「楽しむ」と言うと、「甘やかせば良いのか?」と誤解する人がいます。「連れて来てください」と言うと、「無理やりに拉致することか?」と言う人がいます。
親のこの極端さは、何のでしょうか?親自身の生活や考え方に余裕がないときに、こうした発言になります。ひきこもり当事者ではなく、親の方が切羽詰まった状況です。
親たちの世代は、がむしゃらに働いてきた世代です。「24時間働けますか?」とCMに後押しされ、栄養ドリンクを飲み続けて頑張ってきた世代です。
父親は産業戦士として、母親は専業主婦として、子供の教育にのめり込みました。しして、好景気を支え、バブルを演出しました。
ところが、バブルは弾け、せっかく育てた子供たちが就職時になると、就職氷河期になっていたのです。頑張ってきた親のもくろみは、こうして崩れ去ってしまいました。
年間の自殺者が3万人を超えるようになって10年近くになります。中高年男性がリストラや倒産で経済的破綻をきたし、それが原因で自殺した人が増えたことが、その理由とされています。
自殺まで追いつめられた彼らの気持ちを察すると辛いものがありますが、仕事以外にも楽しみや価値観を持っていれば、違った結果になったとも考えられます。
がむしゃらであることは、ときには必要ですが、行き場がなくなって、社会からの撤退=自殺ということになってしまうのです。
ひきこもり当事者にも、自由な発想はなかなかできません。というのは、当事者たちは親たちの価値観をそのまま受け継いでいるからです。彼らの場合は、社会からの撤退=ひきこもりだったのです。
「これしかない」と思い込んでいる親が、多様な生活を送り、それを楽しむことは、短期間に身につくことではありません。
しかし、親が別の価値観を探して、生き方を変えようと努力すれば、当事者にもその努力は伝わります。実は、それがとても大切なのです。
夫婦でも、親子でも、よもやま話、世間話などの会話を楽しむ、食事や散歩や軽スポーツなどを共に楽しむことは、家族間の雰囲気を根本的に変えます。
親の態度が変化すると、当事者も変化していきます。これは、よく見られる現象です。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
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