのトラウマを考慮して、熱烈歓迎を示すのです。
出会い期における無条件の一体感は、「ひとり対ひとり」(1対1)の信頼関係を作る基礎になるだけでなく、「ひとり対大勢」(1対多)関係の基礎も作ってくれます。
1対1は、誕生直後の母親との関係からスタートする基本的な人間関係です。思春期になると、1対1の複数化が開始され、「1対多」の世界へと広がっていきます。
ひきこもりは、「人の目・周囲の目を過剰に気にする」ことによって、1対1へと後戻りしてしまった状態です。
ひきこもりから出てきた直後は、ほとんどの当事者が「1対1なら可能ですが、大勢は苦手です」と対人不安を口にします。
この当事者の現実から、話し合い・カウンセリングが開始されるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月22日月曜日
医療・カウンセリング・NPOの利用が回復を進める
ひきこもりは、現実との関わりを失う点で、一種の「喪失状況」と言えます。マイナス思考・抑うつ感情・否認・無感動に支配される日々が続くのです。
マイナス思考は、ものごとを否定的にとらえる考え方です。抑うつ感情は、現実がうまくいかないときの憂うつな感情のことです。自分を守る心の働きから、すべてを感じなくなる否認や無感動というメカニズムもあります。
マイナス思考と抑うつ感情をうまく処理できないときには、さまざまな問題が生じます。
抑うつ感情というと、意欲を失って寝込むような事態を考えがちですが、ひきこもりの場合には、暴力・器物損壊行為などの外向き行動と、強迫・自傷行為・過食・過眠などの内向き行動の両方共に、抑うつ感情の表現である可能性があります。
リストラによってひきこもった30代の男性は、「追い詰められて落ち込み、何とかして欲しい一心で、母を蹴っていた」と、自分の暴力を振り返り、抗うつ薬で改善しました。
長年ひきこもることで、抑うつ状態の神経症化・退行・固定化が進んで、表面上はうつ病と見えなくなることもあります。
治療の初期から「マイナス思考」「抑うつ感情」「見かけに隠された真の症状」について配慮する必要があるのです。
ひきこもり当事者が、脱出に成功した後の時期を、次の3段階に分類することには意義があります。
(1)ひきこもりから脱したばかりの初期(出会い期)
(2)対人関係が可能になった中期(居場所期)
(3)社会参加の試行を開始した後期(社会参加期)
3つの段階では、心理状態・行動の可能性が、まったく違います。各段階の特殊性への配慮が欠けると、社会参加の停滞・リバウンドをきたします。
各段階の個別の状況に応じて、さまざまな精神療法・カウンセリングの技法が組み合わされるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
マイナス思考は、ものごとを否定的にとらえる考え方です。抑うつ感情は、現実がうまくいかないときの憂うつな感情のことです。自分を守る心の働きから、すべてを感じなくなる否認や無感動というメカニズムもあります。
マイナス思考と抑うつ感情をうまく処理できないときには、さまざまな問題が生じます。
抑うつ感情というと、意欲を失って寝込むような事態を考えがちですが、ひきこもりの場合には、暴力・器物損壊行為などの外向き行動と、強迫・自傷行為・過食・過眠などの内向き行動の両方共に、抑うつ感情の表現である可能性があります。
リストラによってひきこもった30代の男性は、「追い詰められて落ち込み、何とかして欲しい一心で、母を蹴っていた」と、自分の暴力を振り返り、抗うつ薬で改善しました。
長年ひきこもることで、抑うつ状態の神経症化・退行・固定化が進んで、表面上はうつ病と見えなくなることもあります。
治療の初期から「マイナス思考」「抑うつ感情」「見かけに隠された真の症状」について配慮する必要があるのです。
ひきこもり当事者が、脱出に成功した後の時期を、次の3段階に分類することには意義があります。
(1)ひきこもりから脱したばかりの初期(出会い期)
(2)対人関係が可能になった中期(居場所期)
(3)社会参加の試行を開始した後期(社会参加期)
3つの段階では、心理状態・行動の可能性が、まったく違います。各段階の特殊性への配慮が欠けると、社会参加の停滞・リバウンドをきたします。
各段階の個別の状況に応じて、さまざまな精神療法・カウンセリングの技法が組み合わされるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月21日日曜日
心の不安定は受診すること
ひきこもりには、精神医学的な対応が不要なケースもあることは確かですが、期間が長引くにつれて、神経症的な葛藤や憂うつが出入りしたり、人格の偏りや無感動化が進むケースは多く存在します。
ひきこもり外来を訪れた8割に、何らかの診断がつきました。多い診断名は、以下のようになります。
(1)社会不安障害
人前に出る緊張が強くて、回避してしまう障害。
(2)強迫性障害
手洗いなどを繰り返したり、不合理な考えで頭がいっぱいになる障害。
(3)PTSD(心的外傷後ストレス障害)
過去の恐怖体験がよみがえって苦しめられる障害。
(4)パニック障害
今にも死にそうな気分と不安定な身体症状に襲われる障害。
(5)うつ状態・うつ病
気持ちが沈みこむ「抑うつ状態」などは、高頻度で見受けられる。
ひきこもりの抑うつは、普通の社会生活を営む場合のうつ病と違った症状を呈し、
「非定型うつ」と呼ばれる。
(6)摂食障害(過食・嘔吐)
過食によって頭がマッシロになり、嘔吐によってスッキリする食行動の障害。
(7)アルコール依存症(孤独をいやす)
手のふるえ、酒乱、失禁、せん妄などをきたす。
(8)睡眠障害
寝付きが悪い、中途で目がさめる、昼夜逆転など。
(9)パーソナリティ障害
当事者も周囲も困るような人格の偏り。
ひきこもりに多いパーソナリティ障害は、以下の通りです。
(A)境界性パーソナリティ障害
感情の起伏が激しく、「過剰な活動に荒れる時期」と、「ひきこもりの時期」を繰り返す。
(B)自己愛性パーソナリティ障害
「傷つくことを恐れてひきこもる時期」と、「慢心して多動となる時期」を繰り返す。
(C)シゾイド・パーソナリティ障害
他人や異性に興味を持たず、孤独でいることが平気な障害。
(D)回避性パーソナリティ障害
人前での緊張から、回避が進み、日常生活が成り立たなくなる。
(E)未熟型パーソナリティ障害
わがままによって周囲を支配し、周囲も受け入れるために社会性が育たず、未熟な段階のまま固定化する。一方的な自己主張しかできない。
(F)妄想性パーソナリティ障害
何事にも猜疑心を向ける障害。
パーソナリティ障害は、完全主義の傾向が強いために、家族や支援者も悩まされることが多いのが現状です。
サポートする場合は、専門家の見立てを得ておくことが、効率的な活動のために欠かせないと言えます。
医療と支援者などの間に連携があること、特に、ひきこもりに理解のある心療内科医・精神科医・臨床心理士などとの連携が望まれるところです。
社会不安障害・うつ病・摂食障害・強迫性障害・パニック障害などを中心に、薬物療法の有効性が知られています。パーソナリティ障害も、薬物を組み合わせて使用することで症状の軽減がはかられます。
ひきこもりの対社会不安・対人不安・抑うつ状態には、マイナーと呼ばれる軽い安定剤が即効性を示しますが、乱用や依存に陥らないためには、医師の指導を受けることが必要です。
抗うつ薬の主流であるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)は、欧米から遅れること10年、2000年前後に日本に登場しました。SSRIは、前出の疾患などに幅広い適応をとっています。
しかし、ひきこもり家族は、安定剤・睡眠剤・抗うつ薬などに対する偏見が強いと言えます。依存性物質であるアルコールに対する無防備さに比較して、薬物や精神医療に対する偏見があります。
SSRIなどの薬物療法に合わせて、動機づけ療法・認知行動療法、居場所・親の会・家族教室などの集団療法を複合的に行うことで、治療効果が飛躍的に高まります。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
ひきこもり外来を訪れた8割に、何らかの診断がつきました。多い診断名は、以下のようになります。
(1)社会不安障害
人前に出る緊張が強くて、回避してしまう障害。
(2)強迫性障害
手洗いなどを繰り返したり、不合理な考えで頭がいっぱいになる障害。
(3)PTSD(心的外傷後ストレス障害)
過去の恐怖体験がよみがえって苦しめられる障害。
(4)パニック障害
今にも死にそうな気分と不安定な身体症状に襲われる障害。
(5)うつ状態・うつ病
気持ちが沈みこむ「抑うつ状態」などは、高頻度で見受けられる。
ひきこもりの抑うつは、普通の社会生活を営む場合のうつ病と違った症状を呈し、
「非定型うつ」と呼ばれる。
(6)摂食障害(過食・嘔吐)
過食によって頭がマッシロになり、嘔吐によってスッキリする食行動の障害。
(7)アルコール依存症(孤独をいやす)
手のふるえ、酒乱、失禁、せん妄などをきたす。
(8)睡眠障害
寝付きが悪い、中途で目がさめる、昼夜逆転など。
(9)パーソナリティ障害
当事者も周囲も困るような人格の偏り。
ひきこもりに多いパーソナリティ障害は、以下の通りです。
(A)境界性パーソナリティ障害
感情の起伏が激しく、「過剰な活動に荒れる時期」と、「ひきこもりの時期」を繰り返す。
(B)自己愛性パーソナリティ障害
「傷つくことを恐れてひきこもる時期」と、「慢心して多動となる時期」を繰り返す。
(C)シゾイド・パーソナリティ障害
他人や異性に興味を持たず、孤独でいることが平気な障害。
(D)回避性パーソナリティ障害
人前での緊張から、回避が進み、日常生活が成り立たなくなる。
(E)未熟型パーソナリティ障害
わがままによって周囲を支配し、周囲も受け入れるために社会性が育たず、未熟な段階のまま固定化する。一方的な自己主張しかできない。
(F)妄想性パーソナリティ障害
何事にも猜疑心を向ける障害。
パーソナリティ障害は、完全主義の傾向が強いために、家族や支援者も悩まされることが多いのが現状です。
サポートする場合は、専門家の見立てを得ておくことが、効率的な活動のために欠かせないと言えます。
医療と支援者などの間に連携があること、特に、ひきこもりに理解のある心療内科医・精神科医・臨床心理士などとの連携が望まれるところです。
社会不安障害・うつ病・摂食障害・強迫性障害・パニック障害などを中心に、薬物療法の有効性が知られています。パーソナリティ障害も、薬物を組み合わせて使用することで症状の軽減がはかられます。
ひきこもりの対社会不安・対人不安・抑うつ状態には、マイナーと呼ばれる軽い安定剤が即効性を示しますが、乱用や依存に陥らないためには、医師の指導を受けることが必要です。
抗うつ薬の主流であるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)は、欧米から遅れること10年、2000年前後に日本に登場しました。SSRIは、前出の疾患などに幅広い適応をとっています。
しかし、ひきこもり家族は、安定剤・睡眠剤・抗うつ薬などに対する偏見が強いと言えます。依存性物質であるアルコールに対する無防備さに比較して、薬物や精神医療に対する偏見があります。
SSRIなどの薬物療法に合わせて、動機づけ療法・認知行動療法、居場所・親の会・家族教室などの集団療法を複合的に行うことで、治療効果が飛躍的に高まります。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月20日土曜日
虫歯・皮膚病・痔・腹痛など身体の不調は受診
当事者が身体的不調を訴えるときは、親にとっては、当事者を医療に連れて行く絶好のタイミングです。
ひきこもりによく見られる疾患は、虫歯・アトピーなどの皮膚病・下痢・腹痛・痔・脊椎の変形などですが、筋ジストロフィーなどの難病を発症していたケースもあります。
運動不足からの筋力低下・筋委縮などは、決して珍しくない現象です。
ここで取り上げた身体疾患のケースは、男性に多いという点が特徴的です。ある女性の長期化ケースは、強迫的に家を仕切って、父親の脳梗塞を招きましたが、自身の身体的な健康は保たれていました。
ある女性は、家中を強迫的に掃除し続けることで、身体の健康を保っていました。「家」が女性にとって、より親和性があることがうかがわれます。
激痛をきたしても、周囲に知らせないこともあります。脊椎の圧迫骨折をきたした男性は、突然に襲った激痛をだれにも告げないまま耐え抜きました。
身体が使用されなくなったことから生じる「廃用性障害」が多いのですが、年齢からは想像できないほどの事態と言えます。
運動不足と偏食から30代で脳委縮をきたしたケース、アルコール乱用から脳委縮と幻覚妄想に至ったケースなども存在します。
ひきこもり期間が15年~20年と長引く場合に、心身のさまざまな疾患が進行していることを、周囲は考えるべきです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
ひきこもりによく見られる疾患は、虫歯・アトピーなどの皮膚病・下痢・腹痛・痔・脊椎の変形などですが、筋ジストロフィーなどの難病を発症していたケースもあります。
運動不足からの筋力低下・筋委縮などは、決して珍しくない現象です。
ここで取り上げた身体疾患のケースは、男性に多いという点が特徴的です。ある女性の長期化ケースは、強迫的に家を仕切って、父親の脳梗塞を招きましたが、自身の身体的な健康は保たれていました。
ある女性は、家中を強迫的に掃除し続けることで、身体の健康を保っていました。「家」が女性にとって、より親和性があることがうかがわれます。
激痛をきたしても、周囲に知らせないこともあります。脊椎の圧迫骨折をきたした男性は、突然に襲った激痛をだれにも告げないまま耐え抜きました。
身体が使用されなくなったことから生じる「廃用性障害」が多いのですが、年齢からは想像できないほどの事態と言えます。
運動不足と偏食から30代で脳委縮をきたしたケース、アルコール乱用から脳委縮と幻覚妄想に至ったケースなども存在します。
ひきこもり期間が15年~20年と長引く場合に、心身のさまざまな疾患が進行していることを、周囲は考えるべきです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月19日金曜日
ひきこもりの間は、身体の不調にも心の不調にも耐えた
ひきこもり中には、家族との交流は最小限となって、当事者の心身の状態は、把握されにくくなります。気分の憂うつ・不安など内面の心理状態を周囲が知ることは、困難になります。
「若いから」という先入観から、身体の状態が周囲の関心と注意をひくことは、ほとんどなくなります。「ひきこもりの身体疾患」は、最も注目されにくい領域と言えるのです。
ところが、20代・30代の年代でも、さまざまな形で、心身の健康を損なっているさまが観察されます。不自然な生活を重ねているのですから、長期になればなるほど、体力の低下から健康を損ねている可能性が大きいのです。
コミュニケーションが途絶え、自らの心身の不調を伝えにくい状況で、彼らが心身の不調に対して取る自衛策は、「何もしないで我慢する」か「我流の対応」を取ることです。
憂うつや不安に対しては、寝ることや感じないようにすることで、自然な回復を待ちます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
「若いから」という先入観から、身体の状態が周囲の関心と注意をひくことは、ほとんどなくなります。「ひきこもりの身体疾患」は、最も注目されにくい領域と言えるのです。
ところが、20代・30代の年代でも、さまざまな形で、心身の健康を損なっているさまが観察されます。不自然な生活を重ねているのですから、長期になればなるほど、体力の低下から健康を損ねている可能性が大きいのです。
コミュニケーションが途絶え、自らの心身の不調を伝えにくい状況で、彼らが心身の不調に対して取る自衛策は、「何もしないで我慢する」か「我流の対応」を取ることです。
憂うつや不安に対しては、寝ることや感じないようにすることで、自然な回復を待ちます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月18日木曜日
良いことも辛いこともある今が良いと思える
中学2年から18年間ひきこもった30代男性には、過敏性大腸によると思われる栄養障害と対人恐怖・強迫性障害が認められました。
「何もなかった以前と比べて、良いことも辛いこともある今が良い」というのは、居場所の中で彼が語った言葉ですが、リバウンドを防ぐ効果のある含蓄に富んだ言葉と言えます。
20年前後の長期ひきこもりになると、その間のエピソードを語れる人は、ほとんどいません。小学校や中学校のエピソードは語れても、高校中退前後やひきこもり後について語れないのです。
語れないのは、「何も生じなかった」からです。親も同様に、ひきこもり期間の出来事について語れないで、不登校・ひきこもり開始前後の出来事に終始することが多いのです。
ひきこもりが長期間続く場合に、当事者や親の時間までも停滞してしまうことがわかります。
ひきこもりを脱した当事者に、「ひきこもった時代と現在とでは、どちらが良いか?」と質問したところ、「以前に戻りたい」という人は一人もいませんでした。
この事実が、ひきこもり問題の本質を明確に語ってくれています。
「対人場面やいじめから解放された」と感じる当初はともかく、意図して長期間ひきこもりたい当事者はいないのです。
ひきこもりを長期化させる要因として、当事者の行動や素因の他に、家族関係・教育・精神保健福祉・社会のあり方など、外部にもさまざまな要因があることが指摘できるのです。
当事者にとって、格別の勇気を出して参加した居場所・フリースペースには、特別の意味があるのです。彼らは、何とかしたいと願いながら、「ひきこもった状況」と「居場所の居心地」を比較しています。
トラウマを感じなくてすみ、未来への可能性を感じられる「居心地の良い場所」が、居場所として受け入れられるのです。そこは、「良いことも辛いこともある今が良い」と思える場所なのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
「何もなかった以前と比べて、良いことも辛いこともある今が良い」というのは、居場所の中で彼が語った言葉ですが、リバウンドを防ぐ効果のある含蓄に富んだ言葉と言えます。
20年前後の長期ひきこもりになると、その間のエピソードを語れる人は、ほとんどいません。小学校や中学校のエピソードは語れても、高校中退前後やひきこもり後について語れないのです。
語れないのは、「何も生じなかった」からです。親も同様に、ひきこもり期間の出来事について語れないで、不登校・ひきこもり開始前後の出来事に終始することが多いのです。
ひきこもりが長期間続く場合に、当事者や親の時間までも停滞してしまうことがわかります。
ひきこもりを脱した当事者に、「ひきこもった時代と現在とでは、どちらが良いか?」と質問したところ、「以前に戻りたい」という人は一人もいませんでした。
この事実が、ひきこもり問題の本質を明確に語ってくれています。
「対人場面やいじめから解放された」と感じる当初はともかく、意図して長期間ひきこもりたい当事者はいないのです。
ひきこもりを長期化させる要因として、当事者の行動や素因の他に、家族関係・教育・精神保健福祉・社会のあり方など、外部にもさまざまな要因があることが指摘できるのです。
当事者にとって、格別の勇気を出して参加した居場所・フリースペースには、特別の意味があるのです。彼らは、何とかしたいと願いながら、「ひきこもった状況」と「居場所の居心地」を比較しています。
トラウマを感じなくてすみ、未来への可能性を感じられる「居心地の良い場所」が、居場所として受け入れられるのです。そこは、「良いことも辛いこともある今が良い」と思える場所なのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月17日水曜日
今までは必要な時間だった
大学中退後5年間ひきこもった青年は、「5年かかったなあ」と悪戦苦闘ぶりを振り返りましたが、長すぎたという後悔は示しませんでした。
10年ひきこもった女性は、海外留学の夢を実現するために、バイトと語学講座に通い始めました。
このように、ひきこもり経験を前向きにとらえることが大切なのです。
ひきこもり期間を「失われた時間」「大切なものの喪失」として受け取った場合に、うつ病に陥ることがあります。いったん、うつ病になると、回復過程はさらに長引いて複雑化します。
従って、「時間なんて、あっと言う間に経つもんだ」「ひきこもりは必要であった」「無駄な時間ではなかった」「今ここからを大切にする」「人生はいつからでもスタート」などの方向づけを行なうことが大切になります。
「無駄な時間」とみなすマイナス思考は、「右肩上がりの人生がベスト」とする成長至上主義の発想です。「無駄な時間」という観念から逃れるためには、「人生はいつからでもスタート」という言葉が有効です。
ひきこもりを経験することは、ひきこもらない喜びを強めてくれます。無駄な時間や人生などはなく、どんな経験でも、その後の人生の彩(いろどり)となるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
10年ひきこもった女性は、海外留学の夢を実現するために、バイトと語学講座に通い始めました。
このように、ひきこもり経験を前向きにとらえることが大切なのです。
ひきこもり期間を「失われた時間」「大切なものの喪失」として受け取った場合に、うつ病に陥ることがあります。いったん、うつ病になると、回復過程はさらに長引いて複雑化します。
従って、「時間なんて、あっと言う間に経つもんだ」「ひきこもりは必要であった」「無駄な時間ではなかった」「今ここからを大切にする」「人生はいつからでもスタート」などの方向づけを行なうことが大切になります。
「無駄な時間」とみなすマイナス思考は、「右肩上がりの人生がベスト」とする成長至上主義の発想です。「無駄な時間」という観念から逃れるためには、「人生はいつからでもスタート」という言葉が有効です。
ひきこもりを経験することは、ひきこもらない喜びを強めてくれます。無駄な時間や人生などはなく、どんな経験でも、その後の人生の彩(いろどり)となるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月16日火曜日
居場所は、くつろげる空間
ひきこもり中には、本当の意味でのくつろぎも、くつろげる空間も存在しないと言えます。ひきこもる自分の部屋は、自分を守る最終の「砦(とりで)」であり、心を解き放つ場所ではないのです。
ひきこもる家や自分の部屋は、「何もない部屋」ではなく、緊張と対峙の現場となります。部屋のドアが、38度線のような「軍事境界線」となります。
自室に鍵をつけるようなケースは、明らかな「砦(とりで)」化です。ある男性は、家族から不快な思いをさせられるたびに鍵をつけるようになり、10年後の脱出時には、その数は20個に達していました。
学校・職場の緊張や不安を避けて家から出ることができなくなったのですから、社会に出られないことの不安と緊張は常に存在します。
ひきこもり自体が、近隣・親戚・同年代の視線に恐怖を感じさせ、恐怖を避ける行動を強めます。ひきこもりには、ひきこもりを深めるマイナスのメカニズムがあるのです。
「不登校・ひきこもりは、渦のように深まる」という言葉から、当事者の苦悩が伝わってきます。当初の一時的な解放気分はどこへやら、うつっぽく重苦しい気持ちへと変化していくのです。
「現在」を閉ざすと、必然的に「未来」も閉ざされます。自分の将来に対する不安をかき消すことは至難の業なので、ことさらに意識しなくなり、感じないようにする方法が取られます。これを「否認」(認めないこと)と言います。
ひきこもりの中で、生きる時間は「過去」のみとなり、現在は「過去のみとつながる」ようになります。過去は悔やみとして想起され、「こうなったのは、親のせいだ」という他罰的で被害的な気持ちへと進むのです。
ひきこもりは、表面的には自分の感情や欲求を押し殺す生き方ですが、どうにも抑えきれなくなると、そのエネルギーは親に対する恨みや怒りに転じて、衝動行為が発生することになります。
以上は、ひきこもりには、いかに「くつろぎ」がないかを示しています。
たとえ外に出ても、「くつろぎの場」を発見できない場合には、ひきこもりと大差ないのですから、リバウンド(再度のひきこもり)を生じても不思議ではありません。
従って、居場所には、ひきこもる部屋と違う何か、くつろぎ・楽しさ・喜びなどが求められます。これが感じられる居場所やプログラムには、再び参加したくなるのです。
競争社会に傷つき、生き方にさ迷う若者たちの自己回復の場として、「居場所」「フリースペース」が、今求められています。「居場所の拡大」と「生き方の複線化」こそが、若者たちの回復と成長のために必要です。
不登校・中退などが教育システムへの異議申し立てであり、中途退社が会社社会への異議申し立てであるとしたら、そのエネルギーをひきこもるエネルギーに変えてしまわないように配慮したシステムが、必要不可欠と言えるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
ひきこもる家や自分の部屋は、「何もない部屋」ではなく、緊張と対峙の現場となります。部屋のドアが、38度線のような「軍事境界線」となります。
自室に鍵をつけるようなケースは、明らかな「砦(とりで)」化です。ある男性は、家族から不快な思いをさせられるたびに鍵をつけるようになり、10年後の脱出時には、その数は20個に達していました。
学校・職場の緊張や不安を避けて家から出ることができなくなったのですから、社会に出られないことの不安と緊張は常に存在します。
ひきこもり自体が、近隣・親戚・同年代の視線に恐怖を感じさせ、恐怖を避ける行動を強めます。ひきこもりには、ひきこもりを深めるマイナスのメカニズムがあるのです。
「不登校・ひきこもりは、渦のように深まる」という言葉から、当事者の苦悩が伝わってきます。当初の一時的な解放気分はどこへやら、うつっぽく重苦しい気持ちへと変化していくのです。
「現在」を閉ざすと、必然的に「未来」も閉ざされます。自分の将来に対する不安をかき消すことは至難の業なので、ことさらに意識しなくなり、感じないようにする方法が取られます。これを「否認」(認めないこと)と言います。
ひきこもりの中で、生きる時間は「過去」のみとなり、現在は「過去のみとつながる」ようになります。過去は悔やみとして想起され、「こうなったのは、親のせいだ」という他罰的で被害的な気持ちへと進むのです。
ひきこもりは、表面的には自分の感情や欲求を押し殺す生き方ですが、どうにも抑えきれなくなると、そのエネルギーは親に対する恨みや怒りに転じて、衝動行為が発生することになります。
以上は、ひきこもりには、いかに「くつろぎ」がないかを示しています。
たとえ外に出ても、「くつろぎの場」を発見できない場合には、ひきこもりと大差ないのですから、リバウンド(再度のひきこもり)を生じても不思議ではありません。
従って、居場所には、ひきこもる部屋と違う何か、くつろぎ・楽しさ・喜びなどが求められます。これが感じられる居場所やプログラムには、再び参加したくなるのです。
競争社会に傷つき、生き方にさ迷う若者たちの自己回復の場として、「居場所」「フリースペース」が、今求められています。「居場所の拡大」と「生き方の複線化」こそが、若者たちの回復と成長のために必要です。
不登校・中退などが教育システムへの異議申し立てであり、中途退社が会社社会への異議申し立てであるとしたら、そのエネルギーをひきこもるエネルギーに変えてしまわないように配慮したシステムが、必要不可欠と言えるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月15日月曜日
みなが同じ悩みを抱えている
小中学不登校、高校中退、高卒無業、大学中退、大卒無業から、いったん社会に出た後の退職・ひきこもりに至るまで、あらゆる段階から、ひきこもりはスタートしています。
感受性の強い人たちにとって、現代日本の教育システムや職業システムが、たいへん住みにくいことを示しています。
思春期には、心身の変化や対人関係に悩むようになり、社会不安障害・対人恐怖・落ち込みから、学校に行けなくなることも多いと言えます。
長期ひきこもりの中に、中学時代の授業場面で緊張して登校できなかったケースが多いのです。高校中退や高卒無業が最も多いことは、進学・進路の失敗と関連する点で注目されます。
希望を持って入学した高校が自分に合わないと気づいたときの気持ち、大学受験に失敗したときのつらさは、ひきこもることでしか解消できないこともあると思われます。
「高校くらいは出て常識」「良い就職や生活への一段階」という言葉はあっても、高校中退せざるを得なかった場合の社会的受け皿はなかったのです。
下の年齢と同学年になることは、年齢主義によって強い劣等感を抱かせることになります。このために、高校中退者は、宙ぶらりんで不安定な状況を余儀なくされるのです。
毎年5万人~10万人もの高校生が中退するという数字が報告されても、「時間が解決する」「自己責任」といった無責任な言葉で問題は放置されてきたのです。
ひきこもりにはさまざまな経過がありますが、居場所での活気からは、みなが家から出たかったこと、つどえる仲間と場所が欲しかったことが伝わってくるのです。
孤立は、他人の目を気にすることにつながり、孤立をさらに助長します。経験を分かち合う仲間がいることは、対人交流をさらにうながします。
このように、居場所には、当事者を新たな可能性へと向かわせる機能があるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
感受性の強い人たちにとって、現代日本の教育システムや職業システムが、たいへん住みにくいことを示しています。
思春期には、心身の変化や対人関係に悩むようになり、社会不安障害・対人恐怖・落ち込みから、学校に行けなくなることも多いと言えます。
長期ひきこもりの中に、中学時代の授業場面で緊張して登校できなかったケースが多いのです。高校中退や高卒無業が最も多いことは、進学・進路の失敗と関連する点で注目されます。
希望を持って入学した高校が自分に合わないと気づいたときの気持ち、大学受験に失敗したときのつらさは、ひきこもることでしか解消できないこともあると思われます。
「高校くらいは出て常識」「良い就職や生活への一段階」という言葉はあっても、高校中退せざるを得なかった場合の社会的受け皿はなかったのです。
下の年齢と同学年になることは、年齢主義によって強い劣等感を抱かせることになります。このために、高校中退者は、宙ぶらりんで不安定な状況を余儀なくされるのです。
毎年5万人~10万人もの高校生が中退するという数字が報告されても、「時間が解決する」「自己責任」といった無責任な言葉で問題は放置されてきたのです。
ひきこもりにはさまざまな経過がありますが、居場所での活気からは、みなが家から出たかったこと、つどえる仲間と場所が欲しかったことが伝わってくるのです。
孤立は、他人の目を気にすることにつながり、孤立をさらに助長します。経験を分かち合う仲間がいることは、対人交流をさらにうながします。
このように、居場所には、当事者を新たな可能性へと向かわせる機能があるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月14日日曜日
年齢のへだてなく、おしゃべりなどの交流
若者の集まりとして、かつては若者宿・青年団・消防団など地域的なものから、大学のサークル・同好会・組合の集まりなどが存在しました。
これらは、経済成長の過程で、会社の丸抱えによる社会教育(会社教育)にとって代わられ、地域の居場所は消滅しました。
そして、長期不況によって、会社が若者の新規参入に門を閉ざすようになると、若者の居場所は、家やコンビニ以外、ほとんどなくなりました。
会社にも門戸を閉ざされ、地域社会への参入のきっかけを失った若者は、親元にとどまるしか方法がなくなったのです。こうして、若者は孤立するようになりました。
フリーター・ニート・ひきこもり・パラサイト・パーソナリティ障害・アルコール・薬物依存症・摂食障害・自殺・犯罪に至るまで、「若者の変化」は、「孤立化」を背景にしているのです。
若者を分断している、もう一つの誤った考え方に「年齢主義」があります。これは、20歳の女性が10代と比較して「自分は若くない」と嘆くような現象を指しますが、この年齢主義はなぜ生じたのでしょうか?
それは、次のような理由が考えられます。
①教育上の「学年」が、年齢によって厳格に規定されていること。
②社会の急激な変化によって、年齢による文化的差異を生じたこと。
③部活動に見られるように、学年による上下意識が残ること。
④「年を取ること」を成熟としてでなく、価値の喪失とみなす社会風潮。
⑤知識を偏重し、知恵の習得を軽視する風潮。
以上のように、社会構造そのものに起因すると分析できます。
封建的意識の遺物と言える「年齢主義」によっても分断されていることは、ひきこもりの若者にも見受けられます。ひきこもりには、「10年目」や「30歳までに」などと期間や年齢を気にする傾向があります。
現代の若者を苦しめる「孤立化」「年齢主義」から逃れるためには、年齢のへだてなく「居場所」「たまり場」に参加して、仲間感覚を持つことが大切と言えるのです。
若者たちが集い、共同体感覚を回復させ、知識・情報・知恵を交わして社会参加していける、そんな集まりが求められています。
これは、不登校・ひきこもりに限らず、次世代を共同体内存在として育てるために欠かせないものとして、社会全体が位置づける必要があるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
これらは、経済成長の過程で、会社の丸抱えによる社会教育(会社教育)にとって代わられ、地域の居場所は消滅しました。
そして、長期不況によって、会社が若者の新規参入に門を閉ざすようになると、若者の居場所は、家やコンビニ以外、ほとんどなくなりました。
会社にも門戸を閉ざされ、地域社会への参入のきっかけを失った若者は、親元にとどまるしか方法がなくなったのです。こうして、若者は孤立するようになりました。
フリーター・ニート・ひきこもり・パラサイト・パーソナリティ障害・アルコール・薬物依存症・摂食障害・自殺・犯罪に至るまで、「若者の変化」は、「孤立化」を背景にしているのです。
若者を分断している、もう一つの誤った考え方に「年齢主義」があります。これは、20歳の女性が10代と比較して「自分は若くない」と嘆くような現象を指しますが、この年齢主義はなぜ生じたのでしょうか?
それは、次のような理由が考えられます。
①教育上の「学年」が、年齢によって厳格に規定されていること。
②社会の急激な変化によって、年齢による文化的差異を生じたこと。
③部活動に見られるように、学年による上下意識が残ること。
④「年を取ること」を成熟としてでなく、価値の喪失とみなす社会風潮。
⑤知識を偏重し、知恵の習得を軽視する風潮。
以上のように、社会構造そのものに起因すると分析できます。
封建的意識の遺物と言える「年齢主義」によっても分断されていることは、ひきこもりの若者にも見受けられます。ひきこもりには、「10年目」や「30歳までに」などと期間や年齢を気にする傾向があります。
現代の若者を苦しめる「孤立化」「年齢主義」から逃れるためには、年齢のへだてなく「居場所」「たまり場」に参加して、仲間感覚を持つことが大切と言えるのです。
若者たちが集い、共同体感覚を回復させ、知識・情報・知恵を交わして社会参加していける、そんな集まりが求められています。
これは、不登校・ひきこもりに限らず、次世代を共同体内存在として育てるために欠かせないものとして、社会全体が位置づける必要があるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月13日土曜日
勇気を出して居場所に参加
居場所には、「取りあえず参加してみる」ことです。ひきこもりの間に、新しいことに対して身構えてしまう癖が強まっている可能性があります。
しかし、10数年間こもった人でも、50代の人でも、居場所に参加できています。身構えてしまうことは、現実を敏感に意識することであり、何も感じないことよりはるかにましです。
家で髪型や衣類を気にして、化粧や筋肉トレーニングをしているのは、外に出ることを意識した行動と言えます。それは、外に出る日が来ることを待っている証なのです。
その段階で足りなかったのは、「あと少しの勇気」と第三者による「ひと押し」でした。少し勇気を出すことによって、その次にはもう少し大きな勇気が出るようになるのです。
参加する居場所・NPO・支援者・専門化などに関する情報は、前もって知っていた方が参加しやすくなります。親たちが伝えたかったのは、その情報です。
伝達しにくい状況の中で、居場所の情報が伝わったことは、親たちの努力もあります。その努力に応じて、居場所に参加してみて欲しいと思います。
「初めに行動ありき」は、昔から伝わる英知の言葉です。「人生はいつからでもスタート」という言葉もあります。
不登校・ひきこもりの状態から参加できる場所は増えています。そこには、同じような状況にある若者が大勢参加しています。
NPO・専門化・支援者などが、さまざまな手段を駆使して、必要な情報が届くように配慮しています。ちょっぴり勇気を出して、居場所に参加して欲しいと思います。
居場所を初めて訪れるときに、緊張しない若者はひとりもいません。しかし、初診や初参加のときには、最大の喜びで迎えられ、大歓迎を受けることができます。
「よく来たねえ」「待っていたんだよ」「勇気を出してくれたね」などの言葉・表情・身振り・握手など、さまざまな表現で歓迎されることによって、警戒心や緊張は軽くなるのです。
最初の出会いの歓迎と簡単な動機づけによって、スムースにプログラムに参加できるのは、対人的な交流を求めていた人に多いと言えます。
居場所に参加することは、慣れない集団の場に身をさらすトレーニングになります。無理することなく、少しずつ慣れることがうながされます。
治療者・NPO・親のあせりによって、「強制」の雰囲気がみなぎることは、良い結果につながりません。
当事者がコミュニケーションを求めている度合い、社会不安障害や抑うつの程度を見きわめながら、自然な動きを誘うことが好ましいと言えます。
「あるがまま」で受け入れられることは、貴重な体験です。当事者は、性格特徴・生い立ち・家族関係などに配慮されながら見守られます。
スケジュール的な経過に追われることのない、自然な変化が見守られるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
しかし、10数年間こもった人でも、50代の人でも、居場所に参加できています。身構えてしまうことは、現実を敏感に意識することであり、何も感じないことよりはるかにましです。
家で髪型や衣類を気にして、化粧や筋肉トレーニングをしているのは、外に出ることを意識した行動と言えます。それは、外に出る日が来ることを待っている証なのです。
その段階で足りなかったのは、「あと少しの勇気」と第三者による「ひと押し」でした。少し勇気を出すことによって、その次にはもう少し大きな勇気が出るようになるのです。
参加する居場所・NPO・支援者・専門化などに関する情報は、前もって知っていた方が参加しやすくなります。親たちが伝えたかったのは、その情報です。
伝達しにくい状況の中で、居場所の情報が伝わったことは、親たちの努力もあります。その努力に応じて、居場所に参加してみて欲しいと思います。
「初めに行動ありき」は、昔から伝わる英知の言葉です。「人生はいつからでもスタート」という言葉もあります。
不登校・ひきこもりの状態から参加できる場所は増えています。そこには、同じような状況にある若者が大勢参加しています。
NPO・専門化・支援者などが、さまざまな手段を駆使して、必要な情報が届くように配慮しています。ちょっぴり勇気を出して、居場所に参加して欲しいと思います。
居場所を初めて訪れるときに、緊張しない若者はひとりもいません。しかし、初診や初参加のときには、最大の喜びで迎えられ、大歓迎を受けることができます。
「よく来たねえ」「待っていたんだよ」「勇気を出してくれたね」などの言葉・表情・身振り・握手など、さまざまな表現で歓迎されることによって、警戒心や緊張は軽くなるのです。
最初の出会いの歓迎と簡単な動機づけによって、スムースにプログラムに参加できるのは、対人的な交流を求めていた人に多いと言えます。
居場所に参加することは、慣れない集団の場に身をさらすトレーニングになります。無理することなく、少しずつ慣れることがうながされます。
治療者・NPO・親のあせりによって、「強制」の雰囲気がみなぎることは、良い結果につながりません。
当事者がコミュニケーションを求めている度合い、社会不安障害や抑うつの程度を見きわめながら、自然な動きを誘うことが好ましいと言えます。
「あるがまま」で受け入れられることは、貴重な体験です。当事者は、性格特徴・生い立ち・家族関係などに配慮されながら見守られます。
スケジュール的な経過に追われることのない、自然な変化が見守られるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月12日金曜日
ひきこもりから、参加できる居場所を知った
ひきこもり問題は、家族や当事者に強い動機があるときに解決の可能性が高く、その解決に十分の希望を持つことができます。
かつての米ソ冷戦のような緊張した対峙をやめて、互いの被害者意識を捨てて、断念することなく取り組むことによって、少なくとも脱出にこぎつけることは可能なのです。
ひきこもりから解放される方法には、自力・家族の力・第三者のサポートと3種類ありますが、「参加する拠点=居場所」の存在が明確になっていることが欠かせない条件となります。
各地のNPO、非NPOは、居場所やフリースペースを設けています。
若者が参加する拠点のない場合には、公的機関の協力を得ながら、親たち自身が拠点づくりを行ないます。
精神保健福祉センター、保健所などの公的機関が、居場所をつくるケースは急増しています。
「ひきこもりから直接参加できる取り組み」が、各地で発足しています。
その際に、NPO・フリースペース・居場所などは、「希望と可能性の場所」として認知され、機能する必要があります。
強制力を効かせ過ぎのNPO、参加者が黙りこくる居場所、問題解決が一向に進まない親の会、担当者がコロコロ変わる公的機関などは、方法論的な見直しを行なう必要があると言えます。
ひきこもり問題は、当事者と同様に、親や社会の側にも、試行錯誤の勇気を持つことが求められていると言えるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
かつての米ソ冷戦のような緊張した対峙をやめて、互いの被害者意識を捨てて、断念することなく取り組むことによって、少なくとも脱出にこぎつけることは可能なのです。
ひきこもりから解放される方法には、自力・家族の力・第三者のサポートと3種類ありますが、「参加する拠点=居場所」の存在が明確になっていることが欠かせない条件となります。
各地のNPO、非NPOは、居場所やフリースペースを設けています。
若者が参加する拠点のない場合には、公的機関の協力を得ながら、親たち自身が拠点づくりを行ないます。
精神保健福祉センター、保健所などの公的機関が、居場所をつくるケースは急増しています。
「ひきこもりから直接参加できる取り組み」が、各地で発足しています。
その際に、NPO・フリースペース・居場所などは、「希望と可能性の場所」として認知され、機能する必要があります。
強制力を効かせ過ぎのNPO、参加者が黙りこくる居場所、問題解決が一向に進まない親の会、担当者がコロコロ変わる公的機関などは、方法論的な見直しを行なう必要があると言えます。
ひきこもり問題は、当事者と同様に、親や社会の側にも、試行錯誤の勇気を持つことが求められていると言えるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月11日木曜日
親や周囲の取り組みに気づいた
当事者たちには、親たちの努力と変化をしっかり感じ取って欲しいところです。親たちは、問題解決のために、さまざまな努力をしてきています。
23年こもった青年の母親は、23年前から保健所などの公的機関に何回も相談してきました。また、20年こもった青年の母親も18年前に大学病院を訪れ、保健所・民間機関などを転々としました。
親の相談受診が先行し、医師・先行く親たち・ケースワーカーなどに相談する中で、当事者を連れてくることに成功するのです。
親たちは、当事者と仲良くなること、有限無限の過剰な圧力を止めること、こう着した母子関係にしがみつかないこと、夫婦で協力することなどを指導されます。
居場所と親の会が開催されていますが、すでに脱出に成功させた親たちや、居場所に参加する元ひきこもりの若者たちと接することの意義は大きく、強く動機づけられて、取り組みの方向性がはっきりしてくるのです。
親たちが対応の仕方を変えていくにつれて、当事者の側にも変化が生じてきます。圧力がなくなるのですから、当事者は「楽な気持ち」になります。
基本的に「出たい」のですから、「楽になること」と「一押しのタイミング」が合致しさえすれば、「出ることは可能になる」のです。
親は、ある程度の確信に至ったら、タイミングを見計らって、当事者に親の生活や取り組みの状況をありのままに伝え、居場所に参加して欲しいという希望を伝えます。
居場所や親の会は、大勢が集まることによる集団効果・共同体効果によって、今まで出すことができなかった親の「あと一押し」が機能して、事態を転換させる力になるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
23年こもった青年の母親は、23年前から保健所などの公的機関に何回も相談してきました。また、20年こもった青年の母親も18年前に大学病院を訪れ、保健所・民間機関などを転々としました。
親の相談受診が先行し、医師・先行く親たち・ケースワーカーなどに相談する中で、当事者を連れてくることに成功するのです。
親たちは、当事者と仲良くなること、有限無限の過剰な圧力を止めること、こう着した母子関係にしがみつかないこと、夫婦で協力することなどを指導されます。
居場所と親の会が開催されていますが、すでに脱出に成功させた親たちや、居場所に参加する元ひきこもりの若者たちと接することの意義は大きく、強く動機づけられて、取り組みの方向性がはっきりしてくるのです。
親たちが対応の仕方を変えていくにつれて、当事者の側にも変化が生じてきます。圧力がなくなるのですから、当事者は「楽な気持ち」になります。
基本的に「出たい」のですから、「楽になること」と「一押しのタイミング」が合致しさえすれば、「出ることは可能になる」のです。
親は、ある程度の確信に至ったら、タイミングを見計らって、当事者に親の生活や取り組みの状況をありのままに伝え、居場所に参加して欲しいという希望を伝えます。
居場所や親の会は、大勢が集まることによる集団効果・共同体効果によって、今まで出すことができなかった親の「あと一押し」が機能して、事態を転換させる力になるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月10日水曜日
ひきこもる意義について考えた
親との折り合いが悪い場合に、「悪いのは親であり、自分のひきこもりは正当である」と考える人もいます。確かに、生きる意義や自分のあり方を探る「意義あるひきこもり」は存在します。
その場合には、ひきこもりと呼ぶ必要もないのですが、将来に悔いを残しそうな問題あるひきこもりとは、以下の点で区別することができます。
*意義あるひきこもりを見分ける
①精神生活に「活発さ」が見分けられる。
行動するにせよ、内省するにせよ、精神活動が活発で、神経症的なゆがみが少ない。
②体力が保たれている。
買い物外出や犬との散歩などによって、定期的に身体を動かしている。
③栄養に偏りのない食事ができている。
バランスの良い栄養とカロリーが取れている。
④衝動行為・暴言暴力・器物損壊などがない。
「暴力が許されないこと」を理解でき、衝動性をコントロールできる。
⑤やみくもな長期化ではない。
意義あるひきこもりは、長期間に及ぶことは少ない。
⑥35歳以上に達していない。
退職後のケースは挫折感が強いので、カウンセリングによる対応が望まれる。
⑦小中学からの長期化ケースではない。
基本的な常識に欠けることがあるので、できるだけ早い時期の対応が必要である。
⑧ひとり親家庭・親の高齢化・病気がある家庭ではない。
家族の力を期待できる。
以上を基準にして、ひきこもり状態を早めに終了する必要があるか否かを判断することができます。
精神的に余裕がないこと、食生活が偏っていること、問題行動があること、長期・高齢化があること、家庭が不安定化していることなどが当てはまる場合には、取り組む必要のあるひきこもりと言えます。
早めに対応した場合には、人生のマイナスになることも最小限となります。「人生はいつからでもスタート」と考えて、「初めの一歩」を踏み出すことです。
ひきこもり期間が相対的に短く、「自分とは何か、いかに生きるか」など、アイデンティティ(同一性)の追求に必要な期間として位置づけられる場合には、自分に最も合った人間関係・学び・仕事を選択できるようになるでしょう。
振り返りによって、ひきこもりの経験から教訓を得ることができた場合には、逆に人生は味わい深いものになるのです。
総中流時代から格差社会へと時代が大きく変貌する中で、普通の若者たちも、学歴や会社に縛られない生活を送るようになっています。
ひきこもった経験があっても、他のほとんどの若者と変わりない人生が送れる時代が来ているのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
その場合には、ひきこもりと呼ぶ必要もないのですが、将来に悔いを残しそうな問題あるひきこもりとは、以下の点で区別することができます。
*意義あるひきこもりを見分ける
①精神生活に「活発さ」が見分けられる。
行動するにせよ、内省するにせよ、精神活動が活発で、神経症的なゆがみが少ない。
②体力が保たれている。
買い物外出や犬との散歩などによって、定期的に身体を動かしている。
③栄養に偏りのない食事ができている。
バランスの良い栄養とカロリーが取れている。
④衝動行為・暴言暴力・器物損壊などがない。
「暴力が許されないこと」を理解でき、衝動性をコントロールできる。
⑤やみくもな長期化ではない。
意義あるひきこもりは、長期間に及ぶことは少ない。
⑥35歳以上に達していない。
退職後のケースは挫折感が強いので、カウンセリングによる対応が望まれる。
⑦小中学からの長期化ケースではない。
基本的な常識に欠けることがあるので、できるだけ早い時期の対応が必要である。
⑧ひとり親家庭・親の高齢化・病気がある家庭ではない。
家族の力を期待できる。
以上を基準にして、ひきこもり状態を早めに終了する必要があるか否かを判断することができます。
精神的に余裕がないこと、食生活が偏っていること、問題行動があること、長期・高齢化があること、家庭が不安定化していることなどが当てはまる場合には、取り組む必要のあるひきこもりと言えます。
早めに対応した場合には、人生のマイナスになることも最小限となります。「人生はいつからでもスタート」と考えて、「初めの一歩」を踏み出すことです。
ひきこもり期間が相対的に短く、「自分とは何か、いかに生きるか」など、アイデンティティ(同一性)の追求に必要な期間として位置づけられる場合には、自分に最も合った人間関係・学び・仕事を選択できるようになるでしょう。
振り返りによって、ひきこもりの経験から教訓を得ることができた場合には、逆に人生は味わい深いものになるのです。
総中流時代から格差社会へと時代が大きく変貌する中で、普通の若者たちも、学歴や会社に縛られない生活を送るようになっています。
ひきこもった経験があっても、他のほとんどの若者と変わりない人生が送れる時代が来ているのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月9日火曜日
親への依存に気づいた
親との関係や親への気持ちは、一度見直す必要があります。
ひきこもり当初から親との緊張関係が続く場合に、「何もしてくれない親が悪い」などという被害的意識を、親に向けることがあります。
また、「近所が悪口を言う」「自分の噂をしている」など、周りが悪いとする「被害念慮」にとらわれることもあります。
被害念慮は、閉塞状況の中では生じても無理からぬ症状ですが、一歩進んで周囲の悪意を信じて疑わなくなると、「被害妄想」となります。
被害念慮は、ひきこもりから解放された後には消えてしまう一時の気持ちの偏りです。「単なる思い込みではないか」と考え直し、被害念慮に基づいた行動は避けなければなりません。
親たちにも「なぜ普通に生活してくれない」「なぜ自分の家だけがこうなのか」という被害者意識があることが多いのです。
被害者意識や被害念慮どうしですれ違っている限り、親子間がうまくいくはずもなく、ひきこもりからの解放があり得ないのは当然なのです。
子供時代の延長と考えて、「自分を養うのは親の義務だ」「このままの生活が良い」と思っている人もいますが、「生活を親に依存していること」について振り返ることは大切なことです。
母親が、食事から洗濯まで身の回りのすべてを世話することは、当たり前のことでしょうか?確かに「父親は会社、母親は家庭で子育て」という総中流時代には、母親が家庭で子育てを行ない、父親と子供の身の回りの世話を行なってきました。
しかし、成人後の子に対しても、同じような世話焼き行為を続けることには問題があります。この点の区切りが明確でないことが、現代の核家族の弱点であり、誤りなのです。
なぜなら、身の回りの世話を続けることは、当事者の自立心をはぐくまないどころか、世話焼きされることを当然と思うことで、ひきこもりを長引かせる原因の一つになるからです。
母親の世話焼き行為なしでは生きていけない状態は、「母親依存」と言えます。
一方で経済的な自立を願いながら、他方で生活の自立、精神的な自立をはばむ世話焼き行為を続けることの矛盾に気づかないことが奇妙なのです。
このような親子関係を「共依存」と言います。また、家族関係に塗り込められて自立できないあり方を「家族依存」と言います。
「依存症モデル」は、ひきこもりの「母依存」「共依存」「家族依存」に注目することで、ひきこもりの解消のためには、依存関係の解消が必要かつ有効であることを示しています。
ひきこもりには、神経症・うつなどのさまざまな疾患が原因となったり結果であったりしますが、その長期化の原因は、ひきこもりが依存症であることを抜きにしては語れないのです。
荒れる50代男性に添い寝する高齢の母親、30代男性にスプーンで食事を与える母親などは、子供時代からの依存関係が年数を経てもそのままに保たれてしまった「共依存」の姿なのです。
また、親の会の統計では、ひきこもり当事者一人につき年間60万円ほどの生活費がかかることが明らかになっています。
特に、定年退職後の収入は、年金などに限定されていることが多く、限りがある分だけ親の経済的な負担感は大きいと言えます。
バイトしたときの貯金を少しずつ使いながら、ひきこもる人もいますが、生活全体を親に依存している事実には変わりないのです。
ひきこもりを抱えた親世代の心理的な負担は、はかり知れないものがあります。
23年にわたって相談を続けながら未解決のままできた母親は、自分がうつ病に陥って入院を繰り返すようになりました。この他にも、心身症・神経症・睡眠障害・などに陥った親は数多くいます。
世間体によって気持ちをより苦しくさせてはいますが、いったん成立した価値観をゆるめることには困難が伴いますので、親たちの苦しみは、心身の病として続くのです。
親世代は、年齢の進行と共に、持病を抱える人が急増する世代です。特に、脳血管(脳梗塞・脳出血)や心臓血管(心筋梗塞・狭心症)の疾患は突然出現して、心身の自由や生命にかかわることも少なくありません。
従って、当事者には最低限の対人交流をできることが求められるのです。長期化して固定化してしまわないうちに、最低限の人間関係に慣れておくことは、きわめて大切と言えるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
ひきこもり当初から親との緊張関係が続く場合に、「何もしてくれない親が悪い」などという被害的意識を、親に向けることがあります。
また、「近所が悪口を言う」「自分の噂をしている」など、周りが悪いとする「被害念慮」にとらわれることもあります。
被害念慮は、閉塞状況の中では生じても無理からぬ症状ですが、一歩進んで周囲の悪意を信じて疑わなくなると、「被害妄想」となります。
被害念慮は、ひきこもりから解放された後には消えてしまう一時の気持ちの偏りです。「単なる思い込みではないか」と考え直し、被害念慮に基づいた行動は避けなければなりません。
親たちにも「なぜ普通に生活してくれない」「なぜ自分の家だけがこうなのか」という被害者意識があることが多いのです。
被害者意識や被害念慮どうしですれ違っている限り、親子間がうまくいくはずもなく、ひきこもりからの解放があり得ないのは当然なのです。
子供時代の延長と考えて、「自分を養うのは親の義務だ」「このままの生活が良い」と思っている人もいますが、「生活を親に依存していること」について振り返ることは大切なことです。
母親が、食事から洗濯まで身の回りのすべてを世話することは、当たり前のことでしょうか?確かに「父親は会社、母親は家庭で子育て」という総中流時代には、母親が家庭で子育てを行ない、父親と子供の身の回りの世話を行なってきました。
しかし、成人後の子に対しても、同じような世話焼き行為を続けることには問題があります。この点の区切りが明確でないことが、現代の核家族の弱点であり、誤りなのです。
なぜなら、身の回りの世話を続けることは、当事者の自立心をはぐくまないどころか、世話焼きされることを当然と思うことで、ひきこもりを長引かせる原因の一つになるからです。
母親の世話焼き行為なしでは生きていけない状態は、「母親依存」と言えます。
一方で経済的な自立を願いながら、他方で生活の自立、精神的な自立をはばむ世話焼き行為を続けることの矛盾に気づかないことが奇妙なのです。
このような親子関係を「共依存」と言います。また、家族関係に塗り込められて自立できないあり方を「家族依存」と言います。
「依存症モデル」は、ひきこもりの「母依存」「共依存」「家族依存」に注目することで、ひきこもりの解消のためには、依存関係の解消が必要かつ有効であることを示しています。
ひきこもりには、神経症・うつなどのさまざまな疾患が原因となったり結果であったりしますが、その長期化の原因は、ひきこもりが依存症であることを抜きにしては語れないのです。
荒れる50代男性に添い寝する高齢の母親、30代男性にスプーンで食事を与える母親などは、子供時代からの依存関係が年数を経てもそのままに保たれてしまった「共依存」の姿なのです。
また、親の会の統計では、ひきこもり当事者一人につき年間60万円ほどの生活費がかかることが明らかになっています。
特に、定年退職後の収入は、年金などに限定されていることが多く、限りがある分だけ親の経済的な負担感は大きいと言えます。
バイトしたときの貯金を少しずつ使いながら、ひきこもる人もいますが、生活全体を親に依存している事実には変わりないのです。
ひきこもりを抱えた親世代の心理的な負担は、はかり知れないものがあります。
23年にわたって相談を続けながら未解決のままできた母親は、自分がうつ病に陥って入院を繰り返すようになりました。この他にも、心身症・神経症・睡眠障害・などに陥った親は数多くいます。
世間体によって気持ちをより苦しくさせてはいますが、いったん成立した価値観をゆるめることには困難が伴いますので、親たちの苦しみは、心身の病として続くのです。
親世代は、年齢の進行と共に、持病を抱える人が急増する世代です。特に、脳血管(脳梗塞・脳出血)や心臓血管(心筋梗塞・狭心症)の疾患は突然出現して、心身の自由や生命にかかわることも少なくありません。
従って、当事者には最低限の対人交流をできることが求められるのです。長期化して固定化してしまわないうちに、最低限の人間関係に慣れておくことは、きわめて大切と言えるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月8日月曜日
長引くにつれて、心身の不調は強まった
長期化の中では、栄養障害をきたして身体を痛めることもあります。また、うつ病や幻覚、妄想などをきたすこともあります。ときに、知的な低下をきたすことすらあります。
「若い」という先入見も手伝って、ひきこもりの健康状態は見落とされやすく、身体管理の視点が、当事者にも周囲にもない点に大きな特徴があると言えるのです。
カーテンはおろか、雨戸まで閉め切った真っ暗闇の中で生活する人もいます。また、極端な偏食に陥る人もいます。虫歯を放置して、菓子パンしか食べなくなった人もいます。
孤独を解消するために大量飲酒して、アルコール依存症に陥ったケースもあります。これらの生活状態から栄養障害をきたし、連鎖的に身体を損ねたとしても不思議ではありません。
ときに、もとに戻らないほどに身体を痛めて、「身体障害」に至ってしまうこともあります。筋力低下・体力低下から虫歯・痔疾などまで、軽症のはずの身体疾患が放置されたために、重症化してしまうケースが見受けられます。
他方、良好な親子関係の中で、適切な運動と栄養が保たれた場合には、40代でも社会参加の可能性を示すケースが存在します。50歳過ぎて、居場所に初めて参加した男性もいます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
「若い」という先入見も手伝って、ひきこもりの健康状態は見落とされやすく、身体管理の視点が、当事者にも周囲にもない点に大きな特徴があると言えるのです。
カーテンはおろか、雨戸まで閉め切った真っ暗闇の中で生活する人もいます。また、極端な偏食に陥る人もいます。虫歯を放置して、菓子パンしか食べなくなった人もいます。
孤独を解消するために大量飲酒して、アルコール依存症に陥ったケースもあります。これらの生活状態から栄養障害をきたし、連鎖的に身体を損ねたとしても不思議ではありません。
ときに、もとに戻らないほどに身体を痛めて、「身体障害」に至ってしまうこともあります。筋力低下・体力低下から虫歯・痔疾などまで、軽症のはずの身体疾患が放置されたために、重症化してしまうケースが見受けられます。
他方、良好な親子関係の中で、適切な運動と栄養が保たれた場合には、40代でも社会参加の可能性を示すケースが存在します。50歳過ぎて、居場所に初めて参加した男性もいます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月7日日曜日
時の経過と共に、さらに出られなくなった
ひきこもり期間は3年以内が最も多いこと、期間が短いほど回復が良好なことがわかっています。3年以内は、「ゴールデン・タイム」といって、就学・就労などの社会参加には問題がないと言えます。
ひきこもり問題に社会が気づいてから10年たたない時点ですので、気がついたら15年以上あるいは20年以上経過していたという場合もまれではありません。
親が問題を放置していたのではなく、さまざまな機関に相談を重ねてきたことは、多くのケースが示すところです。しかし、長期にわたって、社会の関心と有効な対処法が存在しなかったということも事実なのです。
社会や他人を意識したり、出たい葛藤に悩まされる時期を過ぎると、人の心は、無感動・無感覚に陥るか、否認(認めない)のメカニズムが強くなるかの方向へ進みます。
これは、自分の精神を守るうえで、やむを得ない働きと言うことができます。無感覚は、早期から作用する場合もありますが、周囲に関心がないという装いと裏腹な本心が隠されていることを言います。
否認は、自分の感情や現状に触れることを、意識しないままに避けてしまう働きです。年齢が進むにつれて、期間が長引くにつれて、否認によって自分を守ろうとする傾向は強くなります。
そして、自力でひきこもりから脱することは、さらに難しくなるのです。時間の経過自体に、ひきこもりを長期化させる作用があると言うことができます。
しかし、2000年に表面化して以来、ひきこもりへの取り組みは、少しずつ進行しています。
40代や長期ひきこもりの当事者が、外来やNPOを訪れるにつれて、彼らの社会性の回復が可能であることもわかってきました。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
ひきこもり問題に社会が気づいてから10年たたない時点ですので、気がついたら15年以上あるいは20年以上経過していたという場合もまれではありません。
親が問題を放置していたのではなく、さまざまな機関に相談を重ねてきたことは、多くのケースが示すところです。しかし、長期にわたって、社会の関心と有効な対処法が存在しなかったということも事実なのです。
社会や他人を意識したり、出たい葛藤に悩まされる時期を過ぎると、人の心は、無感動・無感覚に陥るか、否認(認めない)のメカニズムが強くなるかの方向へ進みます。
これは、自分の精神を守るうえで、やむを得ない働きと言うことができます。無感覚は、早期から作用する場合もありますが、周囲に関心がないという装いと裏腹な本心が隠されていることを言います。
否認は、自分の感情や現状に触れることを、意識しないままに避けてしまう働きです。年齢が進むにつれて、期間が長引くにつれて、否認によって自分を守ろうとする傾向は強くなります。
そして、自力でひきこもりから脱することは、さらに難しくなるのです。時間の経過自体に、ひきこもりを長期化させる作用があると言うことができます。
しかし、2000年に表面化して以来、ひきこもりへの取り組みは、少しずつ進行しています。
40代や長期ひきこもりの当事者が、外来やNPOを訪れるにつれて、彼らの社会性の回復が可能であることもわかってきました。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月6日土曜日
自分が悪いと思って罪悪感を抱き、親が悪いと思って被害者意識を抱いた
当事者たちは、何も考えないで、ひきこもっているのではありません。
対人不安・ストレス・過剰な緊張・いじめ・学校や会社が合わないことなどによってひきこもった当事者たちは、繊細な神経の持ち主と言うことができます。
ひきこもりという形でしか、自分を守ることができなかったということもできます。「ひきこもりは、自分を探る有意義な営みである」とする意見にも根拠があるのです。
しかし、自力で外に出ることができなかった場合には、ひきこもる行為自体による傷つきを繰り返すようになり、ひきこもり問題と呼ばれるのです。
ちなみに、半年以上の期間が経過することによって、ひきこもりの定義を満たすことになります。
親の世代は、経済主義・会社主義・学歴主義などの戦後社会の発展を支えた価値観を持っています。わが子にも、同じ水準(以上)の生活を願う親の考えを、当事者は受け入れています。
世紀末の不況を境にして、時代は大きな変貌を見せていますが、ひきこもりの親たちと当事者の考え方はそっくりなのです。そして、その価値観を実現できなかった姿が、「ひきこもり」なのです。
さまざまな理由から、当事者は親の考えに反発したり反論したりできないままでいます。
学業途中であれ、学業終了後(中途退職)であれ、彼らには、親の願う生き方を実現できなかったという挫折感や罪悪感があります。
罪悪感から、うつ状態に陥ることもありますが、学校や会社などに戻ることには、自尊心と自己愛による抵抗があるのです。
戦後の経済成長期を通じて、地域に若者がたむろする場所は減少し続けました。会社や学校で傷ついた若者は、自宅に戻って、ひきこもらざるを得なかったのです。
同時に、当事者には、「親の言うことを聞いていたらこうなった」「親が必要なアドバイスをしてくれなかった」という被害者意識があります。
「親の期待に縛られて身動きができなかった」という犠牲者意識も出てきます。親を見る視点がこの一点に絞られた場合に、親の対応次第で衝動行為につながることもあるのです。
親にしても「世間に恥ずかしい」「なぜ、うちの子だけが」という被害者意識でいっぱいです。被害者意識同士が、ドア一枚へだてて向かい合うことが、ひきこもりをさらに長引かせます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
対人不安・ストレス・過剰な緊張・いじめ・学校や会社が合わないことなどによってひきこもった当事者たちは、繊細な神経の持ち主と言うことができます。
ひきこもりという形でしか、自分を守ることができなかったということもできます。「ひきこもりは、自分を探る有意義な営みである」とする意見にも根拠があるのです。
しかし、自力で外に出ることができなかった場合には、ひきこもる行為自体による傷つきを繰り返すようになり、ひきこもり問題と呼ばれるのです。
ちなみに、半年以上の期間が経過することによって、ひきこもりの定義を満たすことになります。
親の世代は、経済主義・会社主義・学歴主義などの戦後社会の発展を支えた価値観を持っています。わが子にも、同じ水準(以上)の生活を願う親の考えを、当事者は受け入れています。
世紀末の不況を境にして、時代は大きな変貌を見せていますが、ひきこもりの親たちと当事者の考え方はそっくりなのです。そして、その価値観を実現できなかった姿が、「ひきこもり」なのです。
さまざまな理由から、当事者は親の考えに反発したり反論したりできないままでいます。
学業途中であれ、学業終了後(中途退職)であれ、彼らには、親の願う生き方を実現できなかったという挫折感や罪悪感があります。
罪悪感から、うつ状態に陥ることもありますが、学校や会社などに戻ることには、自尊心と自己愛による抵抗があるのです。
戦後の経済成長期を通じて、地域に若者がたむろする場所は減少し続けました。会社や学校で傷ついた若者は、自宅に戻って、ひきこもらざるを得なかったのです。
同時に、当事者には、「親の言うことを聞いていたらこうなった」「親が必要なアドバイスをしてくれなかった」という被害者意識があります。
「親の期待に縛られて身動きができなかった」という犠牲者意識も出てきます。親を見る視点がこの一点に絞られた場合に、親の対応次第で衝動行為につながることもあるのです。
親にしても「世間に恥ずかしい」「なぜ、うちの子だけが」という被害者意識でいっぱいです。被害者意識同士が、ドア一枚へだてて向かい合うことが、ひきこもりをさらに長引かせます。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月5日金曜日
ひきこもりは渦のように深くなり、出るに出られなくなった
これは、10年間ひきこもり、後に大学院を修了した30代の当事者の言葉です。ひきこもる行為自体がひきこもりを深めるという、ひきこもりの本質を表した言葉と言えます。
人目を気にすることによって、人目はますます気になるようになります。人目を避けることによって、ますます人目を避けるようになります。
「部屋を掃除してから出る」という決意は、部屋を掃除する行為を反復することになります。
これらは、社会不安障害(対人恐怖)や強迫性障害に見られる心理ですが、逃げるほどに影は大きくなって、さらに逃げたくなる、そしてさらに追っかけられる、そんな神経症(ノイローゼ)の悪循環のメカニズムが働いてしまうのです。
この段階では、社会や他人に対する関心が失われているのではありません。
「人目や他人の言動を気にする」「人と会うことを避ける」「人や社会を批判する」。これは、親の会のアンケートから見た当事者たちの心理です。
彼らは、周囲への関心を十分に保っているのです。その上で、「出たいが出られない」「出るに出られない」という状況にとらえられています。
これらの言葉は、社会や他人への関心を保ちながら、身動きがとれない、ひきこもりの矛盾した気持ちを表しているのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
人目を気にすることによって、人目はますます気になるようになります。人目を避けることによって、ますます人目を避けるようになります。
「部屋を掃除してから出る」という決意は、部屋を掃除する行為を反復することになります。
これらは、社会不安障害(対人恐怖)や強迫性障害に見られる心理ですが、逃げるほどに影は大きくなって、さらに逃げたくなる、そしてさらに追っかけられる、そんな神経症(ノイローゼ)の悪循環のメカニズムが働いてしまうのです。
この段階では、社会や他人に対する関心が失われているのではありません。
「人目や他人の言動を気にする」「人と会うことを避ける」「人や社会を批判する」。これは、親の会のアンケートから見た当事者たちの心理です。
彼らは、周囲への関心を十分に保っているのです。その上で、「出たいが出られない」「出るに出られない」という状況にとらえられています。
これらの言葉は、社会や他人への関心を保ちながら、身動きがとれない、ひきこもりの矛盾した気持ちを表しているのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月4日木曜日
初めは軽い気持ちでひきこもった
本著は、学校や仕事への参加や友達付き合いがないままに、自宅や自室中心の生活を半年以上続けている人を対象に書かれています。
このような人付き合いのない状態は、「不登校・ひきこもり」と呼ばれますが、この呼ばれ方を受け入れるかどうかは、どちらでも良いことです。
問題になるのは、外部との交流がなくなることによって、考えすぎたり、落ち込んだり、あきらめてしまったり、マイナス思考に陥っていないかということです。
また、家族ともうまくいかなくなって、気まずい思いや苛立ちがつのっていないかということです。そして、運動不足や栄養の偏りのために、心身を痛めていないかということです。
自分から制限を加えた、狭い範囲での生活によって、狭い見方にみ陥り、希望を見いだせなくなったりしている人に、この著書を読んでいただきたいのです。
ひきこもりから脱出したケースは増加しています。
彼らが、ひきこもり生活についての言葉を残してくれていますので、「ひきこもり中の気持ち」について知ることができます。
「どうにもならなかった」
これは、大学受験の失敗から20年こもった40歳男性の言葉ですが、ひきこもりが不本意であったことを語っています。同じ思いのままに20年も続くことがあるという、ひきこもりの本質が伝わる言葉です。
この間、親はさまざまな機関に相談し続けています。親と当事者が、同じ思いにさいなまれてきたという点で、きわめて印象的です。
「きっかけがなかった」
これは、対人ストレスから14年ひきこもった30代男性の言葉です。彼は、「軽い気持ち」から出勤できなくなり、同僚の目を気にした自宅生活がズルズルと続いて、14年経ってしまったのです。
多くの人の支援を受けて、現在は仕事に戻る訓練をしていますが、「なぜこんなに長く続いたかわからない」とぼやきながら、「早く仕事をしたい」と希望を語っています。
「どこへ行ったら良いかわからなかった」
軽い気持ちから10年ひきこもった20代男性は、「10年遅れ」で、念願の高校生になりました。この10年間に、社会人の受け入れや高卒認定資格など教育システムが変化してきたことが効いたケースと言えます。
人前に出る恐怖から、中学不登校、高校中退となった20代女性は、勇気を出して自分から外来を訪れました。「どこへ行ったら良いかわからなかった」「行くところがなかった」と言います。彼女は、居場所に通う中で、会社員と結婚して、今では一児の母親になっています。
「暗闇をひとりぼっちで歩いていた」
これは、社会不安障害から18年ひきこもった30代男性の言葉ですが、ひきこもりに伴う孤独感が伝わってきます。ひきこもりは、段階的に悪化することもあります。
親の対応も後手に回り、公的な支援によって救出されたときには、栄養障害などによる精神的な不安定さが目立ちました。
さまざまな障害を合併していることが予測されましたが、栄養状態の改善により、詩人のような珠玉の言葉を残してくれました。
ひきこもりの原因は、学校や会社での対人ストレス・いじめ・人前での緊張・うつ状態に加えて、新しい学校や会社になじめないことや就労中の挫折など多様です。
若い世代にとって、学校や会社に適応していくことが大変な時代であることが示されていると言えます。
ひきこもりは、「行きたくない」「少し休んでみたい」といった軽い気持ちから始まることが多いと言うこともできます。
軽いはずの気持ちが2日3日と続くうちに、いつしかどうしようもなくなっている、それが「ひきこもり」の特徴なのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
このような人付き合いのない状態は、「不登校・ひきこもり」と呼ばれますが、この呼ばれ方を受け入れるかどうかは、どちらでも良いことです。
問題になるのは、外部との交流がなくなることによって、考えすぎたり、落ち込んだり、あきらめてしまったり、マイナス思考に陥っていないかということです。
また、家族ともうまくいかなくなって、気まずい思いや苛立ちがつのっていないかということです。そして、運動不足や栄養の偏りのために、心身を痛めていないかということです。
自分から制限を加えた、狭い範囲での生活によって、狭い見方にみ陥り、希望を見いだせなくなったりしている人に、この著書を読んでいただきたいのです。
ひきこもりから脱出したケースは増加しています。
彼らが、ひきこもり生活についての言葉を残してくれていますので、「ひきこもり中の気持ち」について知ることができます。
「どうにもならなかった」
これは、大学受験の失敗から20年こもった40歳男性の言葉ですが、ひきこもりが不本意であったことを語っています。同じ思いのままに20年も続くことがあるという、ひきこもりの本質が伝わる言葉です。
この間、親はさまざまな機関に相談し続けています。親と当事者が、同じ思いにさいなまれてきたという点で、きわめて印象的です。
「きっかけがなかった」
これは、対人ストレスから14年ひきこもった30代男性の言葉です。彼は、「軽い気持ち」から出勤できなくなり、同僚の目を気にした自宅生活がズルズルと続いて、14年経ってしまったのです。
多くの人の支援を受けて、現在は仕事に戻る訓練をしていますが、「なぜこんなに長く続いたかわからない」とぼやきながら、「早く仕事をしたい」と希望を語っています。
「どこへ行ったら良いかわからなかった」
軽い気持ちから10年ひきこもった20代男性は、「10年遅れ」で、念願の高校生になりました。この10年間に、社会人の受け入れや高卒認定資格など教育システムが変化してきたことが効いたケースと言えます。
人前に出る恐怖から、中学不登校、高校中退となった20代女性は、勇気を出して自分から外来を訪れました。「どこへ行ったら良いかわからなかった」「行くところがなかった」と言います。彼女は、居場所に通う中で、会社員と結婚して、今では一児の母親になっています。
「暗闇をひとりぼっちで歩いていた」
これは、社会不安障害から18年ひきこもった30代男性の言葉ですが、ひきこもりに伴う孤独感が伝わってきます。ひきこもりは、段階的に悪化することもあります。
親の対応も後手に回り、公的な支援によって救出されたときには、栄養障害などによる精神的な不安定さが目立ちました。
さまざまな障害を合併していることが予測されましたが、栄養状態の改善により、詩人のような珠玉の言葉を残してくれました。
ひきこもりの原因は、学校や会社での対人ストレス・いじめ・人前での緊張・うつ状態に加えて、新しい学校や会社になじめないことや就労中の挫折など多様です。
若い世代にとって、学校や会社に適応していくことが大変な時代であることが示されていると言えます。
ひきこもりは、「行きたくない」「少し休んでみたい」といった軽い気持ちから始まることが多いと言うこともできます。
軽いはずの気持ちが2日3日と続くうちに、いつしかどうしようもなくなっている、それが「ひきこもり」の特徴なのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月3日水曜日
市民社会の一員と実感
人は、一人では生きていけないだけでなく、一家族だけでも生きていけません。こんな当たり前のことが、経済主義や大不況の時代には理解されませんでした。
隣の芝生をうらやみ、隣の息子のネクタイ姿をねたみ、近隣同志で競い合う時代は終わりました。
ひきこもりからの着地点が、親たちと同一でないことを理解して、時間を与える余裕が親の側に生まれたときに、当事者の回復は始まります。
当事者の回復を見守る姿勢ができるということは、親たちの側に質的な変化が生じたことを意味します。
親自身も、自分の体裁・世間体・形式・制度・古い価値観に縛られることなく、自分自身の必然性を自由に生きることを選択したのです。
これは、親自身が、自由・愛・本音から撤退(ひきこもり)していた状況から解放され、回復したことを意味します。親たちの回復は、当事者の回復であり、家族共同体の回復であり、共同社会の回復なのです。
ひきこもりは、時代と社会が閉塞して生きづらく、本来の人間性と相反するものであるという訴えです。
若者によって問題提起された「ひきこもり問題」の意味を解して解決に取り組むことは、共同社会を生き生きとした、住みやすい成熟社会へと一歩進めることになるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
隣の芝生をうらやみ、隣の息子のネクタイ姿をねたみ、近隣同志で競い合う時代は終わりました。
ひきこもりからの着地点が、親たちと同一でないことを理解して、時間を与える余裕が親の側に生まれたときに、当事者の回復は始まります。
当事者の回復を見守る姿勢ができるということは、親たちの側に質的な変化が生じたことを意味します。
親自身も、自分の体裁・世間体・形式・制度・古い価値観に縛られることなく、自分自身の必然性を自由に生きることを選択したのです。
これは、親自身が、自由・愛・本音から撤退(ひきこもり)していた状況から解放され、回復したことを意味します。親たちの回復は、当事者の回復であり、家族共同体の回復であり、共同社会の回復なのです。
ひきこもりは、時代と社会が閉塞して生きづらく、本来の人間性と相反するものであるという訴えです。
若者によって問題提起された「ひきこもり問題」の意味を解して解決に取り組むことは、共同社会を生き生きとした、住みやすい成熟社会へと一歩進めることになるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月2日火曜日
回復した経験を、いまだ苦しむ親や当事者に伝えた
孤立化し、格差社会に放り出されて苦しいのは、当事者や親だけではありません。
ひきこもり問題を抱えない親たちの多くもまた、低賃金労働を余儀なくされるフリーターや結婚しない(できない)パラサイトを抱えて、予測もしなかった事態に悩んでいます。
若者は旅立てないでいますが、旅立てない若者の親もまた旅立てないのです。
親たちは定年後を「第2の人生、余生、老後」とすることを良しとしない世代です。かと言って、今後30年の身の振り方を持ち合わせていないことも事実です。
親世代全体が、今からの人生をどう生きるか悩み、さまよっています。
こういう状況から、ひきこもり問題、わが子の社会化の問題を定年後に抱えたことは、マイナスではないことがわかるのです。
気がついてみると、親自身も直接的な競争社会からはずれています。これは、ひきこもるわが子と同じラインに並んだということです。
これは、親子のつながりをはぐくむチャンスと言えるのです。
親の回復が子の回復であり、子の回復が親の回復であるという、家族の共同性がよみがえる絶好のチャンスなのではないでしょうか。
総中流社会も格差社会も、競争・対立・縄張り・縦割り・期限割り・細分化・専門化など、人々を分断する動きが強い社会です。
摂食障害が若い女性のSOSであるように、ひきこもりは、孤立に身をおくことによって、人間同士のつながりの大切さを示した問題提起であるとみなすこともできます。
親の会や居場所は、孤立を脱して身を寄せ合い、互いの経験を伝え合う中で、当事者と親の回復が進んでいく集まりです。
その経験を別の家族へ、いまだ苦しむ親と当事者へ伝えることは、人々の回復とつながりの輪を広げていく意義があります。
それは、孤立社会を共同性に満ちた成熟社会へと変えていく大きな力となるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
ひきこもり問題を抱えない親たちの多くもまた、低賃金労働を余儀なくされるフリーターや結婚しない(できない)パラサイトを抱えて、予測もしなかった事態に悩んでいます。
若者は旅立てないでいますが、旅立てない若者の親もまた旅立てないのです。
親たちは定年後を「第2の人生、余生、老後」とすることを良しとしない世代です。かと言って、今後30年の身の振り方を持ち合わせていないことも事実です。
親世代全体が、今からの人生をどう生きるか悩み、さまよっています。
こういう状況から、ひきこもり問題、わが子の社会化の問題を定年後に抱えたことは、マイナスではないことがわかるのです。
気がついてみると、親自身も直接的な競争社会からはずれています。これは、ひきこもるわが子と同じラインに並んだということです。
これは、親子のつながりをはぐくむチャンスと言えるのです。
親の回復が子の回復であり、子の回復が親の回復であるという、家族の共同性がよみがえる絶好のチャンスなのではないでしょうか。
総中流社会も格差社会も、競争・対立・縄張り・縦割り・期限割り・細分化・専門化など、人々を分断する動きが強い社会です。
摂食障害が若い女性のSOSであるように、ひきこもりは、孤立に身をおくことによって、人間同士のつながりの大切さを示した問題提起であるとみなすこともできます。
親の会や居場所は、孤立を脱して身を寄せ合い、互いの経験を伝え合う中で、当事者と親の回復が進んでいく集まりです。
その経験を別の家族へ、いまだ苦しむ親と当事者へ伝えることは、人々の回復とつながりの輪を広げていく意義があります。
それは、孤立社会を共同性に満ちた成熟社会へと変えていく大きな力となるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年9月1日月曜日
若者が孤立する理由がわかった
近代日本の社会構造を考えるとき、戦前戦後というフレーズが登場します。それは、終戦を境に価値観が大きく変わったことを示しています。
全体から個人へ、大家族から核家族へ、強制から民主へと、「個の尊重」が重視される中で、経済は大きく発展しました。
戦後の日本社会は、民主化が進んで、西欧のような「自立した個人による市民社会」が到来すると予測されました。「自己責任に生きる強い個人」の育成を掲げて、ゆとり教育(1992)もスタートしました。
しかし、世紀末の大不況を経て到達したのは、成熟した市民社会でも、自立した個人の社会でもなく、商業主義・消費主義・単身主義が栄え、マスメディアが繁茂する「孤立した」個人の社会だったのです。
フリーター・ニート・ひきこもり・パラサイト・摂食障害・薬物依存症などに至るまで、その激増ぶりは孤立に苦しむ若者の姿を表しています。
それに加えて、社会構造の根本的な変化が出現しました。
戦前戦後を第1・第2の時代とするならば、世紀末の不況を境に、「格差社会」という第3の時代が始まったと言えるのです。
グローバル化・IT化が進んで、当事者たちの着地点は、親世代とは大きく違ってきました。
戦後総中流社会の目安であった学歴・会社・結婚などは、もはや安全弁として機能しなくなりました。
世間体や他人の評価を基準にすることも、単身化と孤立化が進む時勢にそぐわなくなっています。親の価値観は、もはや古い価値観となったのです。
このように、社会の環境や規範が激変する中で、若者世代全体が、「自己同一性」、すなわち、「どう生きるか、だれと生きるか」などをめぐって悩むようになっています。
若者の病理の背後に、孤立させる文化と共に、自己同一性をめぐる混乱が加わってきたのです。
社会に適応したはずの30代「正社員」までが、人員削減とパソコン労働のあおりを受けて加重労働からうつ病になり、過労死、過労自殺に追い込まれるという状況になっています。
ネット心中などの自殺の増加や再び「太宰治」が読まれる現象は、生きる目標が見失われた時代であることを示しています。
格差社会の安全弁は、「自分自身を生きること」にあると思われますが、既成の価値観も信じられず、かと言って、新しい生き方の基準もないという若者の苦しみは深まっています。
この点から言えば、ひきこもりの当事者たちは、若者全体の苦しみを先取りしており、時代と社会全体の苦しみのバロメーターであったということがわかるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
全体から個人へ、大家族から核家族へ、強制から民主へと、「個の尊重」が重視される中で、経済は大きく発展しました。
戦後の日本社会は、民主化が進んで、西欧のような「自立した個人による市民社会」が到来すると予測されました。「自己責任に生きる強い個人」の育成を掲げて、ゆとり教育(1992)もスタートしました。
しかし、世紀末の大不況を経て到達したのは、成熟した市民社会でも、自立した個人の社会でもなく、商業主義・消費主義・単身主義が栄え、マスメディアが繁茂する「孤立した」個人の社会だったのです。
フリーター・ニート・ひきこもり・パラサイト・摂食障害・薬物依存症などに至るまで、その激増ぶりは孤立に苦しむ若者の姿を表しています。
それに加えて、社会構造の根本的な変化が出現しました。
戦前戦後を第1・第2の時代とするならば、世紀末の不況を境に、「格差社会」という第3の時代が始まったと言えるのです。
グローバル化・IT化が進んで、当事者たちの着地点は、親世代とは大きく違ってきました。
戦後総中流社会の目安であった学歴・会社・結婚などは、もはや安全弁として機能しなくなりました。
世間体や他人の評価を基準にすることも、単身化と孤立化が進む時勢にそぐわなくなっています。親の価値観は、もはや古い価値観となったのです。
このように、社会の環境や規範が激変する中で、若者世代全体が、「自己同一性」、すなわち、「どう生きるか、だれと生きるか」などをめぐって悩むようになっています。
若者の病理の背後に、孤立させる文化と共に、自己同一性をめぐる混乱が加わってきたのです。
社会に適応したはずの30代「正社員」までが、人員削減とパソコン労働のあおりを受けて加重労働からうつ病になり、過労死、過労自殺に追い込まれるという状況になっています。
ネット心中などの自殺の増加や再び「太宰治」が読まれる現象は、生きる目標が見失われた時代であることを示しています。
格差社会の安全弁は、「自分自身を生きること」にあると思われますが、既成の価値観も信じられず、かと言って、新しい生き方の基準もないという若者の苦しみは深まっています。
この点から言えば、ひきこもりの当事者たちは、若者全体の苦しみを先取りしており、時代と社会全体の苦しみのバロメーターであったということがわかるのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
登録:
投稿 (Atom)