2008年10月13日月曜日

試行錯誤の中で、うまくいかない場合には教訓を得た

居場所を訪れた当事者は、その6割が少なくても1回は、社会参加にチャレンジしています。

チャレンジした当事者の半数は、就学・就労の段階、つまりパート以上の安定した就労・就学・結婚・資格試験合格などに達しています。また、居場所・NPOのスタッフとして活動している人もいます。

これは、もう「ひきこもり」と言う必要のない、ごく「一般的な若者の姿」と言えるのです。

しかし、社会参加は、すんなりいくとは限りません。試行錯誤は、当然のことのように起きるものです。「働くこと」は「総合的な作業」であり、全体のバランスが求められます。

体ができていないことからケガをしたり、職場の速い動きについていけなかったり、上司の強い口調を叱られたと誤解したり、疲れて翌朝起きられなかったりなど、仕事が続かなくなる条件は多くあります。

こんなときには、スタッフ・ジョブコーチ・専門家などのアドバイスが必要になります。バイトを辞めても一喜一憂せず、「うまくいかなかったら教訓を得る」ことが大切になるのです。

親世代は、学歴を問わず、経済成長の中で順調な社会生活を経験してきました。

そして、ほとんどの人は、大金持ちにはならなかったけれども、貧しい暮らしを強いられたわけでもない、「中流階級」「中流階層」の生活を営んできたのです。

こうした親を基準にすると、少なくとも大学卒業の年代くらいまでには、経済的安定コースに乗っていることを願うことになります。

日本社会では、長い間、これが「一人前」の評価基準となり、収入の不安定なフリーランサーなどは、アウトサイダー扱いされてきました。

しかし、現代の西欧文化圏では、若者が「一人前」になるには、時間がかかると認識されており、日本もそういう時代になりつつあります。

選挙権を18歳で認めようと論議される一方で、「成人」の規定は30歳でも良いのではないか、といった論調も見られます。

いずれにしても、現代の若者は、ゆったりと時間をかけて大人になることが許容されているのです。

かつては「早く大人になって、早く一人前になって、社会に貢献」と言われたものですが、「早く大人になってどうするの?」「早く一人前になったら社会に貢献できるの?」と、若者から社会に問いかけられているのです。

時代は変わっています。「一人前」の基準を再検討した上で、再構築すべきなのです。

20代~30代の世代は、不況という「経済的な強制力」によって、一人前になることを無理やり遅れさせられた世代であり、「失われた世代」と呼ばれています。

「失われた世代」は、40歳までに人生の方途を見出すことができれば良しとされて然るべきです。

「一人前」の基準は、もっと幅広く語られる必要があるのです。そうでなければ、若い世代の委縮は、ますます進み、彼らの可能性をさらに狭めてしまう危険があるからです。

若者たちと今の大人たちはでは、価値基準は大きく違ってきました。

アナログ(大人)対デジタル(若者)、ローカル(大人)からグローバル(若者)、10年単位(大人)から1年単位(若者)といった比較からわかるように、社会構造そのものが違ってしまったのです。

中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。

0 件のコメント: