2008年10月8日水曜日

人類の歴史は、「最初に男と女ありき」

人間は、なぜ特定の異性とつながり、特定の異性と家庭をつくるのでしょうか?

ある学者は、「人の心が発達するにつれて、特定の男性と女性の気持ちが離れなくなり、同じ場所に住むようになった」と記述しています。

特定の異性同士が「好き」になることは、人類史そのものと言えるほどに長い歴史があるのです。太古の昔から、異性の存在に心をときめかすことが、人生を生き生きとさせてきたのです。

人類の歴史は、「最初に男と女ありき」だったのです。

現実には、男と女の関係は、必ずしも幸福ばかりとは限りません。女性を男性の所有物のようにみなす男尊女卑の時代もありました。

現代社会にも、そうした思想は一部に残存しています。父親がそうした考えを強く持っている場合に、ひきこもりが長引くケースがあります。

男は会社、女は家庭、といった男女分業論の到達点は、「会社人間の父親は、家庭に不在。母親と子供の結びつきが強まり、母性過剰」となります。

これは、子供が社会に出にくい(社会化されにくい)条件のひとつなのです。

不登校・ひきこもり・薬物依存症・摂食障害・パーソナリティ障害に至るまで、現代の若者の背後には、こうした家族状況が見受けられます。

ひきこもり家族の場合に、当事者と母親の「共依存」的な愛着関係が強まると共に、父親との距離が開きすぎて、生理的な憎しみの対象になるのは、このような背景があるからです。

これは、ひきこもりが長引く原因となります。逆に、「わが子のひきこもりゆえに、母親の気持ちが離れることができなかった」と言うこともできます。

「出たいが出られない」当事者。「出て欲しいが、生活の面倒を見ざるを得ない」親。両者は、痛みを自覚しながらも、その痛みゆえに離れられない共依存の関係にあるのです。

共依存では、愛情が憎しみに変わることが往々にして起きます。親から子への憎しみ。子から親への憎しみ。

憎しみは、敵意へと変わり、家族ゆえの「甘えの感情」が、憎しみを思わぬ事件・事故・悲劇に発展させてしまうことがあります。

たとえば、当事者が、子供時代の甘えの気持ちで、親に暴力をふるった場合です。当事者は、すでに大人の男ですから、殴ったら親はケガをします。カッとなってバットを振ったら、親は死にます。

軽い気持ちの行為から、取り返しのつかない惨事になってしまう。こんな悲しい事態は、避けなければなりません。

共依存の強い男性が、異性との付き合いを始める場合にも注意が必要です。今までに親に向けていた共依存の感情と暴力が、異性に向かうこともあるからです。

現代の若者たちにとって、「家庭をつくる」ことは、困難な状況にあると言えます。

会社は人員削減を進め、正社員よりもパートを雇用したがります。そのために、20代から40代までの非正規社員やフリーターが激増しています。

収入の少ない「ワーキングプア」(年収200万円以下)は、若者世代に多いのが実情です。これで、「家庭をつくれ」というのは、どう考えても酷な話なのです。

自らの家庭をつくれない若者たちは、親と同居することとなります。これが、「パラサイト」であり、その数は一千万人を超えると言われます。

この数字の中には、ひきこもりの当事者も含まれています。これは、ひきこもり当事者にとっては、救いになります。

なぜなら、この事態は、新たに異性関係に入るとしても、同世代と比較して大きな遅れではないと言えるからです。

中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。

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