親たちと当事者は、一見対立する関係のように思えますが、実は共通する価値観に縛られています。そして、被害者意識を持つ点でも共通しています。
共通する価値観とは、世間体を気にかけ、人並みを重視することです。
がんばればなんとかなると信じる親と、がんばってもどうにもならなかった当事者では、方向性は正反対になります。その結果、ひきこもりは堂々めぐりになり、深刻化するのです。
多くの父親たちは社会的に適応しており、他者に同調することは得意です。しかし、自分の意見を通すことは苦手であり、自分の家庭の問題になるとさらに苦手になるのです。
家族に意見を言うときは遠慮がちになるか、「業務命令」のように威圧的になるかの両極端に走る父親も少なくありません。
妻に依存して「第2子」に納まってしまう父親もめずらしくないのです。社会不安障害の傾向があって、対人関係の不安から、アルコールの力を借りてしかものを言えない父親もいます。
当事者は「わかっているのに、動けない現実」を抱えています。方法論を示されないまま、命令的に親の意見を押しつけられた場合に、当事者は途方にくれ、拒絶するしかなく、身動きが取れなくなるのです。
親たちが、世間体を気にして、家庭の中だけで何とかしようとすることも、ひきこもりを長引かせます。
ひきこもり問題の原因と責任を、親子関係だけに帰することは誤りと言えます。ひきこもりは、国際的に見ても、現代日本に特異的に発生した「若者を中心とする社会問題」と考えて良いと思われます。
ひきこもりには、日本社会特有の原因が存在することがうかがえるのです。神経症、うつ状態、摂食障害、パーソナリティ障害、発達障害などが高い割合で見出されることが、ひきこもり外来・親の会の統計によって示されています。
2000年に社会問題として登場するまで、ひきこもりに対する公的な機関の対応は、ほとんど存在しませんでした。
社会の関心が集まり、さまざまな取り組みが試行錯誤的に開始されて、まだ10年に満たない段階です。このことが、問題解決の困難さを増幅させています。
ひきこもり問題においては、不登校と同じように、まずは親の自助努力が求められますが、親や当事者の力が及ばない場合には、公的な機関の関与と支援が欠かせないのです。
中垣内 正和(著)『ひきこもり外来』から要約しました。
2008年7月22日火曜日
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